転換点そして終わり

転換点そして終わり 1

1.

2231年4月18日(月) PM5:40


宇宙での鉱夫生活を終え、俺は無事にS級市民に昇格した。

S級とF級の違いはリソースポイントの量と住まい程度という人も多いが俺に言わせりゃ大違いだ。

帰ってからまず行ったのは引っ越しだ。

結局メゾンニジウラには三日も住まなかったことになる。

今住んでいるのはA級市民向けのタワーマンションだ。地下部分には広々とした駐車スペースが用意されていて、簡単な整備程度なら十分こなせる広さだ。

ちなみに車は BMW E30 M3にした。

ルカさんと同じ32GT-Rもありと言えばありだったが、あのキドニーグリルが妙にささったのでこっちにした。

部屋は3LDK、広々としたリビング兼ダイニングに、アイランドキッチン。キッチンは、アストロ鉱夫時代に鍛えられた自炊スキルが存分に生かせる。

冷凍睡眠に入る前の俺が今の俺を見たら驚くだろうな。

マンション内にはコンビニに専用ジム、ドッグランまで併設されている。

ちなみにS級市民向けの物件も見てみたが、俺にはあまりにも広すぎた。

それとこのマンション、例の居酒屋がある商店街のすぐそばにある。

今では少なくとも週1は通うお気に入りの店だ。

あとは日課に散歩が加わった。これだけ大きいメガロシティだ。適当なところまで車で移動して、そこから自分の足で気の向くままに歩く。

VRでは自分の身一つで飛んだり、目的地までポータルで移動するから、街の路地裏とかそういう目立たない場所は見ようともしなかった。

現実世界で生きるようになって所詮VRはかりそめの世界だと気づけるようになるまで、冷凍睡眠期間を含めたら100年近くかかった計算になる。

俺のようにVRの世界がかりそめの物だと気づき現実世界に復帰できた解凍者は何人いるのだろうか?

たまにそんな思いが頭をよぎるが、自分にできる事は何もない。

こういうやましさが頭をよぎった時にはよくいつもの店に行く。

今日はハルカも一緒だ。いや、この居酒屋に行くときにはほぼ間違いなくついてきている。

ハルカは地球に帰還後、MOGファクトリーのMOGspecialにボディを変更した。

ハルカ曰くトシアキの好みに合わせたって事だが、宇宙での一年間でロリボディも悪くはないなと思っていた矢先だったので、もろ手を挙げて喜ぶ…とまではいかなかった。

嬉しいか、嬉しくないかのどちらか2択で聞かれたらうれしいに決まっているのだが…


自分の手でドアを開け、店に入りドアを閉める。

最初に来た時には注意されたものだが今となっては慣れたものだ。

どうやら今日は既に先客がいたらしい。

俺と同じく常連のエーリカさんだ、Lolandテクノロジー製の幼い体、フランス人形のような整った顔に金色の髪、そんなお嬢様が熱燗を飲み、ブリ大根をつついている。

そんなエーリカさんと店主のヤスさんに軽く挨拶をしてから俺もカウンター席に座る。

なんというか、シュールな光景だ。しかしブリ大根、うまそうだな…

「ヤスさん、俺もブリ大根、日本酒は冷やで、あとだし巻きもお願いします。」

「私もブリ大根とだし巻き、あとご飯ください。」

ブリ大根は大鍋で作り置きしていたのだろう。日本酒と共にすぐに出てきた。

ヤスさんはだし巻き卵を作る準備を始めている。

ノステクのモニターからニュースが流れてくる。ニュースは相変わらず暗い話題だ。

EUは日本が貸与したフードプリンタと有機ナノマテリアル転化装置が電力不足で十全に機能を果たせず、また餓死者が増えてしまったらしい。

常温核融合炉の建設が遅れたためだとか言っているけど自業自得にしか思えない。

アメリカは相変わらず東西にわかれて戦争中。ドロイド生産設備に不具合が発生、機械化した人間たちが殺しあう凄惨な状況らしい。

東アメリカが脳以外を全て機械化した兵士を投入したが、精神に異常をきたしほぼ使い物にならなかったようだ。

そして我が日本は平均寿命がわずかだが上がったそうだ。

これは珍しくいいニュースだ。

ニュースを見ながらブリ大根をつついていると、ガラリとドアが開き新しいお客がやってきた。


2.

2231年4月18日(月) PM6:00


今日はエーリカさんに一緒にご飯を食べないかと誘われ、いつもの居酒屋にやってきた。

しかし、あの去年のアメリカとの交渉を終え、日本に帰ってきた後、エーリカさんに連れられて来たお店がここだった時は正直びっくりした。

あのフランス人形みたいな見た目で普段は執事とメイドに紅茶を入れてもらっているような彼女だ。おしゃれなフランス料理のお店とかを想像していたのに着いた先がこの見るからに大衆居酒屋なお店だったのだから、あの時は何かの冗談かと思ったくらいだ。

とはいえ料理は絶品でエーリカさんが足繁く通うのも納得の味だ。

ちなみにこの店、親父には教えていない。親父は伊達に200年以上生きてきたわけではない。私の知らないこと、おいしい店、色々知っている。だからこそ一つぐらいは親父の知らない秘密の場所を持っておきたかったのだ。


店に入ると、既にエーリカさんはブリ大根をあてに熱燗をあおっていた。

何度見てもやはりシュールな光景だ。

エーリカさんの横に座り私も注文をする。

最初の注文は当然ブリ大根だ。あんなにおいしそうに食べられていたら自分も我慢できるわけがない。

店主のヤスさんも今日のブリ大根は特にいい出来だと教えてくれた。これは楽しみだ。

テレビはニュースを流している。

先月完成した軌道エレベーターによって、宇宙からの鉱物資源を搬入できるようになり、これによって日本の鉱物系ナノマテリアル資源の問題は大幅に改善されるらしい。

明るいニュースではあるが私にとっては気が重いニュースだ。

「あら、ナツキさん、ため息なんかついてどうしましたの?」

「どうもこうもしないよ…私がEUの資源調整担当なのは知ってるでしょ?例の常温核融合炉、ようやく着工でしょ?、でも先に貸与した大型フードプリンタは電力不足で使えないものだから、そのせいで餓死者がさらに増加、それをEU政府に突き上げられているんだ…鉱物系ナノマテリアルが余っているのなら、それで食糧を作ってよこせってさ。そりゃ確かに効率は悪くなるとは言え鉱物系ナノマテリアルからも食糧は作れるけどさ…」

「その件なんですけど少し妙ですの…私達がアメリカの仕事以降、大半が技術供与の代わりに資源を融通してもらう、そのような仕事ばかりですのに、国内ではそこまで鉱物系マテリアルの使用量は上がっておりませんの…ほぼ横ばいから微増ってところですわ。」

「それだと一体何に使われているの?まさか宇宙開発とか?」

「恐らくですけど多分そうですわ。あの軌道エレベーター、表向きは宇宙から採掘した資源を地球に降ろすためと言っていますけど、あれが地球の資源を宇宙に運び出すのに使われていると考えるとすじつまが合いますわ。」

「あの~ちょっといいですか?自分去年まで小惑星帯で資源採掘の仕事していたんですけど、採掘した資源は軌道エレベーターができる前から回収されていたんですよね。あの時はそんなに深く考えていなかったんですけど、今考えるとどうやって、軌道エレベーターもまだなかったのにどこに保管していたのか不思議でならないんですよ。」

「管理者がよからぬことを考えているのかな?」

「管理者をに直接お聞きになればよろしいのでは?」

「それもそっか。ちょっとコールしてみるね。」

『管理者、聞いてる?』

『もちろんです、ナツキ様。いかがなされましたか?』

『私達やこの人がかき集めた鉱物資源、一体どこにやったの?』

『もちろん人類発展のためですよ、私は人々を幸せにするべく生まれました。』

『話をはぐらかさないで、ちゃんと説明して。』

『わかりました…しかしこの件を話すとなるとあなたのお父様のルカさんとそのご家族にも一緒に聞いてもらった方がよさそうですね。』

『え!?ちょっと待っ』

『ルカ様に連絡いたしました。すぐ来るそうです。私もマリオネットを使いそちらにお邪魔いたします。』

最悪だ。このお店だけは親父には知られたくなかった。

「ヤスさん、お酒!もっときついのない?」

「ナツキちゃん、やけ酒はよくないよ。お茶淹れてあげるからそれ飲んで落ち着きなよ。」

「ヤスさん、とりあえず向こうのテーブルつなげていい?これから人がいっぱい来るからさ。」

私はテーブル席に自分の注文したものを移しつつ、こういう時は親にどういう顔で会えばいいのかわからないでいた。


3.

2231年4月18日(月) PM6:30


管理者に呼ばれて俺とミカ、ハナとミクの4人は管理者から指定された場所に来ていた。

「割と雰囲気のよさそうな店だな。」

「勘だけど多分この店はおいしい。」

今となっては珍しい手動のドアを開け店に入る。

店主は初めて会う人間だがそれ以外は全員見知った顔だ。娘のナツキが何とも言えない顔でこちらを見ている。なにか嫌な事でもあったのだろうか?

とりあえず、ナツキの対面に座る。

「ナツキ、こんなよさそうな店あるなら教えてくれてもよさそうなものなのに…」

「いい店だから親父に教えたくなかったの、一つぐらいは私だけのとっておきがあってもいいじゃない。」

なるほど、だから微妙な顔をしていたわけね。

ん?エーリカさんの隣にいるのはトシアキ君じゃないか。

「やあ、トシアキ君ひさしぶり、M3の調子はどう?」

「おかげさまで順調です。またルカさんの家に遊びに行ってもいいですか?」

「うちはいつでも歓迎だよ。ああ、でも来るときは連絡だけは先にしてくれよな。」

しかしこれはどういった面々だ?管理者は重要な話があるとは言っていたが、面子を見る限りでは一体何を話すつもりなのかまったく予想がつかない。

「お客さん、注文何にします?」

いけない、知った顔が多くて話に夢中になりすぎた。

「今日のおすすめってなにかあります?」

「今日はブリ大根がおいしいですよ。」

「じゃあ自分はそのブリ大根、あとだし巻き卵とカモの叩き、それと白ご飯お願いします。」

「私も同じで。」

「ミクとハナねぇもおなじもので!あ、ミクのご飯は大盛にして!」

注文を終えたところで店のドアが開き、管理者が入ってきた。

さて、一体今度はどんな無茶ぶりをさせられるのやら…

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