東西アメリカ資源供与要請 5
8.
2229年11月30日(月) PM12:00
出発を控え私達は事務所で昼食を取っていた。
今回の仕事は長期間日本に戻れない可能性があるのでランは実家に預けてきた。
愛想もかわいげもない奴だが実家の猫とは仲良くやっているので大丈夫だろう。
今回の仕事は表向きは西アメリカ政府の資源供出要請に対する交渉と、カナダ政府への有機ナノマテリアル転化装置および大型フードプリンタ供与に対する調整だ。
カナダへの表向きの仕事もあるにはあるが、こっちのほうは完全におまけだ。本当の目的はアメリカ本土では行いづらい工作を行うための拠点として使用するためだ。
カナダ政府に対しては表向きの要請を理由に口止めがなされている。東西アメリカ両政府に鉱物資源を搾り取られているカナダ政府にとっては本当の事を話しても問題はないのだろうがそこは大人の世界だ。知らぬが仏ってやつだ。
そういえば今回、仕事でアメリカとカナダに行くと言ったら、できたらカナダで天然物のメープルシロップとアイスワインを買ってきてくれと頼まれた。
あいかわらずマックスとジョウが変な物を食べている。インプラントでスキャンしても『丼』としか表示されない。内容物は見たところ、ご飯の上に人参とネギ、あとよくわからない魚が乗っている。
詳細をスキャンしても人参とネギはともかく、よくわからない魚は『魚?』ご飯まで『米?』になっている。
こんなスキャン結果は初めてだ。
マックスがやっぱり4つ欲しいなとよくわからないネタをつぶやく。それに対してジョウがいや、2つで十分だと返す。何のネタかさっぱりわからないが、こういうよくわからないものは後で親父に聞くのが一番だ。
『ところで管理者、あなたの方の準備はできているの?』
『ナツキ様、既にあなたの船のキャビンで待機中です。』
今回の交渉には管理者も同行する。正確には管理者が操作するマリオネットが私の外交官補佐として同行する。
アメリカもヨーロッパと同じくアンドロイドに対して差別意識が強い。護衛として同行するナオミはアンドロイドでも問題ないが、外交官自身がアンドロイドだと相手にもしてもらえない。
そのため外交官補佐として同行する管理者が操るマリオネットは特別製だ。具体的に言うと脳を持っている。といっても今回のために特注したメーカーボディではあるがそこに誰かの意識は入っていない。インプラントを経由して疑似的に脳に信号を送って動かすようだ。
本来の脳の代わりに量子演算機を搭載したマリオネットに比べると、はるかに負荷は高いが数体程度を、管理者が動かす分には特に問題ないレベルだ。
電動カートに乗り、ドッグに係留してあるアルファ・ケンタウリの元へ向かう。
キャビンの中に入るとそこにはあまりにもステレオすぎるアメリカ人の姿があった。
身長は180cm、金髪、碧眼にアメフト選手をほうふつさせるムキムキボディ、黒のスーツを着込んではいるがそのスーツはNラバー製だ。
アメリカという国、どこをどう間違ったのか、ヨーロッパ的な古典フォーマルなスタイルはそのままに変わった材質を生地に使うのがハイセンスだと言われている。
そういうわけで、私も今回はNラバー製のパンツスーツを着込んでいる。
しかし、普段はNラバーキャットスーツ一枚しか着ていなかったからわからなかったが、このNラバー、重ね着すると重く感じる。いや、実際に普通の布地より遥かに重いのだから当然だ。
よくこんな重い服を着てハナねぇやミクねぇは外出していたなと今更ながら思ってしまう。
それはともかく今回、このNラバーの服を運用するにあたって、アルファ・ケンタウリにも新しい装備が追加された。手洗い洗濯場だ!
と、いうわけで管理者が今回のためにできるだけ省スペースで手洗いができるように開発したという手洗い洗濯場を覗いてみる。
なんだこれは…実用一辺倒で見た目の配慮がなされていない事で有名な雑用メカだが、今回手洗い洗濯用として開発された洗濯メカとやらは円盤状のボディにタコのような触手が8本伸びていて、触手の先には繊細な手作業をするため人間と同じような手がついている。
触手の一本で洗濯した衣服をかけるためのツッパリ棒につかまり、残りの腕で手洗いを行うらしい。
もしこれをタマミさんが見たら卒倒して倒れること間違いなしだ。
見た目はともかくこれで清潔な衣服が安定して供給されるのだから、この設備はありがたく活用しよう。
他のメンバーもキャビンに到着したようだ。ジョウが洗濯場の主を見て顔をしかめている。
時間は13時ちょうど、アルファ・ケンタウリは西アメリカ合衆国首都、ロサンゼルスに向けて出発した。
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