2230年度EU食糧支援協定 3

5.

2229年8月31日(日) PM7:00


集合時刻、既にみんなはアルファ・ケンタウリのキャビンで待機中らしい。

わたしもハンガー前でカートから降りアルファ・ケンタウリに乗り込んだ。

役目を終えた電動カートは元の駐車スペースに帰っていく。

「みんな、おはよう。」

夜なのにおはようというのも何となく変な気分だ。しかし昔から仕事の時の挨拶は昼でも夜でもおはようと言うものらしい。

私の今日の格好はクラシックなパンツスタイルのスーツだ。MOGファクトリーの特徴でもあるおっぱいとお尻、太ももをあえて強調するように着こなしている。

他のみんなも同様だ。男たちはクラシックな黒のスーツ、ナオミさんも私と同様のパンツスタイルのスーツを着用している。

これでEUの古狸どもが少しでも鼻の下を伸ばして油断してくれれば儲けものだ。

アルファ・ケンタウリの操縦はB級アンドロイドが受け持つ。

船内は広々としているわけではないが、4人が使えるダイニングテーブルセットにフードプリンターとナノマテリアルプリンター、2段式だがベッドもある。

エアーシップの巡航速度は時速500km程、旅客機に比べたら速度は落ちるが、垂直離着陸能力とペイロードの大きさを考えればこちらの方が便利だ。

私達を乗せたアルファ・ケンタウリはハンガーを離れ、離陸スペースに移動。垂直離陸を行った後、巡航速度500kmで目的地、ブリュッセル国際空港へ向かった。


6.

2229年9月1日(月) AM8:00(ベルギー時間)


予定通りのスケジュールでアルファ・ケンタウリはブリュッセル国際空港に到着した。

アメリカでも比較的よく見かけるエアーシップだが、ここヨーロッパでは未だに私達が持ち込んだ車のような年代物の飛行機が今でも現役だ。

シンギュラリティをほぼ全面的に受け入れた日本、部分的ながらも受け入れたアメリカと違い、シンギュラリティを拒んだヨーロッパは、200年経った今もなお、21世紀中ごろと大して変わらない、いや部分的には退化してしまったところさえ見受けられる。

指定された駐機スペースにアルファ・ケンタウリを停める。すでに入国審査官が現場に到着し、私達の入国審査をするために待機している。

私達はパスポートと外交官証明を手に持ち、入国審査を受ける。

入国審査といっても外交官相手だ、パスポートと外交官証明を確認するだけだ。しかしこんな写真で本人確認なんて今でも信じられない。

ナオミさんが外交官ナンバーのナンバープレートを受け取っている。一応スキャンしたが当然ながらメタタグもなにもついていないので反応はしない。

ナオミさんはB級アンドロイド達に直ちにこのナンバープレートを取り付けるように指示をする。

当然だがB級アンドロイド達は人間として扱われないので、パスポートの類は不要だ。しかしEU諸国はアンドロイドの立ち入りを禁止しているので彼らはこの空港の外には出る事が出来ない。

A級アンドロイドのナオミさんも厳密にいえば入国禁止なのだが、今のEUのテクノロジーではナオミさんをアンドロイドとして証明するには本人を拘束して頭の中身を開くしか方法はない。

入国審査も無事に終わり私たちは皆一様にサングラスをかけた後、車に乗り一路、EU政府が手配したホテルへ向かった。


7.

2229年9月1日(月) AM8:30(ベルギー時間)


車は高速道路を経由しブリュッセルの市街地へ入る。

高速道路は旧態依然としたガソリン車やディーゼル車が走っている。

高速道路を降り市街地に入る前にエンジンを停止、モーター駆動モードに変更する。

ボンネットの中にある2000馬力のモンスターはなりを潜め、静かな電気駆動で走るエコな車に早変わりだ。

市街地に入ると比較的整備されていた高速道路、空港とは違い、ところどころ朽ち果てた建物が目につくようになる。

いたるところで求職者たちがプラカードを持ちデモを行っている。

私達が乗っているような車も多くない。そのかわりに見られるのが自転車の後ろを客席に改造した3輪の人力車が至る所で見られるようになる。

21世紀半ば、あれだけEUは内燃機関から電気自動車への転換を声高に叫んだにもかかわらず、肝心のバッテリー技術の向上もなく、日本でつかわれているグリッド型無線給電システムが整備されるわけでもなく、私達が走っている市街地では交通手段としてはあまりにも使いにくい産物になり果ててしまった。

仕事がない事もあったのだろう、非常に安い元手で始められる人力車タクシーは瞬く間に普及し、市街地を移動するための便利な足として一定の立場を築いてしまった。

親父と一緒に見た古い映画にこんなのがあったなと思い出す。

市街地を10分ほど走ったであろうか?年代物の建物ながらもきちんと手入れされた、建物がそこにはあった。EU政府が手配したホテルだ。さすがに一国の外交官を宿泊させるための施設だ、ボロボロなホテルに泊めさせてはその後の交渉で足元を見られてしまう。EU政府の意地を感じる。

私とナオミさんが先に降りてホテルのロビーに入る。ナオミさんが携帯端末越しにホテルマンに予約がとれているかの確認とチェックイン手続きを行う。

男衆二人が駐車を終えたのであろう、私達の荷物を抱えてロビーに入ってきた。

タイミングを同じくして問題なくチェックインできたらしい、ナオミさんがポーターを連れてやってきた。

ポーターが持つ台車に私達の荷物を載せる、隠しているようで隠しきれない視線が私の胸やお尻に刺さる。

男たちの本能を刺激するために作られたようなボディだ、耐性ができている日本人と違い、海外の人間には刺激が強すぎる。

案内された部屋はホテルで最も高級な部屋であろう、ロイヤルスイートだ。

マックスとジョウが先に入り危険物の類がないかチェックする。

マックスよりインプラント越しに報告が入る。

『お嬢、危険物の類は無し、しかしバグが盗聴器を見つけ出した。どうする?』

バグは超小型の虫型ドロイドだ。大きさは実際の蝿程度の大きさ、人が入りずらいエリアを点検する時や、今回みたいに室内の盗聴器、危険物の類を探すために使用する。

『管理者、どうすればいい?私としてはあえてそのままにしてこっちに有利になるように仕掛けるのもありだと思うけど?』

『私もナツキ様の提案に全面的に同意します。私の方で皆様方に実際の口でしゃべってもらうセリフを都度ARモニター上に表示させます、本来の会話はすべてインプラントを使用してください。』

わかっていたがさっそくこれである。

要するにこの部屋の中にいる間、私達は常に演技をし続けなければならない、これなら多少狭くても、気軽にくつろげる分アルファ・ケンタウリのキャビンの方がよっぽどマシだ。

『管理者、ところで私の予定はどうなっているの?』

『本日18時より今回の交渉における実務上のトップ、カーター・ロビン1級事務官と事前打ち合わせを兼ねた会食となっています。』

ARモニター上にカーター・ロビン1級事務官の経歴が表示される。

年齢は55歳、日本滞在履歴あり、VR風俗施設利用履歴あり、お相手したボディタイプはMOGファクトリーのMOGspecial…ふ~ん…

『ねぇ管理者、このカーター氏、本当に事前打ち合わせ目的で私を呼ぶつもり?』

『データが不足しているため明言はできませんが、女性の好みを見る限りはそれだけでない可能性はあるとみて間違いないでしょう。会食時にはボディガードを同伴させることを推奨します。』

『ところで管理者、このセリフ正気?あまりにも露骨すぎない?』

『こういうものは露骨すぎる方がいいのです。』

「ナオミさん、今日の会食相手は誰だったかしら?」

「カーター・ロビン1級事務次官となります。」

「へぇ、素敵なロマンスグレーなおじさまじゃない。私結構タイプかも…」

『あまりにも白々しすぎて私吐きそう…』

『お嬢は大変だな、俺はつくづくただの護衛役でよかったと思ってるよ。』

『代わってほしいならいつでも代わるよ、熱い夜の逢瀬まできっちり記録して、家族が作っている同人誌のネタにしてやるから。』

私はマックスに悪態をつきながら排泄のためにトイレに入る。

外交官養成講習の時に日本を除く国では未だにトイレットペーパーなる物が現役だと聞いたが本当のようだ。こんな紙切れだけ拭くだけで満足だなんて信じられない。

しかもトイレと同じ空間に身体洗浄設備がある。シャワーなるものを使い自分の手で洗浄液を塗りたくり洗い流すのだ。

幸いこっちの設備は親父が似たような設備を愛用していることもあり、そこまで抵抗はない。トイレと同じ空間にある事を除けばだが…

それでも外交官として海外で仕事をするためにはこれは避けて通れない道だ。実際私もそのための訓練を受けている。

そういえば親父に仕事で海外に行くといったらナノマテリアルプリンターでなんか作り出して、排泄するときに持って行けといわれていたのを思い出した。

いったん部屋に戻り親父が作った何かを取り出す。

本体にタグが付いている、携帯ウォシュレット?説明書もついている、どうやら本体についているタンクに水を入れて、肛門を紙で拭く前に水でいくらか洗い流す道具らしい。

日本の全自動洗浄装置と比べるとはるかに劣るがないよりはマシだ。

親父の心遣いもあって訓練の時よりいくらかはましな気分で私は排泄を終えた、あたしはスーツとワイシャツを脱ぎ捨て、そのままベッドに倒れこんだ。

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