2230年度EU食糧支援協定 2

3.

2229年8月25日(火) AM10:30


私は構内移動用の電動カートに乗り外務省が入っているビルの横に併設されているエアーシップのハンガーに来ていた。

私達のエアーシップ以外にも今は5台のエアーシップがハンガーに係留されている。

私達のエアーシップの名前はアルファ・ケンタウリ、チーム名である資源調整ユニットαからアルファの文字を取ってつけた名前だ。少々ベタなネーミングではあるが私はこの名前を気に入っている。

インプラントを使いエアーシップの後部格納庫のハッチを開く。

格納庫の中には1台のクラシックカーが格納されていた。

BMW M5 2020年モデル、親父にしては珍しく新しめの車を選んだものだ。

2世紀前の車が新しいかと言われたら困るが、あくまで私の親父のチョイスとしては新しめの車であるという事だ。

インプラントで車をスキャンしていると車内にデータチップが置かれてある事に気づいた。


オブジェクト データチップ タイトル ナツキへ


どうやらあたしに向けてのメッセージか何かが入っているらしい。

あたしは車内からデータチップを取り出し、携帯端末に差し込み内容を確認した。

入っているデータは三つ、親父からのメッセージとハルにぃからのメッセージ、最後に車両のデータだ。

最初に親父のメッセージを確認する。

『車選びは俺も関わったが他は全てハルタとそのチームがやった、俺は知らん。 追伸・今度の仕事が終わったら実家に顔を出す事。』

私も成人して既に7年がたつというのに親父にとっては相変わらず私は子供らしい。

次にハルタのメッセージを確認する。

『ナツキさん、ハルタです。今回のマシンは僕達のチームの総力を挙げて制作しました。ナツキさんの仕事の無事を祈っています。それと終わったら一緒に食事に行きましょう。』

私は親父にメッセージを送る。

『帰る日がわかったら連絡します。母さんとハナねぇ、ミクねぇにもよろしく言っといてください。』

ハルにぃにもメッセージを送る。

『ハルにぃ、車ありがとう。仕事終わったらまた実家でご飯食べましょう。』

かたや両親、かたや私が赤ちゃんだった時からの付き合いだ。AIの自動校正機能は使わない。

メッセージを両者に送信してから、車両のスペックを確認する。


エンジン:ホンド技研工業製 BX40 GリキッドV8エンジン 4000cc 2000馬力

モーター:モブチ工業製 ホイールインモーター×4

装甲:特殊成型ナノカーボン装甲、 エネルギー転化装甲搭載


オプション;EU規格充電ソケット


見た目はともかく中身はもはや別物だ、装甲はナノカーボン装甲だけでも個人携行型の対装甲車向け兵器を防ぎきる事ができる。エネルギー転化装甲まで使用すればひと昔前の主力戦車の120mmAPDS弾でも防ぎきれる。

現在EUで主力となっている120mmレールガン搭載型でも出てこない限りは安心だ。

内燃機関であるGリキッドエンジンさえあれば電気推進用のホイールインモーターなんてものは必要ないのだが、EUには電気自動車以外の市街乗り入れ禁止というよくわからない法があるためにこのような形になっている。

それでも内燃機器を搭載できるのは外交官特権を使って緊急避難時のいざという時のバックアップという形で了承させている。

カートに乗って事務所に戻る道すがらナオミにコールする

『ナオミさん、EU政府にこの車の外交官ナンバーの申請お願いできる?」

『既に、申請済み。ブリュッセル空港に到着次第、すぐに取り付けできるわよ。』

ナオミさんは本当に仕事が早くて助かる。

あとはEU側がどのような要求、要望を突き付けてくるか、管理者に問い合わせ、想定されるパターンを確認する。

ブリュッセルで会談中でも私は管理者と量子通信でリアルタイムでバックアップを受けられる。

量子通信は日本国内では普及しきっている当たり前の技術だが、他国ではいまだに実用化の目途すら立っていない技術だ。

情報は最大の武器、管理者のバックアップがあってようやく私はEUの古狸たちと互角に舌戦を行うことができる。所詮私はまだ19歳の小娘なのだ。


4.

2229年8月25日(火) PM12:00


私は事務所に戻り昼食をとる。

昼食はかるくサンドウィッチに紅茶だ。

マックスとジョウはホットドッグにさらにフライドポテトをまぶしケチャップとマスタードをかけたジャンクフードの塊みたいなものを食べている。

食べる先からボロボロとケチャップとマスタードが付いたポテトやパンくずが床に落ち、お世辞にも行儀がいい食べ物とは言えない。

雑用ロボが掃除してくれる環境でなければ外に蹴りだしている所だ。

「ナオミさん、なにあれ?」

ナオミさんは半ば呆れた風に答える。

「フロッグドッグっていうらしいよ、あいかわらずマックスが古いアクション映画かドラマで見かけて真似してるのよ。」

男連中はハードボイルドを気取って食べているつもりかもしれないが、私から見たらただのミーハーだ。

親父といいハルにぃといい、男はみんなこんな物らしい。いや、ミーハーでもなんでも夢中になれる事がある事はいい事だ。少なくとも冷め切って生きる事に活力のない連中に比べれば、はるかに魅力的だ。

日曜の出港にむけてこちらでやる事に抜けがないかチェックシートを読み出し確認する。

装備の船と車両への搬入…OK、想定されるシミュレーション…確認済み、EUその他周辺国へのフライトプラン…提出済み、車両の外交官ナンバー入手…ナオミがやってくれた。OK、現地での宿泊施設…EU政府が確保、こちらでも確認済み…

肝心のペットシッターの手配を忘れていた。インプラントでいつも使っているペットシッターに連絡、予約を取る。

準備に漏れがない事を確認した私は退庁準備をする。

「それじゃ、日曜夜7時にアルファ・ケンタウリに集合ね。」

「お嬢、今回が初仕事だからって気張りすぎないようにな。」

マックスのいつもの皮肉を手でいなし、みんなに集合時間を伝え私は退庁する。

時間は昼の一時ちょうど、定時退庁だ。

本来なら月曜から水曜まで仕事なのだが日曜夜に出発することから日曜が労働日と扱われるため、明日の水曜は代休あつかいだ。

さて帰ったら何しよう。

私は今日の自由時間の過ごし方を考えながら外務省を後にした。

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