ユートピアでディストピアな世界での私のお仕事~それでも世界は回っていく~

スターゲイジーπ

2230年度EU食糧支援協定

2230年度EU食糧支援協定 1

1.

2229年8月25日(火) AM7:30


ピピピピピ…頭に直接鳴り響くアラームとともにAR表示で『起床時刻です』のメッセージが眼前に表示される。

あたしはベッドから身を起こし、アラーム機能を停止させた。

インプラントでフードプリンタにアクセス、いつもの朝食を作るように指定する。

愛猫である茶トラのランがいつものことながら、自分の寝床では寝ずに私のベッドの上で丸くなって寝ている。

「ラン、朝だよ。起きな。」

ランはあたしの顔を寝ぼけた目でちょろっと見ると、まだ眠いんだ、寝かせてくれと言わんばかりに更に丸くなる。

こうなってはどうにもならない。ねぼすけは放っておいて私はベッドから立ち上がり、トイレに向かう。

トイレで排泄した後、顔を洗い歯を歯ブラシで磨く。

自分の身を整えたら次はリビングの隅にあるランのトイレに向かい、ランのトイレを掃除、食器を洗ってやって水と餌を入れてやる。

ランのやつはまだ寝ている。全く実家の猫たちはちゃんと私の仕事ぶりを見て感謝の気持ちを表してくれるというのに、なんてぐうたらな奴だ。

その頃にはフードプリンタに作らせた朝食はとっくにできあがり、執事ドロイドの手によってダイニングテーブルにすでに置かれている。

朝食はご飯にみそ汁、納豆に卵焼き、実家にいる時は散々ミクねぇと一緒にワンパターンと文句を言っていたものだが、家を出てからも結局は同じような献立ばっかり食べている。

しかし成分的には同じはずなのに親父が作る朝食と何が違うのであろうか?フードプリンターで作られた朝食は、親父が作ったのに比べて、こころなしかワンランク程下の味に感じる。


朝食を食べながらインプラントで壁のモニタを起動、ワールドニュースを選択する。

『EUが対AI個人情報管理条約3.0を発表し日本にも批准を求め…』

まただ、彼らは名前と中身を気持ち変えただけの条約を毎年のように発行し、日本に押し付けようとする。彼らの相手の足を引っ張って相対的に有利になろうとする気質は好きにはなれない。

その労力をもっと自身の国の生産力向上にさしむけてはどうだろうか?

『西アメリカ合衆国が法改正により身体の機械化率を最大30%から60%まで大幅に引き上げたのを受け、東アメリカ共和国もそれに対抗するため、同様に機械化率を60%まで引き上げる事を決定しました。これにつき両国ともに日本に鉱物系ナノマテリアル資源の支援を期待するとの声明を発表しました。』

彼らはわが日本国が無限に資源を作り出せるうちでのこづちでも持っていると思っているのだろうか?我が国の鉱物系マテリアル資源産出量は決して多くはない。もともと日本は資源は乏しい土地なのだ、ナノマテリアル技術で資源の活用効率が大幅に向上したとはいえ、戦争なんて道楽なんぞに我が国の資源を恵んでやるほどの余裕なんてこちらには全くないのだ。

『続いて政府広報です…さぁみんな!労働しよう!仕事は簡単、倒れたボトルを元に戻すだけ!D~F級市民優遇措置、9月までに登録すれば貢献ポイント割増支給!さあみんな、食べて、働いて、排泄してこの国に貢献しよう!』

10年ほど前から長期休眠防止法により50年を超えた人々が強制的に冷凍睡眠から起こされるようになった。

政府としては少しでも彼らが生きる努力をして国に貢献してくれる事を期待しているのだが状況は芳しくない。自死施設はパンク気味だし、F級市民向けのアパートでは、なにもせず、ただ無気力に簡易ダイブでVRに引きこもり、部屋に排せつ物を垂れ流している連中が続出しているそうだ。

おかげで清掃ドロイドが大忙しだ。それに貴重な資源である排せつ物を垂れ流すなんて、今までも排せつ物の一つも生産せずに無駄にリソースを食いつぶしてきただけの事はある。

いや…本来なら手厚い社会復帰プログラムで彼らをサポートしてあげるべきなのだろうが、わが国もそこまで手が回らない程度には台所事情はカツカツなのだ。


寝室の方をみるとようやくランが目を覚ましたらしく部屋の前で大きな伸びをする、私の方を見て「ニャオン」と挨拶をした後、準備してあって当然といった図々しい態度でご飯を食べ始める。

まったく、ほんとうにかわいくない奴だ。


「ナツキ様、そろそろ御出勤の時間になります。お召替えをお急ぎください」

執事ドロイドが私にそろそろ準備するようにと注意を促す。

アンドロイドはあえて持っていない。

結婚したければアンドロイド、特にA級アンドロイドには手を出すなというのが母の言葉だ。

実際母はそうやって今の夫である親父を捕まえたんだから恐らく間違ってはいないのだろう。

しかしそれでも母が結婚したのは76の時だ。私もせめて年齢が3桁になるまでには何とか結婚したいと思っている。

寝室のクローゼットを開き、着ているTシャツ、パンティを脱ぎ捨て、青色のNラバー製、ノースリーブのキャットスーツに着替える。その上から白いスタジャン、スニーカーが私のスタイルだ。

自室から廊下へ出て地下の駐車場へ向かう。

青いFD-3S RX-7、これがあたしの愛車だ。

インプラントで少し前に暖機運転を指示してある。エンジンその他ステータスも良好だ。

私は愛車を運転し、私の職場である外務省へと向かった。


2.

2229年8月25日(火) AM9:50


車を地下駐車場に止め、私が所属する部署がある事務所に向かう。

外務省所属、対外資源調整担当、それが私の役職だ。

名前はかっこいいが、実際の仕事はいちゃもんをつけてくる諸外国の連中をあしらう事だ。

日本国内なら管理者が決めたことの一言で大体の事は片付くが、彼らはそうはいかない。無茶を承知で自身の要求を突き通そうとしてくるのだ。

そのためには彼らは手段は選ばない、彼らも生き残るのに必死なのだろうがそれは我々も同じだ。

他国への技術、資源支援はただの慈善事業ではない。

戦争するより多少のタカリ程度は見逃す方が安上がりだからやっているだけだ。


事務所内に入るとあいかわらずむさくるしい連中が私を歓迎してくれる。

とはいっても彼らを悪く言ってはならない、私が海外で仕事をする中で身の危険が発生した時に体を張って守ってくれるのは彼らだからだ。


「みんなおはよう」

「ああ…おはよう。」「おはよう、ナツキ」

人間の男とA級アンドロイドのコンビが先にあいさつを返してきた。

名前はマックスとナオミさんだ。

「おはよう」

もう一人の男も私にあいさつする。

名前はジョウだ。

3人とも全く日本人らしい姿をしていない。親父曰く危険な仕事をする奴は昔のアクション映画のファンが妙に多いらしい。

親父に写真を見せたらマックスとナオミは知り合いだったらしくたいそう驚いていた。

ジョウの方は親父の情報によると〇ョン・ウイックにそっくりらしい。多分名前までそのままだと恥ずかしいからジョウなんだろうとの事。


私とこの3人の護衛で資源調整ユニットαが構成されている。

「みんな今日のニュースはもう見た?」

「ええ、例のAI個人情報管理条約3.0、来週の会合では間違いなく話題になるでしょうね。」

「どちらにしろ私達は来週の会合でEUに行っている食糧支援の量を現在より70%まで削減しなければいけません。長期休眠者が強制的に解凍され、社会に放り出されている今、それでも日本国民である彼らを優先しなければならないのです。」

マックスがぼやく。

「でも正直どうするんだ?言いがかりにしろ俺達もそれに対抗する材料を持たないと、話にならないぞ?」

「そこは現在も最悪な状況であるEUの労働者問題を利用するつもりです。今回日本はEUにフードプリンタと有機ナノマテリアル転化装置を貸与することで、EU内の有機マテリアル素材の効率化を図る、それにより食糧事情は改善すると相手に納得させる。ついでに有機マテリアル素材を製造するための農場と、有機ナノマテリアル転化装置、フードプリンターのオペレーターとして雇用枠が生まれる。少なくともEU政府が雇用問題の責任を求められたときに、対策として私達の提案を自身の保身のために活用しようとするはず。」

「それで雇用が確保されたとしてもせいぜい100人…いや50人か…」

ジョウが皮肉を言う。

「それでも改善は改善です。そこはEU政府がやる事、私達の責任じゃない。」

「とにかく今は来週の会合に向けて準備をしましょう。」

「ああ嬢ちゃん、そういやあんたの親父から今回の仕事に向けての車が送られてきたぜ。既にエアーシップ内に格納してあるから暇なら見に行くといい。」

マックスが私が要請した機材が届いていることを伝えてきた。

とりあえず、どんな車が送られてきたか見てみよう。私はエアーシップが係留されているハンガーへ向かった。

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