第4話 To Be Continued
その後、美津子は駅前の居酒屋で飲んでいた。若い頃からここで夫と飲んだ。でもその夫はもういない。夫のことを考えるとまた涙があふれてくる。
「夫のことが忘れられないんですか?」
「うん」
飲みながら、美津子は泣き崩れた。今でも忘れられない。
「わかるわかる」
と、その隣にいた男が声をかけた。その男は飲み始めたばかりで、そんなに酔っていない。
「どうしてお父さんの写真持ってるの?」
男は驚いた。どうして父の写真を持っているんだろう。
「えっ、あなたは?」
「俊哉の息子の康雄です」
その男は、俊哉の息子、康雄だ。世界座の最後を見届けるために、有休を取って里帰りしていた。
「康雄さん」
「あなたは誰ですか?」
「あなたのお父さんの中学校時代の同級生」
康雄は驚いた。父の中学校時代の同級生とこんな所で会うとは。
「そうなんだ」
「先日、俊哉くんと久々に再会して、色々話したの」
美津子は俊哉と再会した時の事を詳しく話した。康雄はその話を真剣に聞いていた。
「へぇ」
「今月で教師を定年退職して、来月からは年金生活よ」
美津子はがっかりしたような表情だ。生徒が唯一の心のよりどころだったのに、退職したらもう会えない。来月から孤独だ。どうやって生きていけばいいんだろう。
「何人で暮らしてるんですか?」
「1人暮らしですよ。夫は亡くなったし、息子は大阪で暮らしてるし」
美津子は夫や息子のことを思い出した。あの頃は楽しかったのに、何もかも失ってしまった。たまに帰る息子とその家族が恋しい。
「そうですか」
ひょっとしたら、父もそんな気持ちだろうか。康雄は父のことを考えていた。父も1人暮らしだ。
「昨日の昼下がり、父さんと話してたけど、何があったの?」
康雄は昨日の昼下がりに俊哉と美津子が喫茶店で話をしていたのを知っていた。
「いや、何でもないよ」
美津子は恥ずかしがっていた。そのことをあまり聞かれたくなかった。
「どうしたの? 一緒になりたいと思ってるの?」
恥ずかしそうな顔を見て、康雄は反応した。ひょっとしたら、俊哉と一緒になろうと思っているんだろうか? 自分はどっちでもいいと思っている。最後の時を一緒に過ごすのもいいんじゃないか?
「いや、それほどじゃないですよ」
美津子は一緒になろうと全く言えなかった。この歳になって結婚なんて。
「だったら一緒になっちゃえよ。来月から仕事がないんでしょ?」
康雄は大歓迎だ。子供ができなくったっていい。最後の時を2人で過ごすのなら、反対ではない。
「いや、それほどでも」
「一緒になれよ」
康雄は積極的だ。その態度に、美津子の表情も変わり始めた。そこまで言うのなら、一緒になろうかしら。
「うーん、本当にいいの?」
美津子は少し戸惑っていた。本当にいいんだろうか?
「いいよ。僕の家に住みなよ」
美津子は決意した。世界座の千秋楽に自分の本当の思いを打ち明けよう。認めてくれなくても、後悔はない。駄目なら、大阪の息子夫婦の所に隠居すればいいんだ。
そして、世界座の閉館の日。入口には飾りが施され、『さようなら世界座 79年間ありがとう』と書かれている。それを見て、俊哉は今日が最後なんだと改めて感じた。父から引き継いだこの映画館、守ることができなかった。天国の父はどう思っているんだろう。
今日も多くの人が世界座に足を運んでいた。今日で世界座とはお別れ。館長の接客も、あのスクリーンで映画を見るのも今日が最後だ。
朝から世界座は賑わっていた。まるで昔のようだ。俊哉は懐かしそうにその様子を見ていた。少年時代はそうだった。あの頃が懐かしい。あの頃に戻りたい。でも、もう戻れない。人の流れは変わった。映画館からシネマコンプレックスに。そんな時代の移り変わりの中で、映画館は消えていく。寂しいけれど、シネマコンプレックスにはかなわない。
いよいよ最後の上映が迫ってきた。そして、いつもの時間に美津子もやって来た。この時間に来るのも今日が最後だ。美津子の服はいつもと違う。最後の日だからか、いつもよりきれいな服を着ていた。
「美津子さんも来てくれたんだ」
「うん」
美津子は嬉しそうだ。だが、今日でこの映画館で見るのは最後だと感じると、少し落ち込んでしまう。
「美津子さんだとわかった時には驚いたよ。まさかここで再会できたとは」
「そうね」
美津子はスクリーンに入った。俊哉はその様子を嬉しそうに見ていた。最後の上映を楽しんでほしい。そして、いつまでも忘れないでほしい。
いよいよ最後の上映になった。スクリーンは超満員だ。その中には美津子の姿もある。どんな思いで映画を見ているんだろう。
約2時間後、最後の上映が終わった。もうこのスクリーンで映画が上映されることはない。そして、映画を見ることもできない。俊哉はその様子を寂しそうに見ていた。
映画が終わり、スクリーンから人々が出てきた。多くの人は嬉しそうだが、中には寂しそうな人もいる。もうここで映画を見ることはできない。これから思い出でしか見ることができない。そう思うと、悲しくなる人もいる。
「お疲れさまでした」
俊哉と社員はお辞儀をして出迎えた。出てきた人々は彼らに手を振り、彼らとの別れを名残惜しんでいた。
そして、最後に美津子が出てきた。今日も最後に出てきた。美津子は幸せそうだ。最後の上映に立ち会うことができたからだろうか。
「美津子さん」
俊哉は声をかけた。もう会うのはこれで最後だと思っていた。
「あ、どうも」
「最後に会えて嬉しかったな」
「うん」
美津子は笑顔を見せた。今日、最後の日に会えたのが本当に嬉しかった。
「東京で残りの人生を過ごすことになるけど、時々電話で話そうね」
俊哉は今の思いを伝えた。これからもう会えなくなるかもしれないけど、時々電話で話そうね。
「いや」
「どうして?」
俊哉は驚いた。どうして電話したくないんだろうか?
「私、考えたの。夫を失って、なくしたものをあなたが埋めてくれた。あなたと一緒にいれば、寂しくないの」
確かにそうだ。夫を失ってから、孤独だった自分の心の空白を埋めたのは、俊哉だった。あの時会わなければ、あの日まで孤独だった。
「えっ!?」
「あなたと一緒に、人生のラストムービー、演じましょ?」
美津子は今の思いを伝えた。あなたと一緒に人生の最後を、ラストムービーを演じよう。そして、どちらかが亡くなるまでラストムービーを続けよう。
「どういうこと?」
俊哉は何のことかわからなかった。人生のラストムービーを演じる? まったく意味がわからなかった。
「一緒に暮らすの」
美津子は本気だ。最後の時を一緒に暮らせば、寂しくない。
「本当にいいのか?」
俊哉は驚いた。こんな年齢で結婚とは。全く考えていなかった。
「うん」
美津子はうなずいた。もう決めた。人生の最後を共に生きよう。
「でも家族と一緒に暮らすって約束しちゃったんだけど?」
俊哉は家族のことが気になった。こんな突然のこと、家族はそれを認めてくれるんだろうか?
「父さん、いいじゃないの!」
突然、いつの間にか横にいた男が声をかけた。康雄だ。康雄は世界座の最後を見届けるためにここに来ていた。
「康雄!」
俊哉は驚いた。まさか、康雄は横にいるとは。
「人生のラストムービー、僕も応援してるよ! 結婚しなよ!」
康雄は俊哉の肩を叩いた。俊哉の残りの人生を応援したい。
「ありがとう」
康雄は感謝した。世界座は今日で最後の映画を終えた。だが、これから俊哉と美津子のラスト・ムービーは続いていく。永遠の別れの時がラスト・ムービーの終わりだ。終わりはいつになるかわからない。でも、その時は刻一刻と近づいている。その時までに、残された時を共に楽しもう。
いつの間にか、映画館の人々はみんな、立って拍手していた。まるでこれから始まるラスト・ムービーを祝福しているかのようだ。俊哉は笑顔を見せて、周りの人々に手を振った。
ラスト・ムービー 口羽龍 @ryo_kuchiba
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