第11話 路上ライブの夜
アーケード街のファストフード店。二階の窓際にあるカウンター席で、彼の姿が見えるのを待っている。
時刻は午後七時前だった。
窓からアーケードを見下ろすと、夏休み中だからだろうか、高校生と思われる男女が楽しそうに行き来している姿が目に映った。
視線の先に商業ビルがあり、その一階にはテナントが入っておらず、シャッターが閉まりっぱなしになっている。そこが彼のライブ会場だった。
ユウナさんに相談してから一週間。
わたしはユウナさんから授かった瑞季くんを落とす作戦を、なんとか自分のものにするために悪戦苦闘していた。ユウナさんの言葉を思い返す。
「カスミって名前は本名じゃないんでしょ。じゃあそのまま偽名に使っちゃおうか。他の名前より呼ばれなれているから、カスミにとってもいいよね」
佐倉カスミと名付けられたわたしの偽名には、ユウナさんによってわたしとは別の性格が肉付けされていった。
「彼ってさ、音楽やってる割には、あんまり女の子と遊んでるような感じには見えないよね。ギター弾きながら歌ってるときは、激しさと強さが表現されていて、カスミの前で言うのもなんだけど、すごい格好いいんだよね。でも歌が終わると、瞬時にまじめっぽい印象に変わるんだな。そんな彼にお勧めの女子を考えてきました」
わたしはバッグから手帳を取り出し、ユウナさんの指示を書き留めたところを開いた。
初対面でもため口。
彼の歌が大好きで、すぐ褒める。
積極的。押しが強い。大胆なところがある。
パーソナルスペースが狭い。
「きっと彼はまだ女の子なれしてないと思うんだよね。そういう男子は、ため口で積極的にぐいぐい来るタイプに弱いはずだから、このキャラクターで話しかけてみよう。
忘れちゃいけないのは、カスミは彼の歌が大好きだっていうこと。とにかく彼の歌を褒めて。彼は自分の歌を肯定されたら悪い気は絶対しないし、彼の懐にすっと入れると思う。
あとはとにかく大胆に攻めよう。ほとんどの男の子は、大胆な女の子が好きなものなんだ」
ユウナさんは簡単に言うけど、演じる側としてはなかなかハードルが高い。
自分にないキャラを演じるようになるのだから、少しでも気を抜くと、作ったものだと気づかれる可能性がある。とにかく佐倉カスミになりきらなければならない。
わたしは今日、ナチュラルメイクを施してきた。メイクは仮面と同じだ。メイクをした瞬間から、佐倉カスミのスイッチが入る。そのように練習してきた。
視線の隅から知っている人影が現れた。瑞季くんがいつもの場所に陣取り、ギターケースを地面に置いた。
心臓が高鳴る。今からわたしは彼に告白しようというのだ。平常心ではいられない。とりあえずアップルジュースを一口飲んだ。
瑞季くんがギターのチューニングを始める。それと時を同じくして、わたしはユウナさんと繰り返したシミュレーションを思い出す。
最初に話しかける言葉は何か。
わたしのことを気になるように仕向けるフックの存在。
彼の歌の褒め方。
そして告白の言葉。
頭の中でシミュレーションの内容を二回通しで再現し終えたところで、彼の路上ライブも終盤を迎えたところのようだった。
息を大きく吐き出し、精神を集中する。
わたしは階段をゆっくりとした足取りで降り、店の外に出て蒸し暑い夏の空気に触れた。
少し先で彼が『有限の未来』を歌っている。観客はいなかった。気づかれないよう、近づいていく。
とうとう彼が歌い終えた。彼はいつものように深々と頭を下げた。
このタイミングで拍手をする。そして、話しかける。
何度も繰り返した内容だった。
でも、拍手ができない。拍手をする勇気がでない。
まずいと思った。思いのほか緊張していたようで、素の自分が出てきてしまったようだった。
わたしは気持ちを佐倉カスミに切り替え直した。
瑞季くんがいつもより長くお辞儀をしていたから良かった。無事、拍手をしたところで、彼の前に姿を現す。
彼の視線がこちらに向いた。
緊張を押さえつけながら言う。
「柊瑞季くん、だよね?」
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5年後までサヨナラ SideーB くろろ @kuro007
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