外伝

勇者「やっぱ勇者向いてなかったと思う」

[城・玉座の間]

王様「さぁ、魔王を倒してくるがよい!」

男「いや何もよくないですけど!? 何故」

王様「勇者が逃亡した故、魔王を倒す者がおらんのだ。そこで主が」

男「俺勇者じゃなくて極普通の脱獄犯なんだけど。えっ何とうとう死刑宣告なの?」

王様「素手で鉄格子割る奴が何をほざけ。修理費いくらかかったと思っておるんだ」

宰相「一ヶ月で計23回分、金貨236枚。豪邸一軒に高級馬車一台、馬付きで買えますね」

男「サーセン」

王様「ということで行って参れ。これ以上主を収容しておける余裕も無いのだぞ……」

男「まぁどうせ暇だからいいけどさ、食費さえくれるなら」

王様「その位であれば資金を用意しよう。主は成長期の割に食が細いと聞く」

男「王様俺23です。んじゃ行ってきます」ガチャ

宰相「手錠修理代銀貨70枚、新品100枚」

男「あっ、つい癖でやっちまった。逃げろっ」

王様「待て待て逃げるな。旅は険しい、お供をつけさせよう」

男「監視役か」ぼそっ

王様「ん、今何か申したか?」

男「いや何も? それで、お供って犬と猫どっち……」

王様「犬か猫なわけが無かろう。人に決まって……や、正直人かどうか定かでは」

男「ちぇっ、動物じゃないのか……て、えっ? 今なんて」

シュッ


男「おわっ」避けっ

?「へぇ……このナイフを避けるたぁ流石は勇者代理様……ってただの不審者じゃねえか」

じろじろ

王様「その者は恰好こそ不審者だがしかし中身も不審な青年ぞ」

男「誰が不審者だ。つかこの状況はどう考えたってこいつが不審者だろ。何故ナイフ投げた?」

?「初対面だからだ」

男「理由になってねぇ。人にしては素早いし……どこの先住民族だよ」

?「あ? 何見てやがる、れっきとした中央国育ちだ」

男「出身国同じじゃねーか。え、王様まさかこいつなの? お目付け役って」

王様「お目付け役では無い。その者は窃盗罪でな、獄中出身同士仲良くせい」

?→供「ま、せいぜい同伴してやること有難く思え」

男(これ絶対人選ミスだろ……俺と王様含めて)


[森]

供「なぁ勇者代理」

男「その呼び方はやめてくれ」

供「じゃあ不審者、テメェ逃げる気か?」

男「何言ってんだ。魔王城に向かってんだよ、あと俺は不審者じゃない」

供「魔王城は逆だ」

男「まじか。早く言えよ」くるっ

供「地図見てんじゃねーか」

男「俺の方向音痴舐めんな」

供「そもそも知ってんのか? 伝説の剣無いと魔王倒せねえんだぜ?」

男「あーまぁどっかで拾ってくるしかないよなぁ。どこだろ」

供「お前逃げる気なくても倒す気も無いだろ」

男「せーかい。なんだって俺が勇者代理なんかやんなきゃなんねぇんだ、せっかく出れたのに」

供「責任感のねぇ奴だな……」

男「俺らみてーな一般人が魔王と戦ったって秒殺だぜ? 死にたくないじゃん」

供「……んじゃあどうする気だ」

男「食費は貰っちゃったからな。とりあえず何かするか」

供「何かって何だよ」

男「なんだろーなー」

茂みガサガサ

男「ん?」


ばさっ

娘「助けてください!」

供「な、何だ!?」退きっ

娘「私の、私の住んでる村が、魔物に」

男「嬢ちゃんとりあえず息整えようぜ、あと鼻に葉っぱついてる」

娘「す、すみません……けど、早くしないと、村が……っ」ぽろぽろ

供「うわ泣かせるとか……」

男「え、今の俺のせい? あー……で、ど、どうしてほしいんだ? 俺らなんかに」

娘「旅のお方、どうか、どうかその魔物を倒して、村を助けてください!」

供「えっ」

娘「お願いします! どうか、どうかこの通り……」

男「あ、ちょ、そんなところ座ったら泥が」

娘「私が泥だらけになって村が救われるのなら、望んで汚れましょう」

男「えぇ……ま、まぁ別にいいけど」

供「は」

男「どうかしたか?」

供「あ、いや……死にたくねぇんじゃなかったのかよ」

男「何で死ぬ前提なんだよ。魔王じゃないしへーきへーき」

娘「過去に国を一つ滅ぼして封印されていたと聞きます……今は眠っていますが……」

男「まじかよちょっと怖いな」

供「ちょっとかよ」

男「んで? その村はどこにあるのさ」

娘「ほ、本当によろしいのですか……!? ま、待っててください、闇雲に走ったもので」

男「村名さえ分かれば転移魔法でちょちょっと行けるけど」

娘「て、転移魔法が使えるのですか、何という巡り合わせ……ウシロの村と言います」

供「後ろの村? 何だその向上心無さそうなネーミング」

娘「地図上で中央国の後ろに位置するので、覚えやすいかと村長さんが……」

男「小さな村でも観光戦略に必死なんだな。あ、そういや国名もそんなんばっかな気が」

供「おい、行くなら早く行ってやれよ」

男「ん、つい癖で脱線しちまった。それじゃ、転移魔法!」

シュン


[ウシロの村]

ストンッ

娘「わっ」ぐらっ

男「危ねっ」支えっ

娘「あ、ありがとうございま……あ、ま、魔物が」

供「なっ……あ、ありゃドラゴンじゃねえか。何だってあんなもんの封印解きやがったんだ」

男「どっかの馬鹿がいたずら半分腕試し半分で解いたってところだろうな」

供「クソ傍迷惑な奴だな……この様子じゃそのクズ共も全員おっ死んだんだろうが」

娘「あっ、村長さんがっ!」

供「マズイ殺られ」サッ

男「お前は出しゃばんなこれは俺の責務だ」どんっ

供「は、今な」ずさっ


がしっ

男「おっすドラゴンさん、ちょーっとこの手止めてもらえるか?」

ドラゴン「……何者だ、我の手に気安く触れるなど。死にたいのか」

男「んな訳ないじゃん。ちょいとお前に話があってな」

村長「あ、ああ……」ガタガタ

男「村長さんはとりあえず退避しててくださいな、安全は保障しますから」

村長「わ、分かりもうした……」

ずさっ、ダダダ……

ドラゴン「……舐め腐った真似を。今にその口叩き潰してやろう」ぐっ


娘「村長さん!」

村長「はっ、はっ……お、お前は無事だったのか」

娘「良かった……っ、けど、今度はあの方が」

供「……魔物と喋ってやがる」

娘「た、助けに行かれないのですか、お仲間なのに……」

供「あれと仲間? 反吐が出るな。ところで怪我人と死者は何人出た」

村長「怪我人は村の半数以上が……死者は、初めに挑んだ若者が三人」

娘「し、死んじゃったんだ……そんな……っ」

供「……ちっ」


男「ん。無駄な抵抗はよした方が賢明だぜ?」

ドラゴン「……この力、お前も魔物か」

男「どう見たって人ですよね。この腕潰すよ?」

ドラゴン「構わぬ。例えお前が我を殺ったところで魔王様が人を滅ぼす」

男「みたいだな。じゃあお前は何で人殺してんの?」

ドラゴン「我はただ魔王様の命に従うのみ」ごおっ

男「うわっ、さらっと燃やすな! 俺だって火傷するんだぞ!」

ドラゴン「掴めぬ奴だ。殺すならば早くやればよいだろう、村の者が怯えておるぞ」

男「そんなのはどーだっていいんだよ。今はお前の生死の方が重要だ」

ドラゴン「人でありながら魔物の味方をすると言うのか」

男「さてここで問題です。お前は何がしたいんだ?」

ドラゴン「無視か……決まっておろう、我を作って下すった魔王様のお役に立ちたいのだ」

男「でもさ、ここで俺に殺されたら役に立てないよ?」

ドラゴン「我々など捨て駒にすぎぬ。ただ役目さえ果たせばあとはどうなろうと構わん」

男「お前すごいな」

ドラゴン「な」

男「けどよ、ただ人殺すだけだったらこんなに強くする必要あると思うか?」

ドラゴン「何だ、急にお世辞とは。命が惜しくなったか」

男「そんなんじゃねーよ。封印されるくらいだしさ、お前強いんだろ?」

ドラゴン「皮肉か」

男「おい、ちょっと耳かせ」ぐいっ

ドラゴン「引っ張るな。あとそこは耳では無く髭だ」


村長「何か……話しておるようだな」

娘「あの魔物相手にあの様子……あの方、一体何者なのですか」

供「さぁな」


男「俺思うんだけどさ、お前の役目って勇者倒すことなんじゃね?」ひそっ

ドラゴン「勇者だと? 責務を前に逃げ出すような未熟者、我の敵ではない」

男「魔王が倒せるようなバケモン相手によく言えるな。なら倒して来いよ」

ドラゴン「……要するに勇者を倒すのが我の義務であり、だから今は逃げろと言いたいのか」

男「物分かりが速くて助かる。流石はドラゴンさん」

ドラゴン「勇者を倒せとは……お前は結局人と魔物、どちら側なのだ」

男「さぁ。でもとりあえず勇者倒してほしいことは事実かな、今俺も迷惑被ってるし」

ドラゴン「断れば」

男「納得するまで話し続ける。お前に拒否権など無い」

ドラゴン「傍若無人な奴だな……仕方あるまい、要求を呑んでここから立ち去ろう」

男「おっ! いいのか!?」

ドラゴン「お前の話にも一理ある。それに自暴自棄になるほど我は無知ではないからな」

男「お前が冷静な奴で助かった」

ドラゴン「しかし、初めから我を殺す気など無かったのだろう。妙な奴だ」

男「よく言われます」

ドラゴン「お前の話は聞いていて頭が疲れる……」はぁ

男「ちょっため息つくな! 服の裾が焦げたじゃねえか!」

男(とりあえずはどうにかなったようだな……けど)


---

ばさっばさっ

「あっ、ドラゴンが去っていく!」

「あの方が村を救ってくれたんだわ!」

「あの方こそ本当の救世主様だ!」

------

村長「この度は大変ありがとうございました。村民一同代表してお礼申し上げます」ぺこり

男「あっいえいえ。そんな堅っ苦しいのは俺苦手で……」

村長「怪我人の回復までしてくださり……しかし、一体貴方様はどちらから」

男「こいつと同じただの元囚人っすよ」

供「指をさすな。あと一緒にすんな不審者」

村長「えっ、不審者……あ、いえ。そんなことは関係ありません。貴方は我々の救世主です」

男「救世主はよしてほしいな。あと不審者ではない」

村長「す、すみません。ではせめてお名前を」

男「名乗る名などありません。好きに呼んでください」

村長「は、はぁ……」

男「じゃ、そろそろ行くか」くるっ

娘「あっ、お待ちください!」

男「ん」

娘「本当にありがとうございました、このご恩は一生忘れません」ぺこり

男「そうか。じゃあな」さっ

娘「えっ、あ……いない」



[森]

スタスタ

供「……お前、情が無いのか? 何だってあんな急いで去ったんだ」

男「俺のスピードについてこれるとは流石人外疑惑持ちだな」

供「そういうことを聞いてるんじゃねーよ」

男「魔物を倒さずしかも言葉を交わすような奴、村にいられたって迷惑だろ?」

供「え」

男「ところでよ、さっき大丈夫だったか?」

供「あ、ああ……急に突き飛ばしやがって」

男「すまんすまん。でさ、その時なんかむにってしたんだよな。お前の胸」

供「当たり前だろ」

男「お前女だったのかよ!」

供「何を今更。男だとでも思ってたのなら視力検査をオススメするぜ?」

男「ホントお前早く言えよ! し、知ってたら胸なんか、ね、狙わな……っ」

供「おい湯気出てるぞ。お前本当に23か?」

男「うっせぇ22だよ!」

供「下らねえ嘘をつくな! ガキかよ!」

男「ああ俺はガキだよクソ……っお前だってまだ義務教育終わってないだろ……」

供「19だ! 馬鹿にすんな!」

男「えっまじかよ小っちゃ……」

供「……つか、お前分かってんのか?」

男「何をだ?」

供「あのドラゴン、次の行き先でまた人殺すぞ」

男「だろうな」

供「だろうなって……ところでお前、あれと何喋ってたんだ」

男「うーん、今夜の夕飯のメニューとか?」

供「ぜってぇ嘘だろ」

男「嘘に決まってんだろ。野宿にメニューも何もあるか」

供「え、野宿……」

男「……まさか今気が付いたのか?」


[川岸・夜]

男「魚うまかったな。デザートが欲しいところではあるけれど」

供「ちっ、何だってこんな貧相で野蛮な食事なんぞしなきゃなんねぇんだ」

男「捕まったからだろ。お互いそうでもなきゃこんな旅しないで済んでたさ」

供「そもそもテメェは何で捕まってたんだよ」

男「不審罪。その兜外すまではここから出さん、って。無茶苦茶だよな」

供「外せよ」

男「断る。お前こそ何で盗みなんかしたんだ?」

供「あー……なんかな」

男「なんかってなんだよ。俺にはお前はそう悪い奴には見えねぇんだけどなぁ」

供「……おだててもデザートは出ねぇぞ」

男「ちぇ。まぁ魚めっちゃうまかったからいいけど。料理人でも目指してんのか?」

供「前科持ちには無理だ。つーかいい加減寝ろよ」

男「お前もな。寝首かかれそうでなんかやだなー」

供「アホなこと言ってねぇでさっさと寝ろ」



男「……夜更かしは美容の大敵だぞ」ぱち

供「あ、ああ。そうだな。もう寝る」

男「いやぁまさかマジで寝首かかれるとは思わなかったな。ははは」

供「……ね、寝ぼけて。早く回復」

男「ほら、横から刺せば頸動脈刺さるかもしれないぜ?」ぐいっ

供「や、やめろ放せ! セクハラだぞ!」

男「真夜中に馬乗りしてくる方もどうかと思うけどな」

供「……手が震えてるぞ」

男「えっまじ? 寝不足かなー」手ぱっ

供「お前、寝てないのか」

男「なかなか眠れなくってな。おかげで頭回んねぇんだよ」

供「……いつからだ」

男「えーっと……確かっていつまで起きてるんだよ。そろそろ寝ないと明日きついぞ」

供「そ、そうだな」

男「あ、俺ちょっと花摘みに行ってくる」よっこらせ

供「普通に言えよ……」


供「……刃物刺さんねえとか、やっぱバケモンじゃねえか」ぼそっ


[川岸・朝]

ぴちぴち……ぴちぴち……

男「うーん」のびー

ばささっ

男「やっぱシャバの朝は気持ちいな。しかし何故俺が出てきたら全羽逃げた?」

供「お前なんか口臭いぞ……」

男「え、まじかよ。ちょっとうがいしてくる」

タッタッタ

がらがら

供「……で、今日はどこに向かうんだ」

男「お前なんかテンション低いぞ?」

供「テメェが高すぎんだよ。新生児か」

男「俺は万年深夜テンションなんだよ。諦めろ」

供「質問に答えろ」

男「せっかちな奴だな。今日はランダムでテキトーに転移魔法を放つ。以上だ」

供「ランダムって……それ、魔王城に着地したりは」

男「あるだろうな。ま、そん時はそん時だ。潔く死のう」

供「お前、本当に魔王城行く気無いんだな……」

男「ある訳無いだろ。俺はそこまでドMじゃない。むしろSだ」

供「えっ……」

男「何本気で引いてんだよ。転移魔法」

シュッ


[中央国・城下町]

ストンッ

供「急に唱えんなよ! び、びっくりしたじゃねえか……」

男「ははは。って、ここ中央国の城下町じゃねーか。よりにもよってここかよ……」

供「お前ここ出身っつってたな」

男「お前もそうじゃないのか?」

供「ここじゃねえ。草原超えたとこの森の中だ」

男「やっぱり先住民族だったのか」

供「違ぇよアホ」

男「んじゃ、来ちまったもんはしゃあないし、俺行ってくるわ」

供「え、どこにだ?」

男「そこらへん。ちゃんと戻ってくるから、お前迷子になるなよ?」

供「お前に言われたかねぇよ」

男「いかにも」



男「……お、あったあった」

男(……こりゃ酷いな。ボロボロだ)

コンコン

?「は、はーい。今開けます……」

がちゃ

男「……」

?「……あの、どちら様……でしょうか?」

男「っ」

?「あ、ああ……すみません、私、目が見えてなくって……」

?「えっと、息子のことですよね」

?「本当に……すみません。何と、お詫び申してよいか」ぺこり

??「ん? 人か……」

男「!」

?「あ、パパ。この方は……パパ?」

??「……お前」

男「ごめんなさいっ」ダッ



タッタッタ

中年女性「西の国が魔物に襲われて死者が沢山出たそうよ」

エプロン女性「こんなときに、あの子は一人で逃げ回ってるんでしょうね」

タッタッタ

旅人「こんな無責任な奴を育てた親の顔が見て見たいですよ」

鍛冶屋「まぁ、あれは人じゃないからな。情が無いのは当然かもしれん」

タッタッタ

郵便屋「昔はあんなに優しくていい子だったのに……どうしてこんな人殺しに」

タッタッタ


タッ……

男「……え」

供「あっ」

奴隷商「ん? 何だ、こいつの彼氏か。ひょろくて相手にならんな」

供「かっ、彼氏じゃ」

男「そいつを放せ!」

奴隷商「ほぉ、威勢が良いな。返してほしければ力ずくで奪ってみろ」

奴隷商「まぁ、お前のようなもやしには女一人守れないと思うがな」

はっはっは

供「放せっ!」ばっ

奴隷商「暴れるな」がしっ

供「うっ……っ」

奴隷商「更に痛い思いがしたくなければ大人しくしてることだな」

供「……お、大人しくしています」

男「え」

供「ゆ、許して……ください……従います、から……っ」ぽろぽろ

奴隷商「最初からそうしていればいいものを。さ、馬車に」

がしっ

奴隷商「な……何だこの手は。それに、一瞬でここまで」

男「そいつを放せ」

奴隷商「い、言っただろ。返して欲しくば力ずくで」

男「ああそうさせてもらう」



「せんせー! 雪がっせんしよう!」

ざっざっざ

先生「おーいいぞ。あ、だがお前手加げ」

しゅっ

先生「う」ぐらっ

ぼさっ

「……せんせー?」

どくどく

兵士「あ、足がもげて……すぐに医者を呼んでくるんだ!」

先生「わあああっ! あ、足が無い」

兵士「落ち着いてください、出血が……そ、そうだ回復魔法を」

「足が、取れてる……血がいっぱい」

兵士「回復魔法を唱えてください! 早く!」

「僕の、せいで……」


男「ひっ」ぱっ

供「え」

奴隷商「な……何だ、驚かすな。だがそのスピード、お前も」

するっ

奴隷商「あっ、いない」

供「こっちだ」げしっ

奴隷商「うっ」よろっ

兵士「あっ、こ、こっちだ! 捕まえろ!」

兵士2「誘拐罪で逮捕する! 大人しく付いて来い」ぐいっ

兵士「そこの二人、怪我は……って、あ、お前ら指名手配犯の!」

男「や、やべっ逃げろ!」

ダッ



[草原]

タッタッタ……

男「……は、はぁ。えらい目に遭ったな……もうやだこの国……」

供「奴隷商なんて、どこにだっているだろ」

男「実に物騒な世の中だ。それで、お前腕大丈夫か? 回復魔法」

供「あ、ああ……少し骨を砕かれた程度だ」

男「それ少しか?」

供「死人と比べりゃ全然軽い方だろ」

男「何で比べるんだよ……ところでさ」

供「何だ」

男「お前、さっきのあれ演技だったろ」

供「……はぁ? 何訳の分からねぇこと言ってんだ。人の恥ずかしい記憶をえぐりかえすな」

男「お前さ、俺に人を殺させようとしてるんだろ」

供「は」

男「分かってんだよ全部。どうせ王様に言われたんだろ、俺に人を殺させて来いって」

供「お前……何言って」

男「そしたら俺がおかしくなって魔物をみんな殺す、だからお前は俺が嫌いだがそれでも嫌々ついて来ている。王様の命だから失敗すればお前が殺される」

供「おい」

男「なぁ、俺城下町出身だなんて言って無いぜ?」

供「そ……それはっ」

男「ごめんな、俺の身勝手のせいでこんなことに巻き込んじまって」


供「……ああ、そうだよ。その通りだ」

男「そうか。やっぱりな」

供「っ……テメェ、いつまでこうやって逃げ続ける気だ」

男「……さぁ、な」

供「現実逃避も大概にしろ。何が一般人だ、魔王に殺される、だ?」

供「馬鹿にしてんのか! いいよな、お前は一人で生き残れるからな」

男「……すま」

がしっ

男「うっ」

供「いい加減その兜を外せ!」

がしゃんっ

男「……」

供「はっ、気色割い髪色……まるで血染めだな。お前にぴったりだ」

供「お前が魔王を倒さない分だけ大勢が死んで、それ以上に大勢が大切な人を失って」

供「それでもお前はヘラヘラ笑って見殺しにするだけ」

男「……ああ」

供「私のお父さんとお母さんは魔物に殺された」

男「え」

供「目の前で殺された。私を庇って殺されたんだ」

男「あっ……ご、ごめんなさ」

供「そういう人が沢山いる。なのに何で勇者がこんな脳内お花畑の甘ったれたガキなんだよ」

供「そんなだからテメェは誰にも信用されてねぇんだよ。全部自業自得なんだよ!」

男「ああそうだよ、全部俺が悪いんだ!」

供「っ!」

男「皆幸せになんて夢みたいなことばっか言って、叶える術なんか持ち合わせちゃいない」

男「なのにその結果裏切られたら、たったそれだけで全部放棄して現実から逃げて」

男「そのせいで大勢が死んでるのに、それでもなお殺せないなんて甘いことをほざいている」

男「俺には人を不幸にすることしかできないんだ、こんな奴死んじまえばいいんだ!」

供「悲劇の主人公気取ってんじゃねえよ!」

カラン

供「このナイフで私を殺せ」

男「!」

供「そしたらお前魔物殺せるようになるんだろ? さっさとやっちまえよ」

供「早く握れ!」

がしっ

男「ひっ」

供「殺れ」

男「あ」

供「殺れ!」

ぐいっ


男「転移魔法っ!」


ああ、俺また逃げたんだな

いつまでこんなことを続ける気なんだろう


シュンッ




子供「ねーねー、何してるの?」

子供「一緒に遊ぼうよ」

母親「あっこ、こらっ」ぐいっ

子供「わっ」

母親「すみません勇者様、うちの子礼儀ってものを知らなくて……」

子供「お母さん、この子は勇者様なの?」

母親「そうよ、危ないから近づいちゃ駄目」ひそっ

母親「勇者様、失礼いたしました」ぺこり

スタスタ……


勇者「……おえかきの続きをしよう」

勇者「本もあるし、おもちゃだってある」

勇者「だから、さみしくなんて……」ぐすっ

?「どうしたの?」

勇者「!」

?「……大丈夫だよ、おいで」にこっ

勇者「母さん……!」



ぎゅっ

勇者「……母、さん……」ぐすっ

?「……」

?「さっ、戻るか」抱えっ

?「って何これ、軽い……きっと、ほとんど食べてないんだ」

?「かわいそう……でも、もう大丈夫だよ」

勇者「……ごめん、なさい…………」ぐずぐず

ぐすっ……すー……

すやすや……




[野原・小屋前]

勇者「……ん……」もぞもぞ

?「あ、起きた?」

勇者「……ここ」

?「勇者君は知らなかったか。ここは人造魔物軍の基地だよ」どやっ

勇者「人造魔物軍……」ぼー……


はっ

勇者「いやお前誰だよ!」ずさっ

?「あれ、ばれちゃったか。何がいけなかったんだろう……」

勇者「どこの母親が息子のことを勇者なんて呼ぶんだよ」

?「えへへ……そっか、人って名前で呼び合うんだったっけ」

勇者(こういうとこは妙に似てんな……)

勇者「ん……で、目的は何だ? まさか俺の切ない思い出を掻き回したかったとか無いよな」

?「まっさかぁ。そんな訳無いじゃん」あはは

勇者「調子狂うからとりあえずその恰好やめてくれませんかね?」

?「そうだよね、母さんのことなんて見たくないよね……」

勇者「何なのキレさせたいの?」

?「冗談通じないな……はいはい」

すっ

少年「こんにちは! 僕の名前は」にこっ

勇者「やめろ言うな! つかそれ俺じゃねえか、俺で遊ぶのはそんなに楽しいか!?」

少年「えっ……えっと、ちょっと楽しい……かな」えへ

勇者「本気でやめてほしい」

少年「バイバイ、不審者のお兄さん!」

勇者「誰が不審者だ!」

すっ


女「……これなら如何でしょうか」

勇者「やっと俺の知らない人か……あれでもどことなく見覚えがあるような」

女「はい! 先ほどまで同行されていた女性の方ですね」

勇者「キャラ違うぞ。あいつはもっと野蛮な感じだ」

女「え、変だな……けど、時には失敗することもありますよね」うん

勇者「……まぁ違和感が気にならなくていいけど。んで、本題はなんだ?」

女「勇者さんは人のことはお好きですか?」

勇者「無視かい。ん……好きかと言われるとちょっと悩むな」

女「……勇者さん、我々人造魔物のことを知っていますか?」

勇者「え。いや……申し訳ないけどあんま知らないな。名前は聞いたことあるけど」

女「人造魔物はその名の通り、人間に作られた魔物の模造品です」

勇者「模造品って……お前自分らのことをそんなに卑屈な言い方するなよ」

女「貴方だってご自分のことをバケモノと呼んだりするじゃないですか」

勇者「う。そ、それとこれとは別だ。にしてもこんなご時世でよくんなもん作ってられるな」

女「ええ。ですからこれは過去の話であり、現在は製造中止になっています」

勇者「やっぱな……しかし、魔物を作るたぁ人の好奇心は無限だな」

女「……好奇心もあったかもしれません。けれど、その使用目的は兵器です」

勇者「え……へ、兵器。あ。いや兵士の間違いだろ? 兵器っつったら物」

女「はい。物です。我々人造魔物の主な用途は、人の道具でした」

勇者「道具……」

女「……戦争で多くの仲間が死にました。恐らくこのご時世、皆殺されて……」

勇者「な、何で」

女「当たり前です。魔物に襲われている今、その模造品を生かしておくはずが無い」

勇者「お前らは……人造魔物は人が作ったんだろ? じゃあ関係無いだろ」

女「姿かたちが同じであれば、似たような力を持っていれば、殺されるんです」

勇者「そんな、理不尽な……」

女「貴方も人の姿をしているというだけで人の仲間と見なされている。それと同じです」

勇者「……俺、人じゃないんだよな」

女「ええ、貴方は人ではありません。だから、魔物の命も幸せにしようとした」

勇者「え、で、でもそれは普通の」

女「ならどうして貴方は今こんな迫害を受けているんですか?」

勇者「迫害、じゃない。これは俺がやらなきゃならないことから逃げたから」

女「貴方がやらなきゃならないと決まってるなんて、それこそ理不尽じゃないですか」

勇者「だって僕は、勇者だから」

女「皆を幸せにしないといけない。守らないといけない」

勇者「!」

女「貴方が小さい頃から何度も言い続けてきた言葉……周囲から何度も言われた言葉」

女「こんなの……あまりにも酷い、洗脳じゃないですか」

勇者「違う。そんなんじゃ」

女「それなのに魔物をみんな殺せなんて、どうしてこんな残酷な命令が」

勇者「これは責任だ、命令なんてされてない!」

女「……苦しかったですよね」

勇者「え」

女「怖かったですよね、辛かったですよね。ずっとそのせいで自分を責め続けて」

勇者「それは」

女「食事もろくにとれない。睡眠もとれていない。そんな貴方を誰も助けようとしない」

勇者「だから」

女「心を壊そうとしてくるなんて、いくらなんだってひどすぎます」

女「それをおかしいと思えなくなるくらい、貴方は洗脳されてしまっているんですよ!」

勇者「違う、絶対違う、だって母さんも父さんも、皆」

女「もうこれ以上自分を責めないでください。目を、覚ましてください」

勇者「洗脳なんてされてない」

女「沢山の命を理不尽に奪おうだなんて、絶対におかしいんです」

勇者「おか、しい……」

女「魔物を殺したって、今度は別の生物が標的になります。人はそういう生き物です」

女「だから、もう人の言いなりになって、人を守ろうとするのはおやめください」

女「貴方が滅ぼすべきなのは魔物ではありません。人です」

勇者「人を……」


シュッ

女「きゃっ……ナイフ、あっ……貴女は。どうしてここに」

供「これでも感は鋭い方でな。ちっ、人の猿真似ばっかしやがって」

勇者「やっぱお前先住民族じゃねーか」

供「うっせぇ不審者。テメェまさか今の臭ぇ小芝居に感化されてたりしねぇよな」

女「そ、そんなんじゃありません! これ以上勇者さんを追い詰めるのはやめてください!」

供「第一何が理不尽だ。現に今正にテメェらは人を全滅させようとしてんじゃねーか」

女「それは先に貴女たちが」

供「身を守るために殺るなんてこと、自然じゃ極々当然の摂理なんだよ」

供「テメェらふたり揃って脳内お花畑じゃねーか。いっそ付き合っちまえばどうだ?」

勇者「なぁ」

供「あ? 何だ、お花摘みならさっさと行ってこい」

勇者「人は滅ぼすべきなんだよな」

供「え」

がしっ

供「うぐっ……ゆ、勇者テメェ寝返りやがったか」

勇者「いや、だってお前ら生かしておいたらもっと殺すだろ」

供「おいお前、このクズに何した!」

女「た、ただ話をしただけです。まさかここまで壊れてるとは思いませんでしたが……」

供「壊れてるって……テメェの方がよっぽど物扱いしてんじゃねぇか!」

勇者「真顔で何言ってんだよ。俺のせいで沢山死んでる、害しかなさない最低な奴だぜ?」

勇者「物扱いが妥当ってもんだろ」ぎゅっ

供「うっ……な、何だってテメェは、卑下するばっかで、改善しようとしねぇ、んだよ」

女「勇者さん、一思いにやってあげないとかわいそうですよ……」

勇者「そういやそうだな。ごめんなさい」

供「お前……手が、震えてる、ぞ」

勇者「臆病で、ごめんなさい」

女「……勇者さん? どうしたんですか、早く」

勇者「転移魔法」





[二年後--中央国・城下町]


あれから人はどんどん死んだ。国も滅んだ。

めちゃくちゃ強い人だけがかろうじて生き残っているが、それも明日殺されるらしい。

勇者「……」

タッタッタ……タ

勇者「……ここ、だっけか。よく残ってたな」

コンコン

ぎぃ……

老男性「……珍しいですね、こんな時に来客とは……」

勇者「魔力封印薬、ありますか」

老男性「以前猫用に作ったものならありますが……しかし、貴方は」

勇者「やっぱ俺のこと恨んでますか? そうっすよね、今更出戻って」

老男性「いえ、貴方には容量が少ないかもしれません。調整はしてみますが」

勇者「……恨んで、ないんですか?」

老男性「貴方を恨む義理はありません。誰かを守る義務なんて誰も持ってなどいません」

勇者「……大魔法使い様、俺は」

老男性「何でしょうか?」

勇者「……いえ。やっぱいいです」

老男性「解毒用に万能回復薬をつけておきました。代金は不要です」

がさ

勇者「ありがとうございます」

老男性「いえ。それでは」

ぎぃ……がちゃ


テクテク

勇者「……俺、あいつの言う通り奴隷脳になってるんだな」

がさ

勇者「自分の責任は、自分で果たさねぇと。だよな」

勇者「さ、いっちょ救いに行くかっ」

タ……

勇者「なぁ、神様。俺さ、今すごい思ったんだけど」

勇者「やっぱ勇者向いてなかったと思う」


勇者「禁術、時間移動」

シュン





[中央国・城下町・地下牢]

ぎぃ……

兵士「勇者様、ご無事で……うっ、酷い」

勇者「あ……あれ、ぼ、僕、人を」

カラン びちゃ

兵士「あっ、伝説の剣が……勇者様、剣を握ってください」

ぴちゃ……ぽた、ぽた

勇者「あ……あ、ごめんなさ」

兵士「勇者様、魔王を倒して、魔物を滅ぼしてください」

勇者「……は」

勇者「はい」


コツ コツ コツ

ぎぃ……ばたん

男「……」

男「……ごめんな、勇者」


勇者「やっぱ勇者向いてなかったと思う」 完

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伝説の勇者が盗賊に世界救えとか言ってきた 伊藤 黒犬 @itokuroinu

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