俺の殺しがバレない理由

只野夢窮

本文

 今月三件目の殺しの依頼だ。

「ストップ! 俺は依頼の理由は聞かない主義でね。どんな理由であれ、依頼は依頼だ。あんたの依頼、確かに受けた」

「ありがとうございます!」

 くたくたのスーツを着て、目に隈を浮かべる20代OLが今回の依頼人だ。ターゲットは彼女が務める会社の上司。クソパワハラ野郎であんなことやこんなことをされたと早口でまくし立てる彼女を止める。なんだって依頼人は、こうも毎回理由をまくしたてるんだろう。やれDV夫だ、やれ貯金を使い込んだ妻だ、やれ理不尽な上司だ、やれ親を殺された、今日会ったばかりの依頼人の身の上話を聞いて、俺が「おーかわいそうだな、ヨシ奮起しよう」とか思うとでも思ってるんだろうか。そんな正常な精神の持ち主が殺し屋なんてやるわけないだろう。第一、逆に殺される側がかわいそうな、逆恨みとかのケースとかはどうするんだ。それでかわいそうだから殺せないなんて言ってたら殺し屋はやってられないだろう。それとも人殺しを依頼する自分への言い訳?「こんなやつだから殺されても仕方ない」という自己正当化なのか。そんなものを延々と聞かされ続ける側の気持ちにもなってほしい。俺は殺しの契約を結んだだけで、そんなキャバクラのような愚痴を聞くオプションなんてつけてない。理由がどうであれ、きっちり殺して、依頼料をもらう。それが俺のポリシーだ。

 俺は命の分け隔てはしない。


 依頼人からターゲットの詳しい情報を聞く。情報は多ければ多いほどいい。今回の案件は聞く限りでは簡単そうだった。会社員なら大抵は、出勤中か帰宅中に殺せばうまくいく。飲み会帰りが一番いいが、このコロナのご時世ではそれは狙えない。まあ、いいさ。楽な仕事だ。電車通勤か。人身事故に見せかけるのがいいだろうな。しかし部長が電車通勤とはしみったれた会社だな。

 依頼料の支払いやうまくいった場合、いかなかった場合の段取りを説明する。もっとも俺が殺しに失敗したことはない。ないが、失敗を想定しないこともない。失敗を想定するからこそ、思い切って行動できる。だからこそ成功できるし、計画に暗雲が立ち込めても一時撤退の選択肢を取れる。大事なことだ。俺の仕事がバレない、一つ目の理由だ。

 しかしあんなに晴れやかな顔をするなんてな。本当に自分がやっていることをわかっているのか、はなはだ疑問だ。


 殺した。特筆するようなトラブルはなかった。殺された部長も、何が起きたかはわからなかっただろう。よくある人身事故として処理される。

「本当にありがとうございました!」

 密会場所で、依頼人が涙を流して感謝している。決まった事務所なんてのはパクられる元だから持たない。毎回毎回、使い捨ての端末からフリーWi-Fiにつないで、VPNを通して匿名掲示板で会う場所を指示している。だからもちろん前回とは違う場所だ。俺の仕事がバレない、二つ目の理由だ。


「これが殺した証拠。葬式の写真とか死亡した旨の辞令とか。確認してくれ」

「はい」

 スナッフ・ビデオでもないんだから、殺しながら撮影をするわけにもいかない。依頼人によっては、本当に殺したのか、と疑う人もいる。当然のことだ。プロなのだから、仕事を完了した証拠を毎回用意する。しかし縁もゆかりもない人間が行政に戸籍の問い合わせなんてしたらむろん怪しまれる。だからまあ、葬式の写真とかを用意する。これが割とめんどくさい。葬式会場まで近づかないといけないし、葬式をあげないやつについては別の証拠が必要になる。今回は依頼人とターゲットが同じ会社に勤めているから、成功したことはすぐに伝わっただろうが。

「しかし、人身事故なんですねー。私てっきり銃でパーン!ってするものかと思ってました」

「不満か?」

「いえ、死ねば別にいいです。ただ意外だっただけで」

 銃や刃物は使わない。足がつくからだ。日本では銃の管理は非常に厳しい。仮に裏で出回っている銃を手に入れるとすると、ヤクザとつながる必要がある。ヤクザは案外口が軽い。ヤクザは義理と人情でつながっている。守秘義務ではない。ということは、俺と義理人情で「喋らない」と約束しても、別のやつとの義理でうっかり喋ってしまうかもしれない。例えば警官に「君がこの銃を誰に売ったか教えてくれれば、君の親分の刑期が短くなるぞ」と言われれば、まず間違いなく俺の情報を売るだろう。元よりまともな社会で生きていけなくてヤクザをやっている連中に、契約を守る、ということを徹底させることは不可能だ。やつらは自分にとって都合のいいうちは契約や法律を利用するが、それは守るのとは別だ。

 刃物も同じことだ。傷口からどんな刃物か、だいたいわかる。日本の鑑定は優秀だからな。そうなるとその刃物をどこから入手したか、100円ショップの包丁から芸術品扱いの日本刀まで草の根を分けて探される。ろくなことにならない。実をいうと100円ショップの包丁は一度「使い捨てなら大丈夫か」と思って使ったのだが、大変なことになった。捕まる一歩手前だった。

 銃や刃物を使わない。ヤクザとつながらない。俺の仕事がバレない、三つ目の理由だ。ちなみに車での轢殺や薬での毒殺も、方法としてはマスターしているし必要であればいつでも使える用意はしているが、ほとんど使わない。車は購入や車検の手続きで足がつく。そういった書類がない車を手に入れるためにはヤクザとつながる必要があり、銃と同じ理由でダメ。薬はヤクザを通さないルートを苦労して開拓したが、今度は救急医療で救命されることがあり、確実性に欠ける。

「そんな話はいい。依頼料を支払う時間だ」

「ええ、わかりました。これがまず200万」

 ひとまず偽札でないことを一通り確認する。厚みはとりあえず200万ありそうだからとりあえずよし。俺は金額にこだわりはあまりない。仮にこれがごまかされていて191万とかだとしても別になんとも思わない。それに、依頼人がごまかすことはほとんどない。なぜなら。

「金のほうはこれでいい。あとは、わかってるな? 最後の晩餐は済ませてきたな?」

「はい、覚悟の上です」

 俺の依頼料は二つある。一つ、有り金。有り金と言っても家や資産まで全て処分しろとまではいわない。明らかに不審な動きになってそこから足がつくし、遺族が怪しむ。そう、遺族。もう一つの依頼料は、依頼人の命そのもの。人一人殺すには、人一人が命を差し出さなければならない。それが俺のポリシー。俺の汚れた商売を貫く一筋の正義。依頼人が自分の命を投げうってまで殺したいと願う時、俺は依頼人の命とターゲットの命を同等に扱う。俺は命の分け隔てはしない。ターゲットを殺し、依頼人を殺す。

 だから依頼人は金をごまかさない。どうせ死んだら使い道がないから。大抵は依頼人がすぐに金を引き出せる口座の7,8割ぐらいを要求している。

「この薬を飲め。痛みはない」

 ピンクの錠剤を差し出す。痛みがないのは本当だ。暴れられても叫ばれても困る。薬を手に入れるルートは色々あるが、ヤクザと関係ないルートを作るのにはだいぶん骨が折れた。しかし銃や車よりはまだ手に入りやすい。外傷が残らず、痕跡が見つけづらいのも非常に良い。

「わかりました」

 驚くほどあっさりと、依頼人は薬を飲んだ。人によっては泣いたりわめいたり、赦しを請うたり、お金を増やすから殺さないでくれとのたまってみたり、そもそも指定した場所に来ずに逃げようとしたりして、実をいうと不意打ちで殺すよりも依頼料を支払わせるほうがかなり面倒だったりするのだが、こいつは楽で助かる。運がいいな。

 三十分ほどで依頼人は意識を失い、ピクピク動く肉の塊になった。もう三十分も待てば死ぬだろう。思ったよりおっぱいがでかいなと、ふと思った。しかし俺は一瞬だけよぎった不埒な考えを捨てた。俺が依頼料として受け取ったのはあくまで依頼人の命だけだ。その尊厳や物理的な肉体の所有権までは購入していない。俺は必ず契約を守らないといけない。例え依頼人自身が気づかないとしてもだ。ああ、そろそろか。死体処理の手はずを整えないとな。

 俺はターゲットを逃したこともないが、依頼人から取りっぱぐれたこともない。依頼人が必ず死んでいるから、依頼人に自白させたり、依頼人から俺にたどり着いたりすることができない。俺の仕事がバレない、四つ目の理由だ。


 たまにはこういうこともある。

「それで、殺してほしいのは総理大臣だと?」

「そうなんです」

 案の定この依頼人も理由をまくしたてる。なんでも総理大臣の政策のせいで職を失ったとかなんとか。それで今はホームレスなんだと。言われてみれば随分と汚い恰好をしている。それが本当かどうか俺は知らないし、知ろうとも思わない。仮に逆恨みだろうが妄想だろうが、一つの命は、一つの命と。

 それはともかく総理大臣暗殺とは大きく出たな。ヤクザの大物や地方の議員程度なら殺したことはあるが、流石に総理大臣ともなると普段の暗殺とは話が違ってくる。護衛は当然いるだろうし薬を盛ったり車で突っ込んだりするのも成功率は低い。銃は持ってないし、仮に手に入れたとしても普段使っていないものをぶっつけ本番で使うのもリスクが高い。

「流石に総理大臣を暗殺したことはないんだよな。依頼を受ける前に事前調査してもいいか? もちろん事前調査で金はとらない。俺はできない依頼は受けない主義でな」

「わかりました、ご検討いただきありがとうございます! 私は××公園にいつもいますので!」

「いや、ネットカフェからでいいから例のサイトにつなげ。そこで集合場所を指示する。ネカフェ代は貸しといてやる」

「わかりました。ありがとうございます」

 三千円を渡して一旦別れる。依頼人に金を貸すのもアホな話だが、出来るかどうか即答できないのは俺の実力不足だ。だから特に嫌な気持ちもしない。しかしどうしたものかな。


「ダメじゃないですか。あなたのために総理官邸に放火までしたのに、あなたが逃げちゃあ」

 結局、放火することにした。建物のガードが堅い時はガソリンを撒いて火をつけるに限る。ガソリンの入手性は素晴らしい。その上放火すると生存率もかなり低く抑えられる。あとは総理が官邸に確実にいるタイミングを見計らって、下水道から侵入して火をつけるだけだった。いい経験になった。あらゆる建物は、水道と電力を外部に依存する限り脆弱なんだという基本を確認できた。

 しかし依頼人が逃げたのには参った。なんせ依頼料と言ってもホームレスだからほとんど金を持っていない。所持金の8割をよこせといってもせいぜい1万円もあれば御の字だろう。経費だけで赤字だ。だから実際追いかけてもしょうがない。ホームレスだから後を追うにも一苦労だ。なんせ家族も親類も友人もいないし家もない。だからまともな精神の奴なら追いかけない。しかし俺は必ず依頼料をもらわねばならない。損得以前に、それが俺のモットーだから。

ふと、こいつはこうして無責任に逃げて、逃げ続けて、こうなったんだなあと思った。もしクビになった理由から逃げなかったら、こいつにも別の人生があったのだろうか? まあ、どうでもいいことだ。

「じゃあ依頼料をもらうぞ」

「やめてくれ! 殺さないでくれ! 金なら必ず用意するから!」

 そういう問題じゃないんだよなあ。

 殺した。ポケットの中の財布には2,368円しか残ってなかった。貸した金より少ないじゃあないか、全く。こいつが人生の終わりに残したものはそれだけだった。でも、そんな命でも俺は命の分け隔てはしない。総理を殺して、ホームレスを殺す。一対一交換だ。多くもなく、少なくもなく。


「殺してほしいのはあなたです」

「はあ」

「理由を言わずとも、あなたは誰でも殺す。そうですよね?」

「まあ、そうだが」

 目の前の女はせいぜい大学生程度に見えた。この前のOLよりは確かに若く見える。

「俺がその依頼を受けるとでも?」

「あなたは必ず受ける。あなたは金や名誉のために殺していない。依頼人の命を入力したら、ターゲットの命を出力する機械だ。だから、例えターゲットがあなた自身だとしても、依頼料さえ支払えば、あなたは実行する」

「…………君が依頼料を支払ったことをどう確認すればいい」

「私が遅効性の毒を飲んで、それを見た後にあなたが自殺すればいい」

「そうか。そうだな。依頼理由を聞きたくなったのは生まれて初めてだが、やはり聞かないことにしよう」

 どうせ親だか友人だかの仇とかいう、クソつまらない理由なんだろう。山ほど聞いてきた理由だ。なるほど、それで自分が殺されることだってあるだろう。恨まれるぐらいには殺してきた。

「救急車を呼べないように、手足は縛らせてもらう。その後にこれを飲め。その後俺がここで自殺する」

 普段やっているように手際よく女を縛って、いつも使っているピンクの錠剤を飲ませる。依頼人は何のためらいもなく飲み込んだ。少しもったいない気もする。この前のOLも、この女も、まだ随分若い。生きていればやれることは沢山あるだろう。しかし、そんな説教をするために殺し屋をしているわけでもない。依頼料は受け取った。いつもの通り殺すだけだ。

俺は死んだ。俺のことを詮索するやつもいないし、してもしょうがない。家族もいなければ友人もいない。他人を殺し続けて埋めただけの、空っぽの人生だ。俺の仕事がバレない、五つ目の理由だ。

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俺の殺しがバレない理由 只野夢窮 @tadano_mukyu

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