「平和ウィルス沼前」2020年12月 一文物語集
本作は、「平和ウィルス沼前」をテーマに作った一文物語集。
5
よどんだ平和池からボコボコと放出されるウィルスに感染して、作り笑いしかできなくなった人々は、マスクで表情を隠している。
6
人の出が少なった町に、いつも野畑を荒らしていた熊が降りてくると、穏やかな空気の中の平和菌に侵され、自ら畑を守り、家の防犯をし、町を良くしていったことで、みんなから熊吉と呼ばれて、生かされている。
7
いじめられていた彼は、毒沼にいくつも浮かぶ骨の中から強そうなものを拾い上げ、ふと、それを手放して、沼の水を瓶に入れて、持ち帰った。
8
行き先も時刻もない廃れてしまったバス停でしばらく待っていると、願いごとの一つ先行きのバスがやってくる。
9
毎朝、その建物のくすんだ大きな窓辺に黒い円形の物体が並べられていき、頭部のないギリギリの首にネクタイを巻いた人やボタンをしっかりとめた人たちが、その建物からひっきりなしに出てくる。
10
仕事の帰りの夜、朝、立ち寄った建物に入り、暗闇でうっすら白く光る自分の目を見つけた彼女は、ヘルメットをかぶるように自分の頭を首に乗せつけ、唯一、無意識で自分でいられる夢のひとときを楽しみに、家に向かう。
11
罰として、淀んだ沼の水をコインランドリーで洗うために永遠と運ぶ彼は、カランコロンと、また石かと思ったそれは、ミラーボールで、回れば回るほど汚れが落ち、洗濯機の窓から色とりどりの光が強く溢れていく。
12
その声を聞いて、風邪をわずらい、声を出すとうつすのでしゃべらず、文字でやりとりするようになると、文字で感染するようになり、最後は見つめ合うだけで、恋の病にかかる。
13
胸の奥底で煮えくりかえっていた日頃言えなかった本音を、フライパンで炒めるとはじけて、スッキリしたと思った彼女が、フライパンをどかすと、炎が真っ黒に燃えさかり、彼女の深い腹黒さはまだまだ燃え尽きはしない。
14
戦場で争いを鎮めた伝説の楽器を手に入れた彼女は、さぞかしいい音色が出るのだろうと、練習を始めると、険しい顔をして耳を押さえる人々に取り囲まれ、新しい争いの火種を生む音を奏でている。
15
凶悪な人が住む家とは思えないほど、広い庭にきれいな花がずらりと並んでいて、それらの鉢を見ると、お花畑の頭部ばかりで、水あげたばかりなのか、虚な目や鼻、口から水が垂れている。
16
夜、静かに淡いピンク色めいた煙が出ている煙突の真下では、愛の塊が燃え盛っている。
17
沼に主が住んでいるという噂を聞きつけた悪ガキたちが、沼に石を投げれ水面を乱していると、騒々しい、とヌッと姿を現した沼魚姫は、目も泥に覆われて辺りは何も見えず、気のせいか、と勢いよく沼の水をまき散らすように舞い戻り、悪ガキたちは全身泥まみれになった。
18
花が枯れる儚さに気を病んだ彼女は、枯れない花のタトゥーを自分に刻んだが、ある時を境に、自分が枯れていくことに気を病み始めた。
19
やってきた電車のつり革がドーナツで、すでにかじられているところもあり、乗車したままの隣の人は、絶対にその場を移動しないと、頑なにそれをくわえて立っている。
20
畑の土を手で優しく掘り返して、芋を収穫していると、土の中で手をつかまれ、つかまれたまま引き抜くと、見たこともない手つかみ芋が、助けてくれと言わんばかりに手を伸ばしている。
21
見える化された時代、人々は成功への道が見えるかと思ったが、ウィルスも不安も見えるようになって、隙間なく壁に閉じ込められていることを知って、動けない。
22
急激に寒くなった日、あと一歩で手に入りそうだった彼の平和が、氷の中に閉じ込められてしまい、平和は氷の中でも平和で、溶けるまでその氷を他人から守り続けようとした彼は、次第に凍ってしまっていた。
23
苦境にあらがう人の心を見習って、風車が受け身をやめて、能動的に風を起こすようになってしまって、風と風とが荒がっている。
24
この日に降った雪の結晶は、クリスマスツリーで、大人も子供もはしゃいでその鋭利な結晶に触れると、冷たく皮膚に刺さって、噴き出た鮮血で服を染める。
25
その夜、世界中で、サンタさんがころんだ、が繰り広げられていて、まだプレゼントは届かない。
26
ウィルスに汚染された星を捨て、宇宙で一人、彼は残り少ない空気を吸っていると、通りがかった宇宙魚船の乗船を断ったあと、銀河列車が通りがかり、乗車して、残りの空気を吸う必要がなくなった。
27
昨日は泥のように眠っていた彼は、伸びすぎた白いひげを剃り、赤い制服を洗濯し、ソリを掃除して倉庫にしまい、トナカイにご褒美用の餌を与え労り、窓から見えるオーロラを眺めながら、ちょっと遅いささやかな宴を一人楽しんだ。
28
自分の行動を振り返って心当たりを必死に探している夫は、微笑んだ妻に、イライラを煮えくりかえす怒り沸騰鍋の具材や汁を口元へ運ばれている。
29
傷だらけで、ズタボロの人たちは、絆創膏や包帯を買わず、養生テープを買い求めていて、汚れないように、仮止めしてすぐにきれいに剥がしたり、破れた道を治るまでくっつけたりと、自分を守り、人生の英気を養う効果を求めていた。
30
たくさんの活き貝が並べられて売っている閉店間際の店に、息も絶えだえに駆け込んだ彼は、最後の
31
今の生き方に苦しさを感じていた彼女は、明日こそは素顔で生きよう、と傷だらけの仮面を外したが、素顔を汚さないために、よく磨かれて輝く新しい仮面をつけることにした。
一文物語 弐天零[2.0] 水島一輝 @kazuki_mizuc
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