07
扉が勢いよく開き、三人が中へと飛び込む。
「テラっ! 助けに……」
部屋へ踏み込んですぐにセルの足は止まった。
古びた小屋の真ん中、藁が敷き詰められた上で縄でグルグル巻きにされて押さえつけられているテラ。と、傷だらけの顔で助けを求める様に三人を見る中年の男二人。
「や、やっと来たか。早くこいつを回収してくれ!」
鼻血を出している男の一人が声を上げた。
「か弱げな少女だって聞いたのに、何で急に豹変してんだよっ!」
引っかかれたあとが顔中についている誘拐犯の男B。
「テメェらただのクレーマーじゃねえか、つか触わんな汚れるだろ!」
テラは刃物のような、かつ汚物を見る目で誘拐犯たちを睨みつけている。
男たちの視線を受けながら三人はやっぱり、という表情でその光景を眺めていた。
「ていうかよく捕まえたっすね……」
誘拐犯に対して感心すらしていた。
「よほどの激しい攻防戦が繰り広げられたんだろうな。惜しいものを見逃した」
言いつつお兄さんは小屋の中に入り、男二人の後ろに回った。
「ということで連行な」
あっさりと男二人の腕を掴み上げ上に引き上げる。反対の手で抵抗しようとした男たちだったが、掴まれた腕を強く握られてすぐに抵抗をやめた。
「じゃ、俺はちょっくら南の国に……あ。う……まあ、大丈夫だよな」
何かを思い出して一度立ち止まるも、お兄さんは再度強引に男二人を引きずって小屋の外へ出て行った。表情を歪める男たちに、残された少年少女三人は唖然としてお兄さんと男二人が去っていくのを眺めていた。
ふとセルを見上げてテラの目の色が変わる。
「……て、な……何で」
その声で気が付き、セルは部屋の中を見渡してナイフを見つけた。
「ちょっ、お、おい待てっ!」
歩み寄ってナイフを拾ったセルをテラは咄嗟に止めようとする。テラはプルの顔を見たが、プルは軽く首を横に振った。
「大丈夫っすよ。……今は」
ナイフを手に持ってセルは縛られているテラへと駆け寄り、慎重に縄を切りだした。縄が解けると同時にテラは立ち上がってセルの顔を凝視する。
「……あ、これ……テラの、だよね」
セルは手に持っていたナイフをテラへ差し出した。テラはすぐにはナイフを受け取らず、差し出されたセルの手が震えているのを見つめていた。
ナイフを受け取って顔を上げ、セルの首に巻かれていたスライムを見る。そして視線を上げて表情の無いセルの顔を見上げた。
「て、テメェ、何でここに」
差し出されたままの手を握った。だが瞬時にセルの表情に恐怖が走ったのを見てその手を離す。セルは俯き、自分に何かを言い聞かせ、引かれたテラの手を握り返した。
「た、助けに……けど、僕、何も」
大きめなセルの手が離れかけたのをテラが引っ張って戻した。
「んなこと関係ねえよ……助けに来てくれただけで十分だ」
涙目を隠すように俯いて、外側からセルの手を小さな手で包むように握った。その手首に赤い縄のアザが残っているのを見てセルはプルの顔を見た。
「は、早く帰ろう。あとが残る前に」
「そうっすね……あ、でもあの人待たないと……帰ってくるっすよね」
不安げにプルは扉が開いたままの小屋の外を見た。扉の向こうには草原が広がり、点々と地平線の向こうに家が建っているのが見える。
「というか……姉さん、何でナイフ持ち歩いてたんすか?」
「……あ、ああ、護身用だ。と言っても結局昼は使えねえけどな」
肩手を離して下を向いたまま目に溜まっていた涙を拭い、テラは笑みを浮かべて顔を上げた。プルはそれを見て僅かに微笑み、にっと笑ってセルを見た。
「兄貴……」
だがそこにセルはいなかった。
「え、兄貴……う」
背後から胸部を殴られ、プルはその場に崩れ込んだ。テラは既に気を失っており、藁の上に横たわっていた。
扉の傍で三人目の男がセルの腕を掴んで立っていた。
「大人しくしてろ、さもなくば」
中年の女はプルを持ち上げて首に両刃の短刀を突き付けた。男は乱暴にセルの反対の腕を掴む。振動で首にかろうじて付いていたスライムが落ちる。
「いいか? 暴れたらあのガキ共を殺すからな」
細い両手首を背中に回して縄でくくった。その縄を強く引く。
「ついて来い」
縄を手に男は小屋の外へと歩き出した。セルは床で眠るテラ、そして首に短刀を突き付けられているプルを見た。手の震えがぴたりと止む。
「……はい」
生気の消えた目で視線を落とし、引かれるがままに歩き出した。
ランプの灯りのみが照らす広い地下室に集まった人々。
その真ん中にセルは座らされ、布の敷かれた床を見つめていた。
「その気色悪い髪……テメェが勇者で間違いないようだな」
腕を組んでセルを睨みつけていた赤髪の女が言った。無言のセルに舌打ちをして、鍛えられた足で思い切りセルを蹴った。
セルは後ろへ崩れこんで、縛られた腕を僅かに動かして起き上がる。起き上がりかけたセルは再び女に蹴り飛ばされた。
「こいつぁ丁度いいサンドバッグだぜ……っと、先にやってもらうことがあったな」
女は起き上がろうとしたセルの頭を、鈍い音が鳴るほど強く床に踏みつけた。
「謝れ。ここにいる全員にだ」
赤髪の女は強い怨念の込められた目でセルを見下ろしていた。それは女だけでなく、地下室の中でセルを囲む老若男女のほぼ全員が同じ目でセルを見ていた。
地下室中に張り詰められた怒りと憎しみの中心にセルは座っていた。
ふっと、その目から何かが抜けた。
「……ごめ」
「聴こえねえよ! もっと誠意を見せろ!」
赤髪の女に怒鳴りかけられてセルの声量が上がった。
「ごめんなさっ」
シャツの胸ぐらを掴み上げられ言いかけた声が詰まる。
女は炎のような赤い目で突き刺すように掴んでいるセルを見下ろした。
「ここに居る奴らはな、テメェがちんたらしてたせいで魔物に家族殺されてんだ」
燃え盛るような怒りと悲しみの込められた視線がセルに集中する。
「恋人も、育ってきた場所も、皆魔物に奪われてんだよ!」
強い感情の込められた怒声を浴び、セルは足で床へと蹴り飛ばされた。頭から倒れ込んだセルの周りを見ていた人々が囲む。
「あとはテメェらの好きなようにしろ。お前らもよっぽど溜まってんだろ?」
赤髪の女は目を変えないまま微かに口角を上げた。
その言葉を合図に群衆から手が伸びてセルを掴み上げた。背後からナイフを突き刺されシャツの切れ口が僅かに赤く染まる。
「へえ、噂通り人間じゃねえみたいだな」
「けど表面は刺さるらしいぜ。なら縦向きに」
ナイフの刃は刺さったまま上を向けられセルの背中の皮膚を切り裂いた。薄く剥がれた傷から血が滲み出て、点々と血の染みたシャツが背中に張り付く。
「いっそこのまま全身の皮剥いじゃおうよ」
「おい! 後でそいつ俺にも貸してくれ!」
集団の中で掴み上げられているセルに四方からナイフや針が刺さり、あっという間にセルの服から血が滴り始めた。傷だらけの体を麻布の上に放り投げられ、目の前にいた年増の女がセルの頭部を掴んで床に置かれた桶の中に押しつけた。
「夫と子供たちは魔物の水魔法で溺れ死んだんだよ、二年前にね」
張られた水の中でセルは咳き込み、水の中に血が広がる。
「あんたがもっと早く魔王を倒していれば……村の皆だって助かったのに!」
女が手にしていたナイフを掴んでいたセルの後頭部に突き立てた。刺さった場所の髪が短く切れ落ち、刺さっている傷口にそって血が滲み出た。
「一切反抗しないとはよっぽど仲間思いなんだな、偽善者が」
「傷が残る前に回復しないと後々厄介だぜ。おい、そろそろ」
呼ばれて集団の中から金髪にパーマのかかった若い女が出て来て、すさんだ鋭い目つきでセルを睨みつけた後、手を向けた。
「回復魔法」
全身に刻み込まれたセルの傷が消え、年増の女に押さえられて桶の中で咳き込み続けているセルに再び人が群がった。
次第にシャツは真っ赤になり、水の中で泡を吐いたきりセルの咳は止んだ。
「ここに入ってろ」
シャツを脱がされたセルは檻の中に放り込まれた。動物用と思われる大きな檻の扉を閉めて施錠し、男はすき間から堅そうなパンを一切れ投げ入れた。
「今日からお前の寝床はここだ。変に動くなよ」
濡れた髪から水滴が石の床に垂れる。セルは手をついて体を起こし、床に向けて水を吐いた後、顔を上げた。
「薬飲ませたから逃げないとは思うが……一応ここで見張ってろ」
「ああ」
檻の前で三角座りをしていた茶色い髪の少年が頷くと男は立ち去って行った。
男の足音が遠のいていく中セルは床に落ちたパンを見つめ、視線を離して鉄格子に張り付くように背中を付けて、足を抱えて座った。
数分続いた静寂の後に少年は振り向いてセルを見た。
「食わねえと……体、持たねえぞ」
視線の先、壁の小窓の外を見つめたままセルは微動だにしない。
「……生きてりゃいつか帰れる。あいつら、根はそんな悪い連中じゃねえんだ」
前を向き直して、少年は足元に置いていたパンに噛り付いた。堅そうなパンをよく噛んで飲み込む。
「ま、今言っても説得力は無いだろうけど……な」
再度パンをかじって、水筒に口を付ける。
それ切り、その夜に少年二人が言葉を交わすことは無かった。
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