06
首を掴んだ指の隙間から水色のゲルがはみ出る。
「あ」
引きつったような声を漏らしてセルは手を離した。見下ろした両手についたゲル状の何か、スライムはうごめいて腕を伝い、セルの首回りを覆うスライムと融合した。
セルは首に巻きつけられたスライムに当たらない位置で手を添えて、切羽詰まった表情で助けを求める様にプルを見た。
「それ……気持ち悪いかもしれないっすけど、ちょっとだけ我慢しててほしいっす」
左腕の肘から下が無くなった状態でプルは立っていた。
片手を強く握り、俯けていた顔を上げた。その手でセルの肩を掴む。
「しっかりしてください。兄貴、勇者っすよね」
強い語調でプルは言った。セルは目を見開いて咄嗟に声を出す。
「ごっ、ごめんなさい」
「謝るくらいなら死のうとなんて……っ兄貴、聞いてください」
恐怖に染まっていたセルの目を真剣な眼差しで真っ直ぐと見た。
「勇者の仕事って何すか。誰かを助ける事っすよね」
「ご、ごめんなさい。なのに、僕」
俯いて首に添えた手を震わせたセルの肩をプルは思い切り揺さぶった。
「聞けっつったっすよね。あと謝るの禁止っす」
声量が上がる。下を向いて息をつき、再びセルの目を見た。
「……俺、兄貴がめちゃくちゃ優しいの知ってるっす。だから今どのくらい自分のこと責めてるか……それこそ、凄い殺意を抱いてることは分かってるっす」
首を覆うスライムに当たる寸前で止められ、震えているセルの手を見る。
「勿論そんなことしたからにはそれなりの理由があったと思うっす。俺はそれを知らないから、安易に分かったなんてホントは言えないんすけど……」
真剣な目に戻り、俯いているセルに話しかける。
「でも、ここで死のうとするのは絶対に違うっす。これだけは断言するっす」
和らいでいたプルの語調が強まった。
「困ってる人がいるんすよ、勇者なら助けに行くべきっすよね」
俯いていたセルが顔を上げた。僅かに口を開き、震えていた手を強く握って再びゆっくりと下を向く。
「何すか。言ってください」
「ぼ……僕なんかが、沢山の命を奪ったのに」
プルの手が俯けられていたセルの顔を上にあげた。語調が一層荒まる。
「それでも勇者……いや、仲間っすか。過去に囚われてばっかで、今救える仲間を助けようともしない」
鋭い目つきでセルを睨みつける。
「見損なったっすよ。憧れてた兄貴が、何にも出来ない囚人だなんて」
「そうだよ」
上ずった声でセルは言った。
「僕は、最低最悪な大罪人なんだ。なのに、誰も僕を責めない」
プルは手を横に振り払ってセルを床に叩きつけた。
首にスライムを巻きつけられたまま横たわるセルを、伏し目がちに見下ろす。
「……人に何か求めるのは、やることやってからにしてください」
小さくため息をつき、セルに右手を差し伸べる。
「さ、行くっすよ」
上半身を起こしてセルは震える手を伸ばした。
「……うん」
セルはプルの手を掴み、立ち上がる。
「……で、そろそろ男同士の語り合いは終わったか?」
扉を僅かに開けて中を覗く兜の青年、ことお兄さん。
「えっ……覗いてたんすか」
瞬時にプルの表情から緊張が解け、疑いを込めた目でお兄さんを見る。
「どっちかと言うと立ち聞きしてた。にしても母親……爆睡だな」
お兄さんは扉を開けて二人にその向こうを見せた。
扉の前で手前の壁に寄りかかったまま眠るセルの母。
「……あ、断じて俺が殴ったとかそういう事じゃないからな?」
その発言があらぬ疑いを呼ぶのだった。
震える手を体に押さえつけながらセルが顔を上げた。
「……あの、どうして、不審者のお兄さんが……」
「だから不審者は……いやもういっか。転移魔法要員だよ」
こう見えて魔法万能なんだぜ? と笑うお兄さん。プルが補足する。
「行きは誘拐犯の馬車にこっそり乗ったんすけど……帰りのこと全く考えてなくって」
「そこで通りすがりの俺が協力者として名乗り出たって訳だ。名乗ってないけど」
言いつつお兄さんは歩き出した。プルに手を引かれてセルも後をついていく。
玄関に向かって歩きながら、お兄さんは棚の上に置かれた剣を取って服の下に忍ばせた。二人が気が付いていないことを確認して、何食わぬ表情でプルの肩を叩く。
「けど、何たってわざわざそれを連れ出したんだ? あの魔法使いだっていただろうに」
耳元で囁きつつ扉を開けて家を出る。プルは横目に後ろからついて来ているセルを見た。セルは歯を食いしばり、繋いだ手をじっと見つめている。
「……また、前みたいな兄貴が見れると思ったんっす」
小声で言って外へ出る。
「あわよくばこのまま……なんて思ったんすけど、今でもギリギリみたいっすから」
壁にぶつかりそうになるセルを外へ誘導して、音をたてぬよう扉を閉めた。
手を見つめるセルの目には前のような真剣さが現れていたが、その手が緩むたびに反対の手は上がりかける。
「ふうん……ま、確かにそうみたいだな」
服の下の剣をベルトに挟んで、お兄さんは手に三人分の魔力を溜めた。
「正当な理由じゃねえか。そんな後ろめたげな目するなよ」
え、とプルが顔を上げる前にお兄さんは転移魔法を唱えた。
夜空の下、城下町から数日ぶりに伝説の勇者が姿を消した。
扉の向こうから差し込む月明かりに、廊下で寝ていた母は目を開けた。
「あれ……扉が開いてる…………」
開けられたままの目の前の扉。空のベッドを見て母は立ち上がった。
手に乗せられていた一枚の紙が床に落ちる。
「何この紙……」
焦り切った表情で足元の紙を拾い、廊下の向こうを見ながら紙の内容を流し見る。
だが、即座に母の視線は紙の方へ釘付けとなった。
「……う、嘘……これって…………」
紙を手に母は暗い廊下の向こうへと走り出す。
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