03
「……あ、ああ。そういえば、そうでした」
二度頷き、セルは顔を上げた。
「え、あの勇者様……もしかして体調が優れられないのでは」
心配そうにセルを見る狼獣人の男。セルは慌てて首を横に振る。
「い、いえ。大丈夫です」
「でも顔色が……す、すみません。俺戻ります、ありがとうございました」
不安げに男は頭を下げ、そそくさと部屋を出て行った。
「……あ、寝ないと」
セルは部屋の真ん中で呟き、電気を付けたままベッドに横になった。
窓から朝日の柔らかな光が漏れ込む。
「ちょっ、ちょっと……これ、どういう事よ」
起きるなりケシィは窓に張り付いた。
騒然としている宿屋の前。口々に感謝の言葉を述べる人々。
「どうもこの宿に勇者様が泊まっていたのだとか……びっくりですよね」
すっかり調子が良くなったらしく、小さくあくびをしながらテラは髪をとかしている。一方のケシィは凍りついて、ゆっくりと後ろで眠るセルの方を振り向いた。
「……そ、そうだったの。確かにそれは驚きね」
途中で動きを止めてテラの方を向き直す。不自然なケシィにテラは首を傾げた。
「どうしたんですか、ケシィさん……何だか様子が」
扉を叩く音。
「お客様、朝早くに申し訳ございません……」
扉を開け、丁寧に頭を下げる宿の女将。
「その……女王陛下から直々に、お客様宛の文が届いておりまして……」
女将から折りたたまれた紙を受け取り、ケシィは開かずに女将に頭を下げて扉を閉めた。ぽかんとした様子で文を見るテラ。
「じょ、女王様から直々にって……い、一体何が」
「予想は付いているわ。……プライベートな内容だから、一人で読ませて」
は、はい、とテラは頷いて窓の外を眺めながら、髪をとかすのを再開した。
壁に張り付いて、折りたたまれた紙を開きケシィは内容を確認する。
「…………い、一体どうしてこんなことに……」
手紙越しにセルを見るケシィ。焦りの現れた表情で手紙に視線を移す。
手紙には丸まった字で城への招待文が書かれている。宛先は、セル。
毛布の動く音に続き、あくびをする声にケシィは顔を上げた。
「……おはよう。ケシィ、テラ」
上半身を起こして目をこすり、二人に笑いかけるセル。
ケシィはほっと安堵の息をついて手紙に目を戻した。
「…………ど、どうにかして隠し通すしか……ないわよね」
決心して、ケシィは手紙を折り直した。
ところでプルはスライム状態で床に広がって寝ていた。
青を基調とした上品な内装の玉座の間。
奥に置かれた椅子に座るのは、幼女。
「おお、よくぞ参られたの、勇者殿」
セルの隣に立っていたケシィは幼女、港の国女王の耳を見た。尖った耳。
「ああ。我はエルフ故に、こう見えてぴちぴちの十七歳なのじゃ」
超サバ読んでる、と周囲に並んでいた兵士たちが呟いた。
ケシィはローブの下で握っていた義手の人差し指を立てて構える。
咳払いする女王。
「早速じゃが……まずは勇者殿に」
ケシィは小声で水魔法を唱えた。声量に値するほどの量の水が指先で球を作る。
「……ん? あれはなんじゃ……?」
が、話を止めた女王に、ケシィは水を床に落とした。
「誰じゃ、あんな所に塗料をこぼしたままにしておるのは。今すぐ掃除せい!」
「はっ、はい!」
女王の命令を受け兵士の一人が部屋の隅に置かれていたモップを手に取り、二人と女王の後方で点々と垂れている塗料を拭こうとした。
「……あ、あの、女王」
しかしその手を止める。
「何じゃ、早よせんか」
「これ、塗料じゃ、ないと……」
モップを床に落とし、兵士は恐る恐る顔を上げて玉座の方を見る。
女王は震える兵士を見て、呆れ顔でため息をついた。
「……そち、昨夜ホラー小説でも読んだのじゃろう。そのような所に血が垂れておるわけ」
女王は目を見開いた。
「……え、セル」
茫然と瞬きをして、ケシィはセルの腕を掴み上げた。
伝説の剣が刺さった腕から血がどくどくと流れ出ている。足元の床には真っ赤な池が出来ていた。
「え、あ、回復しないと」
掴んだまま反対の手、義手で剣を引き抜いて床に落とした。引き抜かれた伝説の剣は血の中に浸る。ケシィの左手からは血がポタポタと垂れている。
「か、回復魔法っ」
唱えるとセルの腕に大きく空いていた穴は塞がり、流れ出ていた血は止まった。
ケシィが手を離すと、セルは床一面に広がった血の上に崩れる様に倒れた。
立ち尽くすケシィの前で担架を持った救護兵たちが、血に染まっているセルを担ぎ上げ、白い担架に乗せて運び出す。
「…………何で」
ケシィは血に浸っていた伝説の剣を拾い上げ、シャンデリアを反射する刃をじっと見つめる。ローブと両手は血だらけになっていた。
強く何度も扉を叩く音。
「え、あ……い、今開けます!」
テラは立ち上がり、部屋の扉を開けた。
扉の向こうに立っていた兵士は下を向いて息を整え、勢いよく顔を上げた。
「ゆっ……勇者様が、何者かに、腕を刺されました」
え、と声を漏らしてテラはベッドに座っていたプルと顔を見合わせる。そして再び兵士を見た。
「あ、あの……それは」
「至急城まで来てください」
兵士の勢いに押されてテラははい、と頷いた。困惑したように後ろを振り向く。
プルはベッドから立ち上がり、同じく頷いた。
「でっ、では案内します。ついてきてください」
振り向いて兵士は歩き出す。
ベッドの上で目を覚ますセル。
「あ、あれ……僕、何でここに」
瞬きをして見慣れぬ天井をぼんやりと眺める。
「…………あ」
セルの目が見開かれ、瞳孔が開く。
手をついて上半身を起こそうとしたセルは、ケシィに制されて再び横になった。
「セル、今はまだ寝ていなさい。血を流したばかりよ」
ケシィは微笑みかけ、落ちた毛布をかけ直した。
「……はい」
返事をして、セルは瞼を閉じる。
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