14

 澄み切った朝の空を小鳥が鳴きながら横切った。

 白い上着を着た五歳ほどの少女は、診療所の前で腕を振って見せる。

「わあ……すごい、ちゃんと動いてる」

 飛び跳ねて見たり体操をして見たり、興味津々にその体を動かす。

「しかも活舌まで良くなってる!」

「ついでにいじらせてもらったよ。気に入ってもらえてよかった」

 少女を前に医者は腕を組み笑顔で頷いた。

 立っていた門番が横目に医者を見る。

「こいつ治療中、ずっと嬢ちゃんの目を見てるものだから危なっかしくて……」

 え、という顔で少女は動きを止めて医者を見た。

「しっ、仕方ないだろ。だってあんな綺麗な水色の目は滅多に見れないし」

 眼鏡を直して医者は目をそらす。

 医者の隠し撮り疑惑について論争している二人と、苦笑いしつつ黒いメイド服を浮かせてくるくると回る少女。

 旅人四人は診療所の陰からそれを見て、ほっと息をつき歩き出した。



「……って、何でこんな不審者みたいな見方してたんすか、俺たち」

 歩きながらプルがやや不満そうに呟いた。

「もう用も無いのに首を突っ込む必要なんて無いわよ」

 ばっさりと言い切るケシィ。杖を左に持ち替えて、右手の義手をそっとローブの中に引っ込める。そして赤くなった杖を持つ手に息を吐きかけた。

「あっ、待って!」

 後ろから少女の声。001のものにそっくりである。

 少女は四人に駆け寄って止まり、四人の顔を見上げた。

「本当にありがとう。何か起こる前に、001を止めてくれて」

 微笑んだ少女は少し寂しそうだった。プルが何かを思い出したようにあっと声を漏らす。

「そういや、テラ姉さんが一人で001を止めたんっすよ」

「えっ!? ひ、一人であの001を……?」

 少女は目を見開きテラを見た。テラは恥ずかしそうに僅かに口角を上げる。

 腕を組んで少女はテラを見回した。

「そしたら……将来は城直属の選抜兵とかになれるかも」

「えっ、わ、私がですか……?」

 自分の手を見て首を傾げているテラ。

「まあ、先は長いからどうなるかは分からないけどね。立派に育つんだよっ!」

 少女は手を振って来た方向へ走り出した。その小さな後姿を四人は雪の残る通路の上に立って見ていた。だが、少女が角を曲がると四人は振り向いて、再び話をしながら歩き出した。

 セルは自分の足を見つめて、ずっと何かを考え込んでいる。






 宿屋の前で月を見上げていたセルの頬に冷たいものが当たった。

「テラがね、貴方が食事を完食してるって、嬉しそうに言ってたわよ」

 セルが顔を上げると、手にリンゴジュースの瓶を持ったケシィが微笑んでいた。二本のうち一本をセルに手渡し、ケシィはセルの横に座る。

「これ、ここの特産品なんですって。リンゴが良く育つんだとか」

 瓶の蓋を開けようとするもケシィはなかなか開けられない。セルはケシィから瓶を借りると、さっと蓋を開けて、こぼさないようにケシィへ戻した。

 ケシィは果肉の混ざった薄黄色のジュースを覗きながら一口飲む。


「……アンデットについては、まだ魔法学会でも論議が絶えないのよ」

 突如切り出されたその話に、セルは開けたジュースを思わずこぼしかけた。

「本当に蘇生されているのか、はたまた死体を操っているだけなのか……その真偽は今の技術では分からない」

 ジュースに口を付けながらセルは黙々とケシィの話を聞いている。

「おまけにあれは禁術……実例が少なすぎて情報が足りていない」

 ケシィは目を細め、月を見上げた。

「だから今までは、見つけ次第殺すって」

「えっ……そ、そんな」

 瓶から口を離してセルはケシィの顔を見る。

 ケシィは視線を下ろし、ジュースを一口飲んだ。

「だけど、今は魔力量の多い子供が増えてきた。アンデット問題は一概に殺せばいい、で済むものでは無くなってきつつある……人々の考え方が変わってきている」

 セルは月明りに光るジュースに目を移し、その話を真剣な表情で聞いていた。

「ただ、私は生かすも殺すも、どちらも間違いでは無いと思っているわ」

「え、どうして……?」

 飲みかけのジュース片手に立ち上がったケシィをセルは見上げた。

「どちらにもデメリットはある。両方を避けるなんて、不可能だからよ」

 ひとしきり話し終え、ケシィはジュースを一気に飲み干して空瓶を手に宿へ戻ろうとした。

「……あ、早く戻るのよ? もう寝る時間なんだから」

 セルが頷くとケシィは寒そうに身を縮めて宿の扉を開け、中へ戻って行った。その時義手であるはずの右手だけをローブの中へ引っ込めていたのを、セルは振り向き際に見ていた。

 立ち上がってジュースを飲み干し、セルも宿の中へ戻って行く。







 夜の暗闇の中、灯りの消えた宿屋から出てくる人影。街灯も無い道へ踏み出し、立ち止まって宿屋の二階の窓を見つめる。

 そして振り向いて、静かに雪の降る中を走り出した。

「わっ」

 前へ転ぶ。地面に積もりかけていた雪が跳ね上がった。

 そのまま地面にうつぶせで動かなくなる。



「うう……夜は一段と寒ぃ」

 マフラーに顔をうずめ、肩を震わせながら歩く門番。

「つうか何で俺ばっか夜番を…………ん、酔っ払いか……?」

 懐中電灯で地面を照らす。明るくなった地面を見て門番はえっと声を上げた。

 慌てて駆け寄り、意識を失っているセルの頬を叩く。

「お、おい! 大丈夫か……ってこいつ、何でこんなに軽いんだよ」

 セルを抱え上げ、門番は今来た方向を見た。

「……と、とりあえず、アイツのとこに連れてかないとっ」

 雪のかぶった暗い街道を、門番は懐中電灯を投げ捨てて走り出す。

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