13
「まっ……まだ、回復魔法を使えばっ!」
テラが扉の間を抜けて少女の頭部を拾い抱えた。テラの腕から血が垂れる。
背後から包丁を振り上げようとした黒パーカーの女を横に避け、テラは後ろ手に持ったナイフで女の包丁を地面に落とした。血が跳ねる。
ケシィに催促するテラだったが、ケシィは視線を落として首を横に振った。
「無理よ。……アンデットにとって回復魔法は、攻撃になる」
落胆して血の上に崩れ落ち、テラは少女の頭部を見た。
口から血を垂らし瞳孔の開ききった少女は、弱弱しく微笑んで見せる。
「ちょ……ちょっとくらくらするけど、ま、まだ大じょおぶ」
黒パーカーの女が悲鳴を上げて地面にへたり込み後ずさった。
切り口から僅かずつ流れ出す濃度の高い魔力。少女の頭部を血を流し続ける胴体の傍に置き、テラは女の包丁を拾って遠くへ投げ捨て三人の方を振り向く。
「医者を呼んでくるっ!」
ナイフを手に持ったまま前を向いて走り出した。一秒も経たないうちにテラの姿は曲がり角に消える。
杖を握りしめ俯くケシィ。だったが、目を見開き言葉を失っているセルに気が付き咄嗟に両手でセルの目を覆った。
「大丈夫よ。あの人はアンデットだから、き、きっとお医者様が助けてくれるわ」
微かに震えるセルの手が、伝説の剣に伸びる。001は電子音になり切った小さな声で喋り続けた。
「生きてないのに死体が魔力で操られるなんて。殺してあげた方が幸せだよ」
「やっ、やめなさい!」
ケシィが001に声を上げるも、セルはケシィの手から抜けて、引き抜いた剣を片手に首と胴のバラバラになった少女の元へ歩み寄った。
「あっ、兄貴、やめて下さっ」
掴もうとしたプルの手はあっさりとゲル化して通り抜けられる。床に千切れた手首が落ちてゲル状になり、瞬時に本体へと融合した。
「こ、ころすの……?」
血の池の中で生首になった少女は目を瞬きさせてセルを見上げた。
「はい…………出来るだけ、すぐに切ります」
セルは少女を見下ろした。引きつった微笑みを浮かべ、剣を振りかざす。
続けて呟いた。
「アンデットは死ぬ方が幸せなんだ。怖くない、ちゃんと殺さないと。大丈夫」
剣を握る手に力を入れる。
「僕は、勇者だから、人の幸せを守らないと」
呟いたセルの声は酷く震えていた。
「やめてっ!」
響く金切り声。セルは驚き、握っていた剣を地面に落とした。
伝説の剣は水音と金属音を同時に立てて、暗い血の中に浸った。
声を張り上げてケシィはセルに訴えかける。
「絶対にやめて。貴方はそんな事をしたら駄目」
セルは笑みを消し、ケシィを見た。
「でも死んでるのにまだ動かされてるなんて」
「人のことなんかどうだっていいの、貴方が苦しむところが見たくないのよ」
セルは首を傾げる。
「僕は、辛くなんて」
「そこまで自分を説得しておいて、今更誤魔化したって無駄よ」
数度瞬きをして、セルは震える自分の手に視線を落とした。
「嫌ならやらないで。もうこれ以上無茶はしないで!」
叫び、ケシィは床を向いて息を荒立てる。セルの動きが止まった。
ケシィの顔を見る。
「え、これ以上って……」
立ち尽くすセルの前にテラと、北の国の医者が割り込んだ。
夜闇の中、手に持ったランタンの灯りで視界を照らしながら、医者は首と胴の別れた作業服の少女をじっと見ていた。医者の眼鏡に灯りが映る。
意識が朦朧としているのか、少女は何度も目を閉じながら地面を見つめていた。
血の流れた後の胴体の切断面をランタンで照らし、医者は頷いた。
「残念だが、体の方はもう使い物にならない」
見下ろしていた旅人四人の表情が曇る。
医者は眠りかけている少女の頭部に目を移した。
「しかし肝心の頭は無事だ。これなら……体を機械で代用する、ということも」
「えっ……で、出来るんすか」
プルの問いに、医者は頷くことも首を振ることもしなかった。
「分からない。なにせアンデットを治療しようだなんて、前代未聞のことだ」
少女の頭部に目を戻す。
「それにもう余り時間は無い。今から作ると言うのは不可能だろう」
技術者も居ないし、と言って、医者はその横で横たわる001を見た。001は光の弱まった青い目で医者を見返す。
「となると残る手段は一つ。……001の体を借りる、つまり分解させてもらう」
えっ、と声が上がった。テラが待て、と医者に言う。
「こ、こいつの製作者は投獄中だ、それを今壊しなんてしたら」
「当分の間は……いや、もしかすれば永遠に直せなくなるかもしれない」
医者の言葉に001は諦めたように、血が広がり乾いている地面に視線を落とした。
黙りこくる一同。返事を待つように医者は001を見ていた。
「…………わたしは、ここえ死んでもいいよ」
口を開いた少女に一気に視線は集中した。
まだ乾ききっていない血を垂らし、少女は口角を上げる。
「ぜろぜろいちの言う通り、魔力で操あえている、だけかもしれないし」
消え行ってしまいそうなか細い声で、途切れ途切れに少女は話す。
「ぜろぜろいちはこあさないで、あの人の、大切な一ごお機だから」
微笑んだ少女を一同は何も言わずに見下ろした。少女の瞼が落ちて、地面に置かれていた首が横に倒れた。
無表情で少女を見ていた001は、僅かに顔を起こして医者を見上げた。
微かになり続けていたモーター音が止む。
「分かった。分解して」
一切の抑揚のない機械的な001の声。医者は地面にランタンを置き、001を見た。
「いいのかい? 君は彼女を敵視していたようだけど」
「私なんて所詮偽物。口調も外見も成長した奥さんに寄せて作られてる」
言われてみれば、と医者は001を見回した。それは成人になるまで成長した作業服の少女の姿、そのものであった。
「ご主人様の一番大切な人は奥さんだよ。大切な人は、怪我したら嫌なもの」
001はテラを見上げた。
「って、この子が言ってたからね」
あー、とプルは見るからに動揺しているテラを見て頷いた。
「……え、でも何でさっきは殺した方が良いなんて……」
「まさか助かるなんて思ってなかったから、それなら早く殺した方が、ってね」
次第に001の声の音量が小さくなり、口調から滑らかさが消えていく。
「冒険者君を利用しようとしたことは謝るよ。すごい今更だけど、ごめんね」
そして早口になっていく。
「あ、壊すなら首に溶接あとが入ってるからそこから切るといいよ」
言い切ったところで001は黙ってしまった。両目から青い光が消え、上がっていた頭が地面に打ち付けられて金属音を立てる。
遠くからフクロウの声が聞こえてくる中で、医者と四人は001を見下ろした。
「……奥さんをよろしくね。あと、ありがとう」
元の声に戻って、それを最後に001は全く動かなくなった。
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