08

 家に囲まれた街道の突き当りで対峙するテラと001。

 ナイフをくるくると片手で回しながらテラは001を追い詰めていく。月明りに刃が反射して白い輪を描く。

「ちょこまか逃げやがって……だがこれでテメェも年貢の納め時だ」

 口角を上げてナイフを止める。001は再度周囲を見回すも、すき間なく建てられた民家とテラが001を完全包囲していた。

「え、エネルギー充て」

「遅ぇ。もう壊しちまった」

 構えられた001の銃口の中には大量の小石が詰め込まれていた。銃口から黒い煙が上がり、パチパチと青い火花が弾ける。

「っと」

 001から離れるテラ。と同時に001は腕を中心に青い火花を発して爆発。

「たーまやー……って、そういや爆発させて良かったっけ、あれ」

 路上で輝く青い花火を眺めながらテラは独り言を呟く。



 灰色の煙の中にたたずむメイド服。

 テラはナイフを片手に爆発現場へ近づいて行った。

「あの爆発で、残ってた……?」

 子供用のメイド服を見つめていたテラは、背後に気配を察知して民家まで後ずさる。

「回避モード終了。戦闘モードへ移行します」

 黒いメイド服に身を包んだ少女ではなく成人女性。目を赤く光らせ、成人になった001は壊れた腕とは反対の腕を両刃の剣に変形させた。

「ちっ、素人相手に本気出すってか……」

 光のような速さで001はテラの目前まで移動し剣を振り上げた。

「……上等じゃねえか。それでこそたぎるってもんだっ!」

 テラは剣を横に避けて001の首元へ飛び掛かる。両派の剣がテラの足元を狙う。

「脈拍、発汗、呼吸……どれもなんか異常だけど? 大丈夫?」

「あ? 今までこらえてた分うずうずしてんだよ、テメェをぶっ壊すのが楽しみでな!」

 剣の上に軽々と着地してテラは笑みを浮かべる。001は剣を上に高く跳ね上げテラを空中へ放り出した。一回転してテラは地面に着地する。

「なんか人間のスピードの限界を超えてるし……もしかしてこの子も人外?」

 呟いた001の頭上では既にテラがナイフを構えて笑っていた。



「……怖い」

 引きつった口元から微かに声が漏れる。

「……助けて……セルさん」

 ナイフが両刃の剣とぶつかり金属音を響かせた。









 電球が一つぶら下げられた薄暗い部屋の真ん中で、セルは木の椅子に座っている。

「うわ……全然力無さそうだし、せいぜい単純作業用ってとこか……」

 黒パーカーの女はセルの腕を触って顔をしかめた。

 セルは口を噤んで俯き、縛られてもいないのに何の抵抗も示さない。

「だが外見はそう悪い方でも無いな。化粧すればかなりの美形になりそうだ」

 ジャンパーの男がセルの顔を掴んで前を向かせた。頭部を掴まれ、セルは息を止めて前方の壁をじっと見つめた。

「ただにしたって細すぎだな。これだと耐久性の面で値下げする羽目になる」

 男が手を離した。前を向いたままセルは固まる。

「……おい、何か太り易そうな食い物とって来い。こいつに食わせる」

「ああ、それならさっきパクってきた菓子パンと牛乳があるよ」

 部屋の端に並ぶ樽の上から紙袋と牛乳瓶を手に取り、黒パーカーの女はセルの前でしゃがみ込んだ。

「ほら食え」

 セルは手渡された紙袋を開けて四角い形のパンを取り出し、牛乳瓶の蓋を外す。袋からした甘い香りにセルは何かを飲み込み、僅かに顔をそらす。

「お、命令を拒否ったら……分かってるよな?」

 腕を組み男はセルを見下ろした。セルは咄嗟にそらした顔を真っ直ぐ正した。

「は、はい」

 パンに噛り付く。勢いよく牛乳でそれを流し込んで、次の一口を食べる。

「ちゃんと完食しろよ。あと少し太れば二級品くらいは狙えそうだ」

 男は頷いて空の紙袋を蹴り飛ばした。

 パンと牛乳を両手に持ち、セルは息をつくのも忘れてそれらを飲み込んでいく。瞬く間に菓子パンは完食となり、牛乳の最後の一口を口に流し入れた。



「げっ」

 男が飛びのいた。部屋の中に連続して水音のような音が響く。

 セルは椅子の上で前のめりになり、激しく咳をしながら今食べたものを全て吐き戻していた。その中にはクレープの苺のかけらも混ざっている。

「こ、故障品かよ……面倒だな」

 女は一歩離れて鼻をつまむ。胃の中の物を全て吐き終えたのか、セルは吐瀉物を前に咳をしながら血混じりの胃液を吐き出し始めた。

「……ご、ごめ、んなさっ」

 床に吐き出された血が広がる。謝罪をしながらセルは何度も血を吐いた後、次第に息が落ち着き力んでいた体から力が抜けた。

 吐いた血に浸って赤く染まった紙袋を見下ろし、ジャンパーの男は舌打ちをする。

「故障品じゃ値がつかねえな……掃除はしとくからこいつ捨ててこい」

 椅子からセルを蹴り落とす。セルは再び咳をして僅かに血を吐いた。

「えっ、でもこのまま逃がしたらうちらの身が危なくないか?」

「あー……確かに。ならせっかくだ。こいつを餌に他のガキ共を……」

 床にうつぶせたままセルは二人の会話を聞いていた。息を整えつつ、吐瀉物の中に入った手を強く握りしめる。


「あ、あのっ!」

 セルは顔を起こし、声を上げた。

「ぼっ……僕、凄く丈夫なんです。だからこれでも高く売れます……だ、だから」

 口元を上げて男はセルに近寄った。横たわるセルを見下ろす。

「自分を売るってか。仲間思いだな…………だが」

 ポケットからハサミを取り出ししゃがむ勢いでセルの腕に突き刺した。声をこらえてセルは唇を噛む。

 先端の僅かに刺さったところから細く血が伝った。男はハサミを更に押し込むも、それ以上先には進まない。

「…………たまげたな…………よし、ならお前だけで勘弁してやろう」

 男はそう言うとほとんど刺さっていないハサミを離し、指で血を拭き取ってポケットに戻した。

「その代わり、もしも仲間が来たときはちゃんと自分で追い返せよ?」

 男の言葉にセルは床を再度見て、小さく頷いた。








 椅子に座ったケシィがみかんの白い皮を一粒一粒むいている。

「あ、ちょっと一回肩に当ててみうよ」

 ゴーグルを上げ、作業服の少女は作りかけの義手の上腕部分を持ってケシィの方へ歩み寄った。ケシィは椅子から降り、少女に肩の高さを合わせる。

「……今は、ご主人はどうなされているんですか?」

 ローブを下ろしたまま露わになっているケシィの肩に、少女は義手を合わせてみる。

「最近研究所で事件があったあしくてね、いあは西の国で服役中だって」

「えっ……そ、そうでしたか」

 覚えのある話に思わずケシィは俯いてしまう。

 少女は義手を外し、ケシィの肩と義手の接合部分を見比べた。

「……ぜろぜろいちはえ、あの人が作ったロボットなんだよ」

 少女の言葉にケシィは驚いて顔を上げた。




「……全部で七体……くらいかな。ご主人様が作ったロボットは」

 息を荒げてどうにか立っているテラの前で、001に平常に淡々と話している。

「名の通り私はその第一作目。奥さんを失った直後に作られた……だから一番ご主人様に対する愛が強い。そうプログラムされているの」

 ところどころ刃の欠けた両刃の剣を構え、001はテラに飛び掛かった。テラは咄嗟に避けるも僅かに足に刃が当たり血が垂れる。

「愛するご主人様をお守りするのが私の役目。それを邪魔する輩は皆攻撃対象だよ」

 再び振られた剣からテラは避ける。ナイフを持つ腕は切り傷だらけになっていた。

「あ、だからあの冒険者君に対しての恋心は無いよ。安心して死んでね」

 両刃の剣は思い切り振りあげられる。


「エネルギーがあと僅かです。充電をしてください」

 が、空中で止まりシステムメッセージを読み上げた。001は床に崩れこむ。

「やっぱりな。原動力無く動くカラクリなんぞある訳ねえ」

 立ち上がり腕から垂れる血を舐めて、テラはナイフ片手に動けない001へと近づいて行った。

「それを馬鹿みてぇに動き回りやがって……散々やってくれたじゃねえか」

 歩きながら手の関節を鳴らす。

「人様の依頼だ、ぶっ壊すことだけは勘弁してやる……が、まああのロリババアがどうするかは知らねえぜ? 溶かされても恨むなよ」

 001の髪を掴んで頭を持ち上げ、首に手を回した。


「……あっ、いた! テラ姉さん大変っすよ!」

 プルの声にテラはボタンを押す前に振り向いた。駆けてきた水色の犬が人型に姿を変え、膝に手を置いて息を整える。

「あ? 今丁度いいところだから」

「あ、兄貴が誘拐されたんっす!」

 プルの言葉に思わずテラは001の髪の毛を掴んでいた手を離す。

「ま、マジ…………で、すか……?」

 白い地平線から日が昇り、暗かった雪の積もる町が赤色に染まる。

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