07
「ただいまー」
少女を連れてセルは宿屋の部屋に戻る。
「あっ! 良かったあ……セルさん、まさか誘拐でもされたんじゃないかと…………」
買ってきた食材を並べていたテラは、少女を見て固まった。
床に並ぶ野菜や調味料、牛乳、そしてパン。シチューの材料である。
「……あ、あの……そちらの方は……」
動揺しているテラを見てメイド服の少女は首を傾げる。
「ちょっと事情があって、それで今夜は一緒に泊まろうってことに……いいかな」
セルは同意を求めてテラの顔を見る。茫然としているテラ。
それを見た少女はこれ見よがしにセルに抱き着いた。
「クレープ買ってくれたうえ宿にまで泊めてくれて……こんな優しい人と旅してるなんて、羨ましい限りだよ」
横目にテラを見る。買いかぶりすぎだよ、とセルは少女を優しく抱き返す。
テラは少女に何かを言おうとして、ふっと震える手で口を押えた。
「ちょ、ちょっとタイムです」
顔面蒼白で部屋の外へダッシュ。先の丸まった少女のミドルヘアがなびいた。
「な、なんかすごく足の速い子だね……」
目を丸くして少女はテラがいなくなった後の廊下を見つめていた。
少女の後ろに現れる人影。
「あっ! 兄貴無事だったんすね……って、誰?」
突如現れたプルに振り向いた少女は小さく悲鳴を上げて後ろへへたり込む。
「プ、プルどこから入ってきたの……?」
「床からっす。丁度いい穴があったんでつい」
プルが指さした先には三本指が通りそうなほどの大きさの穴が開いていた。
「ゆ、床からって……もしかしてこの人、魔物?」
立ち上がってスカートのほこりを払いながら少女は訝し気にプルを見た。
「よく分かったっすね。俺は人造魔物スライムのプルっす」
プルは笑顔で自己紹介。
「魔物で名前があるなんて……もしかして冒険者君が付けたの?」
「あ、この名前は俺を作った研究員がせっかくだからってつけたんっす」
研究員、という言葉に反応して少女の目の色が変わる。
と、その時一同の背後から急激な風圧が。
「きゃっ!」
テラが少女のメイド服の胸ぐらを荒っぽく掴み上げる。
「セル……テメェ、こんな発情期の雌犬をほいほい宿に連れ込んでんじゃねえよ」
「め、雌犬って……あの、この子どうしたの……?」
突然の豹変に困惑して少女はセルとプルを見た。
「バッチリ餌付けまでしやがって……完全にその気にさせてんじゃねえか」
鋭く敵意のこもった深緑の目でテラは少女を睨み上げ、手を離して床に放った。
「えっ……兄貴、まさかこの人間と浮気したんすか?」
プルは不信感に満ちた視線をセルに向けた。
「う、浮気!? え、してない、というか僕まだ」
「冒険者君……結局私を夜の街に放り出すの……?」
目を潤ませる少女。テラは腕を組み凍り付くような目で少女を見下ろした。
「けっ、んな安い猿芝居に騙されるアホなんか……あ、いたな」
ついでに遠回しにセルをディスる。とうとう少女は泣き出し、白いメイド服は涙で濡れていった。慌ててセルは少女の傍にしゃがみ込む。
「て、テラ、この子は悪い人に追われてて、それで今夜は危ないからって」
少女を擁護するセル。頭を撫でられた少女はセルの腕にしがみついた。
「何でもかんでも泣きゃあ誤魔化せると思ってんのか? 詐欺師が」
「さっ、詐欺師じゃないもん! わっ、私、本当に追われて、て……っ」
少女は更に激しく泣き出した。セルの服の袖に涙が染みていく。
「……わ、わかった」
セルの言葉に一同が静まり返る。セルの顔を見上げる少女。
「今夜は別々の部屋に泊まろう。僕は、この子を守らないと」
「冒険者君っ……あ、ありがとう」
少女は涙を拭い、ひしとセルに抱き着いた。少女の頭をセルは優しく撫で続ける。
「あ、兄貴……」
何か言いたげにプルはセルを見た。セルは少女の手を引き上げて、手を繋いで部屋の扉まで歩く。
「じゃあ受付のおじさんに言ってくるね。多分隣の部屋になると思うから……」
大丈夫、と言い残してセルと少女は部屋を出た。扉が閉まる。
呆気に取られて扉を見つめていたプルは、テラに視線を移す。
「きょ、今日どうしたんすか? 何か、いつも以上に手厳しいと言うか」
「嫌な予感がするんだ。……あの女、生物の臭いがしねえ」
えっと声を上げ、プルは試しに自分の腕を嗅いでみる。
「……全然分からないっす。でも、嫌な予感ってどんな……」
「場合に寄っちゃあ再起不能にしておくべきだった、って感じだな」
テラの発言にプルは息を飲んだ。部屋の壁をじっと見つめる。
月明りの差し込む暗い部屋の中で何かが金属音を立てている。
ふとその音は止んだ。
「エネルギー充填」
光線銃に変形したメイド服の少女の手先に強烈な光が貯めこまれる。
毛布にくるまっていたセルは眩しさに目を開いた。
「あ、あれ……この光、な」
「MAX、発射」
少女の声を合図に、光線銃から光が放たれる。
夜中の部屋の中に高音の発射音が響いた。
「……やった」
やや左胸の焦げあとから煙が立ち上る、毛布の中のセルを少女は見て腕を下ろした。
「……ん? 変だ、血が出てない」
煙が立ち上るのみの毛布に首を傾げてめくろうと手を伸ばす。
が、手を止めた。目を大きく見開く。
「何で気が付かなかったんだろう……これ、人間じゃ」
部屋の扉が勢いよく開いて少女の首目掛けてナイフが飛ぶ。
寸前で少女は振り向き背後に腕を向けるも既にそこにテラは居なかった。
「とうとう本性を現しやがったか。女狐……や、女型スクラップ」
ナイフを拾い上げタンスの上からテラは少女を見下ろした。
ベッドから起き上がったセルは対峙する二人を見て茫然としている。
「兄貴! 多分それが001っす!」
だがプルの声に気が付いて、混乱のままベッドから降り少女の首に手を伸ばした。
「回避モードに移行します」
僅かに首をずらして少女はセルの手を逃れ腕を窓に向けた。
「発射」
光線が放たれ窓周辺の壁が破壊される。煙が立ち上る中に飛び込むメイド服の少女、001。飛び散った木片とガラスに三人は思わず顔を俯け目を閉じる。
煙が落ち着いてきたころ、しまった、とテラが破壊された壁から飛び降りた。
「追うぞっ!」
二階から地面に着地し、テラは001が去って行った方へ走り出した。
「お、俺たちも行くっす!」
後を追って飛び降りるプル。セルは一人頷き、薄まってきた煙の中に飛び込んだ。
粉雪の中街灯に照らされて夜道を走る001。その速さにメイド服のスカートは全開。
「ん? 嬢ちゃんこんな夜中にパンツ見せて……誘ってんのか?」
ポケットに手を入れたジャンパーの男が001に歩み寄っていく。
「邪魔っ!」
男は001に蹴り飛ばされて街灯に衝突した。頭から血を流す。
向こうから走って来たセルは男に駆け寄り声をかけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああこの程度……回復魔法」
男は自ら回復魔法を唱え、額の傷を治し出血を止めた。
「た、立てますか……?」
セルは男に手を伸ばす。セルの手を取るも、男はその場で座ったまま。
「……あ、あの……病院まで運びま」
「よし。ちょっと来い」
突如男は立ち上がりセルの手を引いて歩き出した。
「え、あ、あの……僕用事が」
セルに構わず男は強引に進んでいく。後ろを振り向こうとしたセルは男から更に手を強く引かれ、不安そうに引っ張られるがままについていく。
細い路地の突き当りで男は足を止めた。
「ん? なかなかいい子連れて来てんじゃん」
黒パーカーの女が大きな麻袋を持って立っていた。セルは困ったように、手を掴んだままの男と袋を持つ女を見た。
「あの、すみませっ」
突然男がセルの両手を後ろに回して女の持つ袋へ押し込んだ。咄嗟に抵抗しようとするセルだったが、男の腕を気にしてか手を止める。
「や、やめてくださ」
「え? お前の仲間がどうなってもいいのか?」
瞬時にセルの表情に恐怖が現れた。セルの体から力が抜ける。
「……抵抗なんてしないほうがいいぞ、お友達を守りたいならな」
男はセルを麻袋に押し込め、ポケットから紐を取り出して袋の口を縛った。
その一場面を民家の陰から覗くプル。
「……や、やばいことになったっす……て、テラ姉さん呼んでこないとっ!」
プルは水色の犬に姿を変えて全速力で来た道を引き返す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます