09

 夜中降っていた粉雪は止み、薄く青い空が広がっている。

 民家に囲まれた通りの突き当りで影の中に居るテラと001、今来たばかりのプル。

「って……え、テラ姉さん、一人でそのロボ止めたんすか……?」

 プルは髪を離されて崩れ落ちた001を見て、驚きの目をテラに向けた。

「す、凄いっす! そ、それならあの二人組を捕まえることだって」

 地面にナイフが落ちて金属音が鳴る。


 テラは膝から崩れ落ち、傷だらけの自分の腕を見た。

 切り傷から地面に血が垂れる。

「こ……怖かった、です」

 目にじんわりと涙がにじむ。

「怖いし痛いし、なのに戦闘が楽しくなってきて……」

 日が昇り三人は朝日に照らされる。雪が解けた後の地面が輝いている。

 目に溜まった涙をこらえてテラは僅かに上を向く。

「……す、すみません、急に変なこと言いだして。行きま、しょう」

 001の電源ボタンに伸ばした手に、プルの大きめで冷たい手が重なる。

「どうしたんすか……? 怖かったなら別に泣いて構わないんすよ?」

 プルは目を赤くして涙をこらえているテラを上から覗き込んだ。

 一瞬テラの表情が緩む。だが首を横に振り、何かを飲み込んだ。

「だ、駄目です。自分で言っておいて、自分が無くなんて」

「あー……あれっすか、昨晩嘘泣きしたコレに言ってたやつ」

 動かない001を指さす。自分の頬をつねりながらテラは頷いた。


「……確かに、他人に対しての誤魔化しとして泣くのは悪質だと思うっす」

 プルはテラの横に三角座りをした。民家の屋根から洩れる朝日を目を細めて眺める。

「でも自分に対してなら良いと思うっす。むしろそれは我慢しないほうがいいっすよ」

 一滴だけこぼれた涙を慌てて手の甲で拭い、テラは首を振った。

「だ、だけど誤魔化さないでちゃんと向き合わないと」

「一番辛いときに向き合おうったって無茶っす。一回泣いて誤魔化して、後で楽になったら考えればいいんすよ」

「自分に誤魔化しを使った結果がこれなんです」

 テラは傷だらけの四肢、そして001を見た。

「余計にいろいろ受け入れられなくなって、気がついたら手に負えないところまで感情が大きくなっていってて! もうこんなのは嫌なんです!」

 ナイフを土の地面に突き立てる。テラの顔に濡れた土が跳ねてかかった。


 膝にかかった土を落とし、プルは少し考え込む。

「……や、姉さんは誤魔化してると言うか……演じてるって感じっす」

 えっと声を上げテラはプルの顔を見た。

「昼間色々抑えすぎて夜にその反動が出てる気がするっすよ。日が出てる間も、もっと感情的になっていいと思うっす……あ、でも最近そんな感じっすね」

 プルは親指を立てて真顔でグーサイン。

「大丈夫っす。このままいけば、そのうちコントロールできるようになるっすよ」

 茫然としているテラの顔を見て、いつも通り笑って見せる。

「だから難しいことは考えないで、今は泣きたいなら泣いた方が良いっす」

 というかこれ以上難しい話は俺が分からないっす、とプルは呟いた。

 テラはしばらくぼんやりとしていたが、段々と目に溜まった涙が溢れていき、こぼれて頬から一筋に流れた。

 強く握られていたテラの手が緩む。

「……分かりました。今は泣いて、後でゆっく、り、考え……っま、っ」

 張り詰めていた糸が切れたように赤かった目から続けて涙が頬を伝ってこぼれ落ちる。テラは顔を両手で覆い肩を震わせ声を上げて泣き出した。

 何かを言葉を発することも無くただひたすら声を漏らすテラの背中を、プルはそっとさする。通りの向こうを見つめ、柔らかかった表情は真剣なものへと変わった。







 白髭に犬耳に王冠を被った老男性が金の椅子に座っている。

「先日の不審者脱獄事件により、牢番の半分以上が辞職してしまった」

 宰相に配られた紙を見ながら、片手に紙の束を持って立つ若い兵士。

「特に牢番のうち、最近は拷問官の辞職が相次いでいてな。それで、だ」

 宰相に促され、若い兵士は手元の資料に目を移す。

 パステルカラーを基調とした丸文字にイラスト付きのポップな広告。

『18歳以上、やる気のある君カモン! 君も拷問官になってみない?』

「軽くないですか!?」

 思わず王様にツッコむ若い兵士。







「で、そろそろ兄貴を助けに行かないとっす」

 プルは声を上げて勢いよく立ち上がった。

「姉さん行きましょう、相手は二人組っすから姉さんなら」

 泣き止んだばかりのテラの顔をプルは期待に満ちた目で見る。

 テラは立ち上がり、全力で首を横に振った。セル同様残像が見える。


 テラはふと、何かを思いついたようにばっと後ろを向いた。

「001さん……も、もし協力していただけるのなら充電しましょう」

「えっ、あ、あれ電源切ってなかったんすか!?」

 即座にプルは001から後ずさった。001は地面に横たわったまま、首だけを動かしてテラの顔を見上げる。

「それ、しないって言ったら」

「スクラップにします」

 テラの発言にプルは口を開けて何か言いたげな様子。

 地面に向けて黒い煙を吐いて、001は目を細めた。

「破壊される可能性は、極めて低い」

 淡々と言葉を発した001。バレてる、と呟きテラは息を飲んで、震える手でナイフを構える。

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