02

 雪の様に白いペガサスの前で四人は立ち止まる。

「何でこのペガサス動かないんすかね……まさか凍ってるんじゃ」

 雪像に手を触れようとするプル。

「だ、駄目です触ったら。そのペガサスは雪ですよ」

「えっ……ゆ、雪なんすかコレ」

 テラに言われてプルはまじまじと雪像のペガサスを眺めた。

「ひ、人って器用っすね…………」

 ペガサスは精巧に作られた羽を広げ前足を上げて上を見ている。今にも飛び立ちそうな悠々とした雪像の姿だったが、立ち並ぶ雪像作品はそれを目立たなくするほど優れた物ばかりであった。

「人が器用な訳じゃなくて、これらの作者が一部の天才なのよ」

 周囲を見回しながらケシィが言った。


 通路を歩いていた髭の長い男が足を止める。

「そんなことはない。誰だって鍛錬を重ねれば雪像というのは作れるものだ」

 男は指で髭を撫でながらケシィの顔を覗き込んだ。肩を引くケシィ。

「ふむ、お嬢さんは器用そうだ。おまけに魔法使いとは」

 立ち上がって男は通路の突き当りを見た。通行人の合間から見える突き当りの台座は、雪が積もっているだけで雪像らしきものは置かれていない。

「どうだね、一つ作品を作ってみないか? 出展予定だった石像が崩れてしまったそうでね。台座に空きはある」

 男の提案にえっ、と四人は声を上げた。会場の管理者らしき髭の男は本気らしく、腕を組んでケシィの返事を待っている。

「……ケシィ、やってみようよ」

 セルに言われてケシィはまだ悩ましいという様子でローブの中に引っ込めていた自分の手に視線を落とした。しかし目を輝かせているセルを見て吹っ切れたらしく、髭の男に向かって頷いた。

「分かりました。……作らせていただきます」

 頷いたケシィに髭の男はにっと笑った。長い髭が揺れる。

「君ならやってくれると思っていたよ。雪は作業場に集めてあるものを使ってくれたまえ、あれなら不純物が極力混ざっていない」

 男は言い残して手を振り立ち去った。

「素敵な作品があの台座に乗ることを期待している」

 その言葉に、影を潜めたはずの不安がケシィの表情を僅かに曇らせた。






 積み上げられた雪の横で四人は座り込み、それぞれ思い思いに手を動かしている。

「な、何すかこれ」

 雪玉が半分手に埋まった状態でプルは茫然と口を開けている。セルの前には雪で作られた猫が座っていた。

「え、えっと……猫のつもりで」

「それは分かってるっす。ていうかそれ以外には断じて見えないっすよ」

 猫は大きくつぶらな瞳でプルを見上げている。毛並みまで作りこまれた動き出しそうなその猫は、あの会場に並べても人目を集めることは間違いなかった。

「今思えば私よりセルの方が出展すべきだったわね……迂闊だったわ」

 作りかけの雪像から目を離し、ケシィは猫を見下ろした。

「ケシィさんだってあの方が言っていた通り器用じゃないですか……」

 テラがその雪像を眺めて言った。人魚の少女をかたどった雪像は繊細で瑞々しいものだったが、並ぶ数々の雪像にはどこか劣るものがあった。


 自分の雪像に目を戻し、ケシィは腕を組んで考え込む。

「……もしもこれに蘇生魔法をかけたらどうなるのかしら」

「えっ!?」

 咄嗟にテラがケシィの杖を押さえる。

「絶対駄目です。こんな所で禁術を使うなんて」

 禁術、と言う言葉にセルは息を止めケシィを見た。

「じょ、冗談よ。……正直試してみたいとは思うけれど」

「やめてください! いくらケシィさんの魔力が多いとはいえ危ないです!」

 まだ未練の残る様子のケシィに二人は不安そうな視線を向ける。

「……ところで、その禁術ってなんすか?」

 雪玉を腕に埋めたままの異様な外見のプル。首を傾げると雪玉は雪の上に落ちて粉々に割れた。

「禁術というのは魔力消費量がずば抜けて激しい、特殊な魔法のことよ」

 雪像作りを再開しながらケシィが説明する。

「今禁術とされているものは時間移動、記憶消去、変身、それからさっきも言った蘇生……俗に言うアンデット作成法ね」

「え、時間移動って……あの本とかに出てきたタイムスリップっすか?」

 プルの声に期待が込められる。

「断言はできないけど、つまりそういうだと言われているわ」

 淡々と答えるケシィ。

「でも時間移動は転移魔法の応用。私には使えない……というよりそもそも、魔力消費量が人の限界を超えているから使用するのは不可能同然よ」

 プルの声のテンションが一気に下がった。

「そ、そうなんっすか……にしても何でそんな魔法があるんすかね」

「そんなのは誰にも分からないわ。魔法のほとんどは作成者不明だもの」

 ケシィはそこまで言うと道具を雪の上に置き、肩にかけた鞄から水筒を取り出した。

「……空ね。ちょっと水を汲んでくるわ」

 水筒を手にケシィは立ち上がり、向こうに流れる川の方へと走り出した。一面に広がる雪の中にケシィの後姿は小さくなっていく。


 落ちた雪玉を拾い上げ、プルは再びそれを丸め始めた。

「そしたら姉さん、さっきかなり危険なことしようとしてたんすね……」

 新しい雪像に着手していたセルが顔を上げる。

「確かに危険なことは心配だけど……でも、ケシィはその頑張り屋な所が……」

 顔の横で白い煙が舞い上がった。セルは煙が流れて来た方角を見上げた。

「……あれ」

 崩れ落ちた雪が作業場を埋める。



 雪から腕が伸びた。次の瞬間周囲の雪は勢いよく空中へと放り上げられた。

「み、皆は……」

 髪に付いた雪を落とし、雪が入ったままのフードを被ってセルは辺りを見回した。埋もれた会場はどこを見ても同じ景色、ただ雪が積もっているばかり。

「早く……さ、探さないと……っ!」

 その場でしゃがみ込み、足元の雪に手を入れる。




 真っ白な雪景色の上をスコップ片手に走り回る人々。誰もが必死に家族や友人を大声で呼び、探し回っている。

「テラっ! プルっ!」

 崩れたばかりの雪を手でかきながら仲間の名前を連呼する。瞬く間に目の前の雪の山はどかされ、セルは別の山へ手を伸ばす。

「ケシィっ……み、皆どこに」

 一心不乱に素手に雪をかき続けるセル。フードの隙間に雪が入る。

「は、早く……早くしないと……っ」

 周辺の雪が無くなるとセルは立ち上がった。裸足で雪の中を歩き、少し離れた所で再びしゃがんで雪に手を入れる。

「早く雪を…………あ、あれ」

 雪から引き抜いたところで手が止まる。セルは音も無く雪の上に横たわった。

 晴れた空の下、メイド服の女が一定した歩調でその横を通り過ぎる。

 向こうから息を荒げてその女の後を追う五歳程の幼い少女。手には彼女が持つには不釣り合いな大きさのモップが握られている。


 少女は立ち止まり、進んでいくメイド服の女と雪の上で動かないセルを交互に見た。メイド服の女の後姿はどんどん小さくなっていく。

「……い、急げばまにあうっ、水魔ほおっ!」

 舌足らずな口調で少女は唱え、両手を雪に向けた。

 巨大な水の手が地面から現れてセルを抱え上げた。水の手を引き連れて少女は来た道を引き返す。メイド服の女は歩調を崩さずに少女とは反対方向へ歩いて行く。




【 第三章 ドキドキ!雪の日の思い出大作戦 】



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る