第三章 ドキドキ!雪の日の思い出大作戦

01

 真っ白な雪景色の上をスコップ片手に走り回る人々。誰もが必死に家族や友人を大声で呼び、探し回っている。

「テラっ! プルっ!」

 崩れたばかりの雪を手でかきながら仲間の名前を連呼する。瞬く間に目の前の雪の山はどかされ、セルは別の山へ手を伸ばす。

「ケシィっ……み、皆どこに」

 一心不乱に素手に雪をかき続けるセル。フードの隙間に雪が入る。

「は、早く……早くしないと……っ」

 周辺の雪が無くなるとセルは立ち上がった。裸足で雪の中を歩き、少し離れた所で再びしゃがんで雪に手を入れる。

「早く雪を………………あ、あれ」

 雪から引き抜いたところで手が止まる。セルは音も無く雪の上に横たわった。

 晴れた空の下、メイド服の女が一定した歩調でその横を通り過ぎる。






 遡ること一時間前。





「ここが北の国…………さ、寒いです」

 街道の真ん中で縮こまって震えるテラ。

「防寒具を買ってもここ以外じゃ使わないし……今しばらくの我慢ね」

 ケシィはローブに杖ごと手を入れ襟に顔をうずめている。

 

 その一方で普段と全く変わらない様子のセルとプル。

「凄い……こんなに雪がいっぱい積もってるなんて」

 道の端によせられた雪を素手で取って丸めて遊びだすセル。

 プルは雪玉を手に飛び跳ねる。

「俺雪合戦やりたいっす!」

「あ、じゃあ僕も……」

 雪玉を拾いかけるも、セルはそれを地面に戻した。

「……や、やっぱり雪だるまとかに…………あれ、誰かが……」

 どこからか男女の怒鳴り合う声が聞こえてきた。



 大量の雪が積み上げられた商店町の外れ。

 兵服を着た男と白衣の女が向かい合って声を張り上げている。兵服の男の胸には門番の証である金のバッチが付けられていた。

「だからいつも言ってるだろ、そんなの邪魔なうえ不衛生だと」

 白い息を上げる白衣の女。息で眼鏡が雲っている。

「ちょっとの間だろ! お前は本当分かってねえな」

 門番の男は地団駄を踏みながら女を睨みつける。どちらが手を出してもおかしくないほど緊迫した空気。

 駆けつけたセルは仲裁に入る。

「や、やめてください! 喧嘩は良くないです!」

 男女二人は突如現れた少年に言葉を止めて視線を向ける。


 白衣の女はふっと口角を上げて人差し指を立てた。

「……少年、甘いな。時には武力でなければ解決できない問題もあるんだよ」

「で……でもそんなことしたら誰かが痛い思いをすることになります。それは嫌です!」

 訴えるセルを見て、白衣の女は腕を組み三度頷いた。

「成程。ならもし、その相手が君の友達を傷つけたら奴だったらどうする?」

「その友達も相手も、僕が皆守ります」

 白衣の女は再び頷いて、やり取りを茫然と見ていた門番の男を横目で見た。

 門番の男が気まずそうに顔をそらす。

「子供ですらこんな立派なことを言うというのに……君ときたら」

 わざとらしくため息をつく白衣の女。

「う、うっさい。これは男のロマンなんだ」

 拗ねて門番の男は後ろを向き、一連の流れを見ていた三人の少年少女に気が付く。それと同時に白衣の女も気が付いた。

「……見た感じ……君たちは旅人かな? まだ若いようだけど」

 白衣の女が言うとケシィは頷きセルの手を取った。

「はい。……ほら、セル。他人の喧嘩に口出しする物じゃないわ」

「ご、ごめんなさい」

 手を引かれていくセル。

「…………待った」

 門番に呼び止められ、二人は振り向いた。

「確かにあのままだと俺は手を出してたな。止めてくれて助かった」

 そう言い男は兵服のポケットに手を入れて細長い紙を一枚取り出した。

「礼と言っちゃなんだが……このチケットをやろう」

 セルは男からチケットを受け取りケシィと二人で確認する。雪だるまの絵の横に太文字で『北の国雪まつり』と書かれていた。

「え、でもお二人は……」

「毎年この時期開催しているこの国の名物だからな。俺らはもう行き飽きたさ」

 門番は片手を横に振って見せる。

 セルはしばらくチケットを眺めて

「……ありがとうございます。楽しんできます!」

 門番に向けて頭を下げた。

 チケットは一枚で丁度四人用。嬉しそうな表情でセルは雪だるまの絵を再度見る。


 白衣の女がケシィの耳元に回った。小声で囁く。

「お祭りは急接近のチャンス。頑張るんだ」

 既に寒さで赤かったケシィの顔が倍赤くなる。

「なっ……が、頑張るって、な、何を」

「彼はこういうことには鈍そうだからな……素直に言わないと伝わらないぞ?」

 白衣の女はポンポンとケシィの肩を叩いて笑う。赤くなった顔をこすりながら、ケシィは門番と話しているセルを見た。

 


「あの……ところで何で喧嘩を?」

 セルに聞かれて門番は気まずそうに眼をそらす。

「あ、や、それはな…………い、いや。お前も男なら分かるはずだ。よし言おう」

 何かを開き直って門番は真っ直ぐとセルの目を見た。突如雰囲気の変わった門番に、セルの表情は緊張する。

「……ポニーテールっていいよな」

「え」

 門番はセルの肩に両手を置いて真剣な眼差しで話しだす。

「あの左右にゆらゆら揺れる感じがカワイイし、その癖うなじが垣間見える瞬間とか最高に色っぽくてさ。分かるだろ?」

「は、はい」

 勢いに押されてセルは頷く。

「おっ、分かるか。それがギャップ萌えなんだよな。あいつは髪短いし拒否られるけど、お前の彼女は綺麗な長髪だから……」

「コラ。純粋な少年に変態じみたことを吹き込むな」

 門番は横から白衣の女に頭をはたかれる。

「大体結ぶくらいなら初めから切った方が…………ん? あの子は……」

 白衣の女はじっとテラを見た。後ろで聞いていたテラは突然のことに一歩下がる。高い位置で結んだ茶髪が左右に揺れる。

 それを見て門番が咄嗟に否定した。

「ち、違う! 俺は幼女に手を出すほどの変態では」

「綺麗な翠眼だな……透き通った緑が遠方の希少な茶の様…………」

 体をかがめて女はテラの目を覗き込んだ。凝視されてテラの瞬きの回数が増える。

「俺のこと言えねえじゃん!」

 門番が声を上げた。そこはかとなく羨ましそうな目。

「これはあくまで医者としての学問的興味関心だ。一緒にしないでもらいたい」

 医者という言葉にプルは慌てて女から距離を置いた。白衣の女改め医者は四人との視線に構わずテラの目を観察している。その横で髪が揺れるのを眺める門番。二人の視線にテラは笑いつつ困惑の色を浮かべている。

 そしてそれを不思議そうに見つめるセル。

「…………髪型ね……」

 ケシィは手で髪を束ね地面に張った氷にその姿を映してみる。





 水色に塗られた木製のアーチ。大きな文字で『雪まつり』と書かれている。


「四人分チケット一枚ですね。是非楽しんでいってください」

 受付の女はにっこりと笑って切り取ったチケットをセルに手渡した。

「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げ、セルはチケットの半分を手にアーチの下で待つ三人の元へ走った。

 澄み切った青空の下、雪像が立ち並ぶ会場に少年少女四人が入場する。

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