俺の想い人が神の使いな件について 1
「はあ? ボケさせろって……それ貴方の仕事っ、あ」
いつもながらこの酒場には看板娘なウェイトレス、ナナちゃんの怒声が響いている。斧を振り下ろすかの如く受話器を置くその姿は、よく電話壊れないなと思わず電話を作った人を感心してしまう破壊力に満ちていた。
はあはあと息を荒げるナナちゃんもまたカワイイ。だから俺は怒声が聞こえてきたタイミングを狙ってこの酒場に訪れる。……ってなにこのただの変態。俺か。
「……い、いらっしゃいませ……あ、また貴方でございましたか」
「また……って一日に一回しか来てないけど」
今の独白の後だからその言い方をされるとまるで俺はストーカーだ。
受話器の前に座り込み、何やら難し気なボタンの沢山ついたモニター付きの機械を前に、ナナちゃんは頭を抱え込んでいる。
……あんな顔をしている乙女を前に何も言わないなど冒険者、いや男として恥だろう。まあ何度も聞いてるから事情は大体想像がつくけれど。一応。
「どうしたんだね? そんな浮かない顔をして」
「何ですかそのテンプレちっくなセリフは」
テンプレとは。てんぷらの仲間だろうか。
「……いつもの通りでございます。連中にボケさせろとか言う無茶振りを……ただでさえ重労働だってのに職権乱用しやがって」
ナナちゃんはスイッチが入ったように愚痴り続ける。
な、なんか最近どんどん可憐だった彼女の口が悪くなっている気がするのは気のせいだろうか。
「テレビ電話だったら中指立てて銃ぶっ放してるところだっつの」
気のせいだと思いたい。ていうか何この子怖い。
「……はあ。ひとしきり愚痴ったらすっきりしました」
「それは良かった。じゃ、俺牛乳で」
実は酒が飲めない。にもかかわらず毎日通うのはやっぱりこの愚痴を聞いておかないとナナちゃんが何しでかすか分からなくて怖いっていうのが三割。残りの七割は密かに抱く……いやん、これ以上は恥ずかしくて言えないっ
「流石にそれは気持ち悪いですよ」
「今すごく自然に俺の心読んだ!?」
な、何だその能力。ていうかそれだったら俺今、ほぼ告白したようなものじゃないか。心の声で。
「それにしても毎日毎日牛乳……たまには別の物頼んだらどうなの? でございます」
なにこれスルーされてるのか、それともそこまでは読んでないだけなのか。
「ところでそっちは最近どうなされているのですか?」
駄目だ完全に話題が逸れた。もう俺に聞きだす勇気はない。
カウンターの上に牛乳が置かれる。
「まあ、まずまず……って所かな。クエストってやつにも慣れてきたし」
実際の所はまずまずと言うか大方惨敗なのだけど、ここでそれを言うと余りにもかっこ悪いから言わないのだ。心が読まれていないことを祈る。
「……ふぅん、そうでございましたか。つまり惨敗なのですね」
「なっ! ま、また心を」
「読まなくても分かる。というか厳密には読んでおりません」
このたまに敬語が取れる瞬間が萌える。
「そんな変態じみた独白してるから惨敗されるのですよ」
「やっぱ読んでるじゃん」
心を読める……ということはやっぱり彼女は人ではないのだろう。
薄々感づいてはいた。
実際ナナちゃんはここで働くために隠し通しているつもりのようだけどバレバレだ。少なくとも毎日見ている俺には。
「あ、いらっしゃいませー」
具体的にこれが証拠だっ、というのは今のところ心が読めること以外には特にない。探偵なら即刻クビになるレベルだ。だが俺は冒険者、証拠より勘のほうが重視される職種の人間だ。この手のことには自信がある。
ナナちゃんから感じる何かは人間のそれでも、エルフや獣人のでも無かった。ましてや魔物ではない。そうなったら、やっぱり彼女は神獣とか伝説上の妖精とか
「ご注文は何に……ん? お客様、店内での武器のご使用は…………」
詰まるところ、彼女は神の使いだと俺は思う。
……我ながら何と強引な独白なのだろう。
あと横でなんか銃声鳴った。
「……は、銃声!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます