16

 窓と吹き抜けになった天井から朝日が差し込む。

 ベッドから起き上がったセルは服を着替えている。

「ん……」

 毛布が動き、目をこすりながらケシィが体を起こした。

 セルは笑顔で何かを言うも、息を吐く音だけが部屋に響く。

「……おはよう」

 微笑みながら返すケシィ。不安そうにセルは床に視線を落とした。

 しかしすぐに顔を上げると、ケシィに向けて笑って見せた。






 カーペットが敷かれた縦長の部屋の一番奥に金の椅子が置かれている。

 同じ玉座の間であったが、その椅子に座る人物は違った。

「ほ、本日からこの国の王を務めることになりました」

 毛のついた赤い王のマントを着て、頭には王冠を乗せているフレア。

「自分も今日より付き人改め女王陛下の側近となりましたぞ」

 村で見たのとは違い立派な服を着た爺やが椅子の横に立っている。

「爺や、私は女王ではないのですが……」

 言葉とは裏腹に、寂しげだったフレアの表情に明るさが戻る。


「それで……何故本日は私たちをこちらへお呼びに?」

 ケシィに言われ、フレアは既に正されていた姿勢を正す。

「一昨日、そして昨日のお礼を改めてさせて頂こうと」

「昨日も……ですか?」

 フレアの言葉にテラが首を傾げた。

「はい。昨日は皆さんが国民の命を守ってくださったとのことで……」

 椅子の横に置かれていた紙袋を漁り、中から小包を取り出した。

「今朝、その子のご両親からこれをお預かりしました。皆さんへ、と」

 テラが小包を受け取る。ビニールの包装に赤いリボンのつけられた小さな包みからは、焼き菓子の甘い香りがしていた。

「あ、それから……余計なことかもしれませんが、セルさんに」

 小包を見ていたセルが顔を上げた。フレアは真剣な表情。

「昨日の朝、兄上から聞きました。セルさんがこの部屋までいらして、人造魔物の処遇に抗議されていたと」

 セルは慌てて頭を下げた。

「あ、いえ。怒ってなどいません。むしろ……私はその話に勇気をいただきました」

 両手を横に振った後、フレアは椅子から立ち上がり頭を下げた。

「人造魔物を助けたいと意見すること……ずっと出来ずにいましたが、やっとはっきりと言うことが出来ました」

 頭を上げ、フレアはセルの手を取った。

「自分の意見を言えることは勇気のあることです。ですから、セルさん……あまりご自身を責めすぎないでください」

 微笑みながら言うフレア。セルは顔を上げて頷き出ない声で何かを言った。

 不安げな視線を向けていたケシィはその表情にほっと息をついた。







 日差しの下、砂漠を歩く少年少女三人。

「にしても最後の伝言……受け取りようによっては怖いわね」

 地図を見ながら心配そうに呟くケシィ。

「ま、まあ…………確かに」

 否定しようとするも、テラは同意せざるを得なかった。


『あ、兄上から伝言です。出所したら見てる、と……』


 そういう意味じゃないと分かっていながらも二人の背筋が凍る。

「で、でもテラの話はちゃんと伝わってたらしいわね。少し不安ではあるけど」

 ケシィは地図越しにセルを見た。セルは相変わらず砂を蹴りながら歩くために靴が砂まみれになっている。

「あの……そういえば、ケシィさんが仰っていた魔王城に行く、というのは……」

 テラの疑問にケシィは足を止めた。聞こえていたのか、セルは不安げにケシィとテラを交互に見る。

 ケシィは俯いて、小さく頷き顔を上げた。

「今はまだ言えないわ。……素性を隠す理由も、この旅の目的も」

 はっきりと言いセルの顔を見て、再び視線を前に戻した。

「でもいつか必ず言う、言わなくてはならない時は来る。だから、それまで待っていてもらえないかしら」

 そして二人に頭を下げた。初めて見るその姿にセルとテラは顔を見合わせた。


「……わかりました。私は待ちます」

 テラはケシィの方を向き、笑顔で言った。

「ケシィさん、頭を下げていたらセルさんの返事が見れませんよ」

 言われてケシィは恐る恐る頭を上げる。

 セルは大きく頷いて見せた。大げさすぎるその動作にケシィは思わず微笑む。


「……ありがとう」

 が、その声に目を見開いた。灰青の瞳に日の光が差し込む。

「ケシィこそ、僕のことずっと信じてくれてて」

 構わず言葉を続けるセル。

「セル、こ、声が」

「え……あ、あれ……いつの間に……?」

 セルは不思議そうに自身の喉を押さえる。

 ふっと力が抜けたようにケシィは地面にしゃがみ込んだ。

「け、ケシィ? ど、どうし」

「良かった。もうこのまま喋れなくなるんじゃないか、と……っ」

 段々涙声になっていくケシィ。セルは横に回り、ケシィの背中をそっとさすった。

「そうだ。あの時言いたかったこと……」

 さすりながら思い出して微笑んだ。

「僕は、ケシィが友達でいてくれたら……それだけで十分幸せだよ」

 私もよ、と言い泣き続けるケシィだったが、ふと顔を上げてえっと声を漏らした。

 

「せ、セルさん……本当に鈍感なんですね……」

 若干呆れているテラ。三人の傍に水色のゲル状の何かが忍び寄る。



「おひさっす! と言っても二日ぶりだしそっちの姉さんは初対面っすね」

 突如三人の前に水色の髪をした青年、プルが姿を現す。

 咄嗟に杖を向けるケシィ。セルは慌ててそれを止める。

「今更何を言いに来たの? また同じ話なら魔法を放つわよ」

「い、いや怖いっすよ! 敵意は無いし今は別の用っす!」

 弁解するなりプルは三人に勢いよく頭を下げた。

「お三方の強さに憧れたっす。俺を仲間にしてください!」

 下げた反動で髪からスライムが地面に垂れる。初めて見たテラは奇怪な現象に突風の如く後ずさった。


 砂漠に静寂が走る。その静寂の中でケシィが杖先に魔力を溜める。

「け、ケシィ!? ま、待って何してるの!?」

 セルに制されてケシィは魔力を引いた。

「怪しすぎるわ。いきなり現れて仲間にしてくれなんて……ましてや」

 疑いを込めた目でプルを見るケシィ。

「第一セルとテラは分かるとして……」

「あ、俺一応魔物なんで魔力には敏感なんっす。ケシィ姉さんがどれだけ魔力を持ってるかくらいなら」

「その呼び方はやめて」

 既に馴染んでる二人のやり取りをセルは安心した様子で眺めている。

 プルは地面に垂れたスライムを融合させると、不安そうにゆっくりと顔を上げた。

「……僕はいいと思うよ。一緒に行こう」

 セルの一言にプルの表情はぱっと明るくなった。

「ちょ、ちょっとセル」

「わ、私も賛成です。私は初対面なので詳しくは分かりませんが……この人は悪い人ではないと思うんです」

 テラまで、とケシィは困った様子でプルを見た。


 が、諦めたようにため息をついた。

「どうせ……いや、いいわ。私も人造魔物には少し興味があったから」

「あれ、前にも同じことを聞いたような……」

 セルに言われてケシィはあからさまに顔をそらす。

 テラはやっぱり、と小声で呟いた。

「セルさんそれ言っちゃ駄目です」

「え、そ、そうだったの……?」

 分かっていない様子のセルにテラは苦笑い。

 プルは満面の笑みで敬礼した。その勢いで手が地面に落ちる。

「じゃ、今からよろしくお願いするっす!」

 落ちた手は水色のゲル状になり砂の上を這って本体に融合した。



 歩きながらセルは小声で呟く。まるで声が出るのを確認するように。

「プルのおかげで気が付けたんだ、いつかお礼をしないと」

 ずっと頭の中で思っていたことが、言葉となって声に出る。

「信じることは当たり前じゃない……だからこそ」

 それ以上は言わず、セルはケシィを見た。


「どうしたの? そんなしみじみした顔をして」

「う、ううん。何でもない」

 そして首を横に振った。

 西の国を後にして四人は砂漠を進んでいく。……四人? 




【 第二章 人造魔物の数え方 完 】



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