15

 手に持った旅行鞄を地面におろし、ズボンのポケットから紙の扇子を取り出して王妃はパタパタと顔を仰いだ。

「火山の国は良かったよ。温泉あるし女の子かわいいし……」

 扇に描かれた絵を見せる。巨大な火山が独特の色使いで描かれていた。

「……で、転移魔法屋さんに呼ばれて慌てて帰ってみれば…………」

 扇をたたみ、王妃は城下町を見渡した。魔物はもう見当たらないものの、町は半分以上壊滅状態だった。


「……ま。フレちゃんのことに関してはあくまで兄妹喧嘩だし、本人も良いって言ってるからいいけどさ」

「えっ……そ、そういえばあいつは」

 王子は手の下にいたはずのフレアがいないことに気が付いた。しかし気が付いていなかったのは王子だけでは無く、その場にいた一同があっと声を上げた。

「……な、なんだかその反応は複雑な気分です……」

 王妃の裏から現れ体調不良とは別の意味で頭を抱えるフレア。血濡れだった純白のドレスはいつの間にか黒いフリルのついたワンピースに変わっていた。

 王子は茫然とフレアを眺め、思わず息をついた。


「……って、な、何で起きて」

 間を開けてからその異常事態に気が付く。

 王妃がドヤ顔になる。

「よくぞ聞いてくれたね? 実は火山の国で転移魔法の裏技を特訓してきたのさっ」

 腰に手を当て胸を張る王妃。だがその足は微かに震えている。

「私の血をイチかバチか流してみました!」

「は、母上っ!」

 よろめき倒れかけた王妃をフレアが支える。王妃はフレアを見ると青い顔でニヤニヤと笑った。

「でもまさか本当に成功するとは……流石はうちの愛娘だね」

「母上……私は息子です」

 だが先ほど自主的にドレスを着ていたフレアはまんざらでもないのでは、という目で王子はフレアを見た。

「で……この騒動で死者も回復不能な重傷者もゼロだっていうからね。流石はこの国の兵士達」

 言ってから王妃はサキュバスを見た。

「……安心して。サキュちゃんの仲間も皆生きてるってさ」

 涙にぬれたサキュバスの表情が明るくなる。


「一応生け捕り、って形ではあるけど……ね」

 だが王妃の次の言葉にその笑顔は凍り付く。

「それと今のうち言っておくけど……」

 申し訳なさそうに王妃はサキュバスから視線を外し、フレアの目を見た。

「お父さんが、この件に関する全ての決定権はフレちゃんに委ねるって」

「……え」

 フレアは数度瞬きをして、気の抜けたようにサキュバスを見て、壊れた城下町を見渡した。そして最後に王子を見た。

「……す、全てとは……」

「首謀者及び協力者の刑罰、人造魔物達の処遇、あと町のこと……は、まあどうにかなるとして。問題は初めの二つだね」

 躊躇することなく淡々と説明した王妃だったが、表情はやはり暗い。

「今回の件でお父さん疲れたのか、対応次第では明日から王を任せるって」

「そ、そんな急な……っ」

 つまり今決めろということ。

 父親の無茶振り、初の王としての仕事を言い渡されたフレアの表情に焦りが現れる。しかしそれ以上に不安があった。

 王族の問題に傍観者と化している旅人三人。そして完全に空気なミイラ男。



 長い沈黙を挟み、フレアが口を開いた。

「…………人造魔物の皆さんは、牢へ入れてください」

 フレアの決定にサキュバスは目を見開いた。

「……え、な、何で。み……皆は私が洗脳したから」

「勿論出来る限り待遇は良くさせていただきます。……人造魔物の皆さんも、ここに居る限りは大切な国民です」

 瓦礫や城壁の陰に隠れていた国民達に視線を移し、その異端者を見る目にフレアは僅かに俯いた。が、すぐに顔を上げ言葉を続ける。

「しかしまだ適切な対応もできない状況、今しばらくは身柄を保護させていただきたいのです。……せめて、私がその適切な対応の答えを出せるまで」

 フレアは王妃を見た。

「誰かの一生に関わることを今すぐ決めることはやはりできません。考える時間をください……いえ、貰います」

 はっきりと宣言した。


 王妃は険しい表情でフレアの話を聞いていたが、その宣言を聞いて頷いた。

「分かった。じゃ、人造魔物はそれで決定として……罪人の処罰は?」

 明らかに辛そうに眼をそらすフレア。

「広範囲での建築物破壊、脅迫、殺人未遂……これらの罪を消すことは出来ません」

 当たり前のことであったが、フレアにとっては重要な事実であった。

「……ですが、死者も回復不能な重傷者が出ることもありませんでした。ですから」

 フレアは王子とサキュバスを真っ直ぐと見下ろした。目をそらしたくなるのをぐっとこらえ、フレアは言い放つ。

「三十年の懲役とします。その間、国のために尽くしてください」

 地面に座り込む王子とサキュバスをじっと見るその目は既に涙目だった。

 それでも上を向き目を細め、王の権利を執行した者の威厳を守り続けるフレア。



 王妃は少し間を開けて、フレアの頭に手を置いた。

「よし。……よく頑張った、泣いてもいいよ」

 言われるが否やフレアは地面にしゃがみ込み顔を覆って泣き出した。

「あっ……兄上、嫌です、そっ、そんなに……長いこと」

 肩を震わせて兄に対して泣くフレアの姿は、これまでの大人びた雰囲気が剥がれ、ただの二十歳に満たない子供でしかなかった。

「でっ、でも、やってしまった、ことはっ……け、消せない……のでっ」

 しゃくりあげながらも、王としてではなく弟としての言葉を言う。

「つ、償ってください。そっ……それまで、私はっ、お待ちしています」

 言い切ったフレアを王妃は優しく撫でている。

 傾きかけた昼の日の光がフレアの髪を微かに金色に光らせた。




 テラはバンダナで涙を拭いている。

「け、結局私たちほぼ見てるだけでしたが……も、もらい泣きしちゃいました」

 もらい泣きしたのはテラだけではなく、後ろの国民達もであった。

 先ほどまで様々な声が上がっていた集団からは涙をすする声しか聞こえてこない。端の方でミイラ男も自身の包帯で涙を拭っている。

「確かに傍観しているのみだったわね。……でも」

 学ぶものはあったわ、と呟くケシィの目にも微量の涙が光っていた。涙を手でこすり、ケシィはセルの方を向いた。

「……今日はこの国で泊っていきましょう。昼も過ぎているようだし」

 王族一家、そしてサキュバスを見つめていたセルはケシィに頷いた。

 そして再び泣いている一同の方を見ると、自分の目に手をやって、乾いたその手を不思議そうに見つめた。

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