14


「く、くそっ! 馬鹿な真似を」

 王子はレイピアを引き抜き地面に捨てた。

「回復魔法っ!」

 自ら回復魔法を唱えてフレアの傷を消した。地面に寝かされたフレアの顔色は酷く青白く、まるで死人の様。

 何度もフレアの顔を叩く王子。フレアは布越しに荒い息をするのみで反応は無い。

「ぬ、布も取った方がよくない? 息苦しそうだけど……」

 サキュバスが言うと王子はフレアの後頭部に手を回して布をほどき、口に詰めていた布を外した。咳をしてフレアが声を漏らす。

「あ……兄……うえ」

「な、何だ」

 王子はフレアの手を取るも、フレアは王子を呼ぶばかりで何も言わない。


 後ろでケシィとテラはその様子を見ている。

「……うわ言……かなり危険な状態ですよね……」

 テラがフレアを見て言った。王子の腕の中でフレアは王子を呼び続けている。

「今すぐ病院に連れて行った方がいいわね」

 ケシィの言葉に王子は動きを止めた。顔を上げて町を見渡すと、端の方の住宅町はまだ壊されずに残っていた。

「で、でもそれなら一回皆の洗脳解かないと。……ど、どうする?」

 サキュバスは王子の方を向いた。

 王子は目を開かないフレアをじっと見ていた。が、後ろに手を伸ばす。

「……お、弟の命など」

 レイピアを手に取り、地面に寝かせたフレアの首の上に持ち上げた。

「こんな弟の命など……捨ててやるっ!」

 そして真下に振り下ろす。




 その手は横から強く掴まれ、レイピアは刺さる寸前で止まった。

「……くそ」

 王子は小声で呟いた。手先を動かせばレイピアは刺せそうな距離であったが、王子は手を離しレイピアを落とした。

 セルは王子の腕を掴んだまま反対の手で落ちたレイピアを受け止めた。

「絶体絶命だな。捕獲対象に腕を掴まれ……いや、命を握られているなど」

 俯く王子の言葉に、セルは手に持ったレイピアを地面に置いた。

「小道具無しでも殺人など容易いだろう」

 王子に言われセルは固まる。

「どうするのだ。腕を潰すのか、殺すのか……それとも生かして」

「セルさんはそんなことしません!」

 テラが声を上げた。


 一同の視線がテラに向く。

「あ、いや……私も言えた口ではないのですが……二度程、疑ってしまいましたし」

 テラは気まずそうに視線を落とす。

「で、でもケシィさんに言われて気が付いたんです。確かにセルさんは凄い力があっても……人を傷つけたりはしないって」

 驚いた様子でセルがケシィを見た。

「全部その時の受け売りなんですが……リュナさんもこれから見ててください。そしたら分かります。だから、まだ自暴自棄にはならないでください」

 訴えるようにテラは王子を見た。

 リュナ、それは王子が自己紹介時に名乗った名前だった。




「……無駄だ。どうせこれが終われば、父上は私を処刑するだろう」

 王子は掴まれた反対の手を拳にして、地面に強く叩きつけた。

「疾うに分かってたんだ。これが悪あがきだってことは」

 何度も叩きつけられた拳に血がにじむ。

「や、やめ」

「富と権力に目がくらんで、その結果手に入るはずだった地位も失って」

 王子の手は血まみれになっていた。サキュバスはその手を止めようとするも力が足りない。代わりに止めようとしたセルは後ろから誰かに肩を叩かれる。

「父上を洗脳しただけで飽き足らず、魔物に国民を襲わせて、その上弟までっ」

 全力で地面に叩きつけられた拳。王子はそこで手を止めた。というより、王子の手の骨は折れていた。

「散々やっておいて私は自暴自棄になっていた。はずだと言うのに、今更」

 地面に向かって王子は感情を吐き捨て続ける。

「あれほどやっても私は冷酷になり切っていなかった。誰かを守ることも、欲望に忠実になることも出来ない……全てが、全てが中途半端なんだ!」

 片手を血に染めて地面に怒鳴る、その姿は本人の言う通り自暴自棄以外の何物でもなかった。

 ケシィ、テラ、セル、そして瓦礫の陰に隠れていた国民の全てが見つめる中、王子は言葉を止めた。地面に連続して涙がこぼれる。


 既に離されていた反対の腕で涙を拭い、王子はまだ震える声で言った。

「……サキュバス、全人造魔物の洗脳を解いてくれ」

「もう解いてるよ」

 サキュバスの言葉に王子は顔を上げた。涙と鼻水が垂れても美形。

「と、解いてるって……い、いつから」

「フレアちゃんに回復魔法かけた時。やっぱ違うんだなって思って」

 しゃがみ込むサキュバス。

「初めはね? 逆らったら仲間が殺されちゃうし、それが嫌で従ってたけどさ」

 豊満な胸が膝に乗り、はち切れそうだったシャツが破けて黒い下着が露わになる。胸の谷間がハート型に切り取られたその下着は、まさしくサキュバスのものであった。

「でも段々我が道を突っ走るところがかっこいい! って思えてきて。そしたらサキュバスなのにね、なんか……恋? しちゃったみたいで」

 ボロボロになった王子の手を握り回復魔法を唱えるサキュバス。王子の拳から傷が消える。

「変だよね? 本能とはいえ毎晩毎晩、色んな男をとっかえひっかえやっておいて、今更一人の、しかも童貞で人間の男に恋しちゃったーなんて」

 公衆の面前で告白をしたサキュバスは、まるで人の娘の様に顔を赤くする。

「だ、だからね、この国を崩壊させるって聞いた時も……もう仲間なんてどうでもいい、この人についていくんだ! って思ったんだけど……でも」

 そこまで言ってサキュバスは一旦言葉を止め、俯けていた顔を上げて微笑んだ。

 その頬を涙、正確には水魔法が伝う。

「やっぱり本心じゃなかったんだよね。薄々感づいてたんだ。フレアちゃん刺した時、辛そうな顔してたし」

 こらえきれずにサキュバスは王子に抱き着く。

「でもそうだって気がついたら好きじゃなくなっちゃうかもって。そしたら、そしたら私こんなことした意味無くなっちゃうんじゃないかって思って」

 サキュバスは声を上げた。

「後戻りできなくって、自暴自棄になってたのは王子だけじゃないんだよ!」

 わっと泣き出したサキュバスに、王子は茫然としていた。

「ごめんね、もっと早く止められなくって……っ!」

「お、お前が謝る必要は……むしろ私が」

 王子は茫然としたまま、サキュバスの羽のついた背中を抱きしめた。

 止まったはずの涙が再び流れ落ちる。





「うーん六十点。男ならそこはまず告白の返事してあげないと、ね」

 抱き合う二人の前に中年女性が現れる。今突如出現したわけでは無く、その女性は先ほどからずっとセルの後ろで成り行きを見ていた。

 王子はぐしゃぐしゃになった顔を上げ、即座に逸らす。

「いっ、いつの間に帰って……っ!」

「今更遅いっての。赤ん坊の頃に散々泣き顔見てきたんだからね? 母親舐めるなよ? ていうかそれでも抱き合い続けるんだ」

 女性はひとしきり言うと初対面な旅人三人とサキュバスの方を見て、丁寧に頭を下げた。騒めいている国民達。

「お初にお目にかかります。西の国王妃、つまりこの子らの母です」

 気品に満ちたその動作は、まさに王族でありフレアの母だった。

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