12

 崩れ落ちた城門。その陰で門番の青年が倒れている。

「だっ、大丈夫ですか!? あ、足から凄い血が……っ」

 テラの声に反応して青年の手が動いた。

「回復魔法。……意識はあるみたいね」

 傷が消えて流れ出ていた血が止まる。青年は腕を突きゆっくりと体を起こした。

「う……あ、ありがとうございます。正直眠りかけていた所でした……」

「あの、まだ動かないほうが」

 テラが言うと青年は崩れた城門の向こうを見た。

「これでも兵士の端くれですから……国民の命を守る義務を果たさないと」

 よろめき立ち上がり青年は槍を手に剣の音が鳴る方へと瓦礫の中を走り出した。

「私たちも行きましょう」

 そう言いケシィは門の残骸を踏み越えた。

 西の国、二度目の入国。





 かろうじて残る城壁の陰で数世帯の家族が固まって身を隠している。そのすぐ傍を歩く包帯を全身に巻いたミイラ男。

「……ヒトの臭い」

 蚊の鳴くような声でミイラ男は言った。手から出た包帯が城壁の裏へと飛ぶ。

「きゃっ」

 包帯は母親の腕の中にいた幼い少女を巻いて上へ持ち上げた。

「ま、ママ! パパ!」

 少女は必死に助けを求める。少女の両親は出て行こうとするも他の家族に止められた。少女は包帯の中で泣きながら声を上げ続ける。

「うるさくて使えない。……ころす」

 ミイラ男は泣き叫ぶ少女の首を包帯で締め上げて吊るした。包帯で手も足も出せないまま少女は必死にもがこうとする。顔色は次第に青くなっていく。

「っ……マ、ママ……パパ、たすけ…………」

 小さな手から力が抜けた。

 と、同時に何かがミイラ男の包帯を切り裂き壁に刺さった。城壁よりも高い位置から落下する少女。

「危ないっ!」

 地面に着く前に少女は横切る残像に受け止められる。


 ミイラ男は切られた包帯を手の中に戻し、何かが刺さった城壁を見た。レンガの間に刺さったあとのみが残されている。

「……そこ」

 瓦礫の裏へとミイラ男の手から包帯が伸びる。

 しかし包帯は途中で別のものに巻き付きピンと張った。

「邪魔。全部ころす」

 ミイラ男は包帯を高く上げる。軽々と放り上げられたセルは上空で剣を引き抜き腕の包帯を切り離した。そのまま地面に着地というより落下する。

 すぐに起き上がりフードを直すセル。

「ヒト……?」

 ミイラ男は首を傾げ、反対の手から包帯を放つ。

 城壁と瓦礫の両方向に放たれた包帯は届く前に巻き取られ、次の瞬間ミイラ男までセルは来ていた。両腕はしっかりと掴まれ微動だに出来ない。

「放せ。ヒトはころす」

 包帯の下から光るミイラ男の片目を見て、訴えるようにセルは首を振る。

 掴まれた手の下から包帯を出そうとし続けるミイラ男。

「放せ、はな……」

 ミイラ男は両腕を掴まれたまま気を失った。セルが慌てて手を離すとミイラ男は膝から崩れ落ちて前に倒れた。


「……変ね。魔力はまだ半分以上残っているはずよ」

 城壁の陰で集団に回復魔法をかけていたケシィがミイラ男に歩み寄る。

 不思議そうにミイラ男を見下ろす二人。地面にうつぶせで倒れていたミイラ男が僅かに顔を上げた。

「なっ、火炎魔ほ」

 咄嗟に構えられたケシィの杖をセルが押さえた。


 後ろでミイラ男は地面に手を突きゆっくりと立ち上がる。

「……町がボロボロ? 何が…………」

 壊された城下町を見回し、ミイラ男はしばらく呆けていた。

「そうだ。ヒトの子供」

 だがすぐに瓦礫の方を向いた。瓦礫の陰から横たわる少女の足が見える。

 ミイラ男は包帯の巻かれた自分の手を見た。

「……どうもこの襲撃、黒幕がいるみたいね」

 杖を下ろしてケシィが言った。セルが首を傾げる。

「あのミイラは洗脳されてたってことよ」

 ミイラ男は瓦礫の中で茫然と立ち尽くしていた。だが上空を飛ぶ魔物達を見て、包帯の下の光る片目を大きく見開いた。

「洗脳は魔力を流し込んで行う。さっきので洗脳分の魔力が切れたとすれば道理が成り立つわ」

 セルは辺りを見渡した。人を探して歩き回る人造魔物の姿が幾つか見える。


 ここまでの話を聞いていたのか、ミイラ男は二人の方を振り返り頷いた。

「……黒幕はわからない。けど洗脳はされている」

 ミイラ男は切られた自分の包帯を拾った。包帯はミイラ男のものでは無い異質な魔力を持っている。

「なら、その洗脳した魔物は?」

「サキュバス。だけど、誰かの命令を受けていた」

 ミイラ男は不安そうに瓦礫を見た。少女の両親がぐったりとしている少女を抱きしめている。城壁の裏では数世帯の家族がミイラ男に警戒の視線を向けている。

「……厄介ね」

 ケシィは瓦礫の裏、少女とその両親の横で座り込んでいるテラに手を差し伸べた。手を取るもののテラはしゃがみ込んだまま。

「す、すみません……腰が抜けちゃって…………」

 ナイフを片手に顔を上げるテラ。

「……構わないわ。ならここで魔物が来ないか見てて頂戴」

 手を離し、代わりにその手に杖を持ち替える。

「どちらにしたって、八歳にも満たない子を戦わせるわけには」

「私十二です」

 お約束の会話をしている二人。だったが

 立てないはずのテラは突如誰かに頭を持ち上げられて立った。

「はい、防戦はそこまでっ! ここからは私たちのターンだよ?」

 内側に曲がった二本の角と尖った尾、そして赤い唇の下に光る牙。

 テラ以外の全ての視線が現れたその魔物へと集まった。

「……貴女がサキュバスね」

「正解! よく分かったじゃん、露出度控えめにしたはずなんだけどなぁ?」

 現れた魔物、サキュバスに杖を向けるケシィ。サキュバスは今にも破れそうな自身のシャツの胸部を見た。大きく開かれた襟。

「どこが控えめよ。今すぐテラを離しなさい」

 ケシィは言いつつ横目にセルを見る。セルは立ち止って動かない。

「あれっ? そっちの子は既にフェロモンで洗脳済みって感じかなー?」

 サキュバスはわざとらしく肩を寄せて見せる。だがセルの視線がテラの方を向いていると気が付き残念そうに口をすぼめた。

「この子を人質にする気は無かったけど……一石二鳥って奴だね」


 手をセルに向けて突き出した。

「……避けたら殺しちゃうからねっ?」

 瞬時に手の先に魔力が溜まる。咄嗟にケシィは防ごうとするもその前に魔力は放たれていた。

 包帯のものと同じ魔力を持った黒い球が、セルの額に当たって吸い込まれた。

「セルっ!」

 ケシィが駆け寄り背中を支える。魔力球の衝撃に対し全く動じずに立っていたセルだが、その目は何も見ていなかった。

 肩を揺さぶりケシィは何度もセルに呼びかける。

「ん? よく見たら意外とかわいい子じゃん。ちょっとだけ食べちゃおっかな」

 サキュバスは指を動かしながら逃げようとするテラを胸に押し付ける。


「……まっ、その前にこのうざったいの皆殺しにしちゃおっか!」

 そして指をパチンと鳴らした。その音に反応してセルの意識が戻る。

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