11
動かないセルを前に、プルは言葉を続ける。
「いくら何でも生首を見たくらいで声が出なくなることは無いと思うんすよ」
セルの顔から血の気が引いていく。目線を落としセルは自身の両手の平を見た。
「でも普通騙されたくらいでもそこまでショックは受けないっすよ。特に敵からなんてザラにあることっす」
プルは動揺しているセルをじっと見ている。セルは俯いたまま何かを呟いているが、それは何一つとして言葉にはならない。手を震わせ少しずつ後ろへ下がっていくセルに杭を刺すようにプルは言葉を放った。
「その程度でショックを受けてるようじゃ、正直冒険者向いてないっすよ」
セルが足を止めた。
「……戻ってくるのが遅いと思ったら……」
突然闇の中、二人のすぐ後ろから靴の音が聞こえだした。
「貴方、何してるの?」
セルの横を通り過ぎ、ケシィはプルに杖を向けた。
「な、何って……ただ気になったことを言いに来ただけっす」
「貴方が心配する必要は無いわ」
ケシィは針の様に鋭い視線をプルに向け、突如水魔法を唱えた。
水はプルの肩に命中し貫通して後ろの壁に当たった。水溜りの中に半透明のゲルが混ざっている。
思わぬことにセルは顔を上げプルを見た。
「自分の身くらい自分で守れる、セルのせいで危険に晒されることなんて無いわ」
杖を下ろし、ケシィは突き当りの壁を見つめるプルをじっと睨みつけた。半透明のゲルは水を引きながら廊下を進み、瞬く間に本体と融合する。
肩が元の形に戻ったのを確認して、プルは振り向いた。
「そんなんじゃ逆効果っすよ」
肩に残る水滴を落としながらプルは言った。
「……何が言いたいのかしら」
「甘いんすよ。それじゃいつまで経ってもこの人は自分の身すら守れないままっすよ」
言いつつセルを指さすプル。
ケシィは何かを言いかけるもセルを見て口をつぐんだ。
「……っと、そろそろ帰るっす。あ、それと首の針がまだ」
振り返って歩き出したプルは突然床に吸い込まれた。床板の隙間には子供の足が通るほどの穴が開いている。
下の部屋から男女の叫び声が聞こえてきた。
セルはまだ刺さったままだった首の針を引き抜くと、薄い月明りの中でそれをじっと見つめた。針に月の光が反射する。
朝日の中を飛び回るハーピーの少女。一緒に砂の上を走っているのは地下で見たゴブリンの少年。生気の無かった表情は子供らしい笑顔へ変わっていた。
「あの子達……この後どうなるんでしょうか」
砂漠の砂の中でそれを眺めるテラ。身長的には同い年に見える。
ケシィはそれが逆に気になるという風にテラを見ている。
「一緒に遊んで来たらどう? 遅れたとしてもあまり影響は無いわ」
「あっいえ、そういう訳には」
言いかけたテラの腕をハーピーが上空から掴み上げた。
「一緒に遊ぼ! じゃあ次は君が鬼ね!」
そして砂の上に放り出されるテラ。砂を払い顔を上げるとゴブリンとハーピーはテラから逃げ出した。
「えっ……あ、ま、待ってください!」
数秒間を置いて内容を理解したテラ。既に二人は離れていたが風のような速さでテラはゴブリンをタッチ、飛んでいたハーピーもジャンプをしてタッチした。
「手加減無しね……」
眺めながら言うケシィ。
ハーピーとゴブリンは目を輝かせてテラに素早さの秘訣を聞いている。その圧倒的な勢いにテラは困りながらも年齢相応の笑顔。
「……そんなに羨ましそうな顔をするくらいなら参加しなさいよ」
ケシィに言われセルは慌てて首を横に振った。しかし横目で子供たちを眺めているその目は何も隠せていない。
ゴブリンがセルに駆け寄り腕を掴んだ。
「お兄ちゃんも遊ぼう」
引っ張られるがままにセルは三人の元へ連れていかれる。振り向きケシィに何かを言おうとするもそれは声にならない。
「鬼ごっこはこの子の優勝として、次は腕相撲ね!」
ハーピーは砂の上を飛び跳ねながら羽を動かした。
「…………流石にセルは手加減するわよね」
不安そうにケシィは子供たちを眺めている。
一人残されたケシィの背中を後ろで見ていた老ケルベロスが鼻で押した。
左の頭は刃物で切られたように首から先が無い。
「お前は行かないのか? 仲間は楽しそうに遊んでいるぞ」
ゴブリンとハーピーは今度はセルを囲んでいる。子供たちが無事だったことに安心しつつ、ケシィはケルベロスの方を振り向いた。
「今はそういう気分じゃないわ。それに……誘われてないもの」
「気にしてたか。まあ、原因は思うにその目つきだろう」
えっと声を漏らし目を見開くケシィ。つり目がちな灰青の目に日光が差し込む。
「ずっとそうしておれ。……と言った傍から目が死んだぞ」
「こんなことしてたら砂が入るわ」
下を向きケシィは目をこすった。子供たちとテラの遊ぶ声が聞こえてくる。
砂の上に絵を描く子供達とセル。
「うわぁ……本物みたい」
セルが指で描いたカモメの絵は、今にも鳴いて空へ飛びそう。
「お兄ちゃん、絵を教えて!」
ハーピーとゴブリンはセルを取り囲みカモメを真似して絵を描きだした。言葉を使わずとも教えようとするセル。二人は描かれていく絵を楽しそうに眺めている。
「絵も上手なんて……セルさん本当に何者なんだろう」
描かれた絵を見るテラ。風が吹いて絵は砂の中に消えた。
飛ばされそうになったフードをセルは手で押さえる。
「ねえねえ、どうしてそれ被ってるの?」
犬の絵を描いていたハーピーが首を傾げた。指さす先はセルのフード。子供たち二人、そしてテラの視線がセルの頭に向く。
セルは説明しようと砂に指を付けるも、何も思いつかずそのまま手を止めた。
「髪を切るのに失敗したのよ」
上を見上げるとケシィが立っていた。フードを狙いだした子供たちにセルは慌てて手で下げて押さえる。押さえつつケシィを見た。
僅かに首を傾げる。何故、とでも言いたげな様子で。
砂漠に爆発音が響く。
「……え、い、今の方角」
テラは音がした方を向いた。砂煙の中に薄っすらと立ち並ぶ旗。
「西の国……襲撃ね」
走り出そうとしてケシィは足を止めゴブリンとハーピーを見た。砂が晴れた空に、セルは思わず息を止めた。
西の国の上空を飛び回るガーゴイル。
それは明らかに本来のガーゴイルとは違った色……人造魔物だった。
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