08

 フレアは頬を抑えて机を見つめている。朝の光に照らされるその姿はまるで天使か何かの様。

「……お、美味しい…………ほ、本当に台所にあったものだけで、これを……?」

 机に並ぶ数品の料理。素朴な見た目とは裏腹に、一級レストランの中に居るような香りが部屋中に広がっていた。窓の外から村人たちが中を覗いている。

「はい……その、何の謝罪にもなっていないのですが…………」

 机の前に立ち俯いているテラ。大人用のエプロンを紐でたくし上げて着ている。


「ふむ、是非この村で料理店を開いてほしい腕前……どうですかな?」

 爺やはスプーンを片手に真剣な眼差しでテラを見た。

 テラは困ったようにセルとケシィの方を向く。机の端に座っていたセルは手を止めて、目の前の食べかけの皿をじっと見ている。

「……その方がいいかもしれない……ここには爺やさんも居るし……」

「お、置いてかないでくださいっ!」

 慌ててテラはセルに頭を下げた。

「た、確かに昨夜は失礼な態度を取ってしまったばかりなのですが……でっ、でも」

 必死なテラにセルは驚きつつ不思議そうな表情。

「何も失礼なんて……と、ところで何のこと……?」

 全く理解していないセル。えっ、と声を漏らしてテラが顔を上げた。隣の席でケシィは流石に呆気に取られた様子でセルを見ている。

 料理を口に運びつつ楽しそうに三人を眺めるフレア。

「それにしても、まさかこのような所であの有名な盗賊にお会いできるなんて……何だか光栄です」

 フレアの服装や髪は朝早くにもかかわらず綺麗に整えられえていた。日を浴びてその桃色の髪は僅かに金色に輝いている。絵に描かれているような美しいワンシーンに部屋の中外関係無く一同は思わず息を飲んだ。

「…………て、えっ、有名!? ど、どういう風にですか」

 反射神経が良いはずのテラですら見惚れていたのか反応が遅れた。

「冒険者の間ではその素早さにちなんで『弾丸の盗賊』と呼ばれていますが……ご存じなかったのですか?」

 首を傾げるフレア。耳にかかった髪が垂れる。

「い、いつの間にそんなバトル漫画みたいな肩書きが……」

 自分のことながら初耳だったテラ。バトル漫画みたいな人が何を、と爺やとケシィが同時に呟いた。



「……実はそんな盗賊を仲間にされている皆さんの実力を見込んで、お頼みしたいことがあるのですが……」

 ふとフレアがスプーンを置き、真っ直ぐと三人の方を向いた。その表情は先ほどまでの微笑みでは無く何かを思い詰めている様。

 食べかけの料理を前に手を止めていたセルが顔を上げる。

「頼み……というと、どのような……」

「近々、西の国が東の国へ攻め込む予定なのはご存じですか?」

 フレアの言葉に三人だけでなく爺やもえっと声を上げた。

「あ……あそこへ出向かうのは危険ですぞ。それをいくら腕が立つとはいえ、このような少年少女に依頼するというのは……」

 声を潜めてフレアに言いつつ、爺やは不安げな視線を三人に向ける。

 フレアはまだ悩んでいるような様子で、しかしはっきりと頷いた。

「危険は承知です。ですがこの先、あれが止められるほどの実力者に会えるか……」

「あれ……とは?」

 空の食器を片付けていたテラが聞くとフレアは窓の外の方を向いた。覗き込んでいた村人たちが頭を引っ込める。


「……あの砂漠の端に研究所があります。そこの所長のことです」

 フレアが見つめる先には海があり、その向こうには再び砂漠が広がっている。

「彼は……人造魔物を兵器として普及させようと企んでいるのです」

 突如飛び出した聞き覚えのある言葉の組み合わせに三人の顔色が変わる。

「な、何でその人はそんなことを……」

「単純な利益目的でしょう。まだ人造魔物が作れる研究所はそれほど多くありませんから……もしその利便性が広まれば、国々は競って彼に大金を支払うはずです」

 国々、という事実にセルは言葉を失う。黙って聞いていたケシィが口を開いた。

「申し訳ないですが、それは」

「分かりました。……所長さんを止めに行きます」

 断りかけていたケシィはセルの顔を見た。決して取り乱しているわけでは無く、その目には強い意志が感じられた。

「それで人造魔物達が兵器にされないなら……僕は絶対に所長さんを止めてみせる」

 断言するセル。ケシィは何かを言いたそうに口を開いたままだったが、その姿を見て諦めたように肩を落とした。

「……行くと言うなら……私も付いていくわ」

「え……いいの?」

 明らかに安心したらしくセルの表情が緩んだ。そんな顔をされたら行かざるを得ないでしょう、と言いたげな表情でケシィは頭を抱える。


 皿を回収しに来たテラがケシィに小声で聞いた。

「い、良いんですか……? もし相手を傷つけるようなことになったら……」

「極力ならないようにはするわ。……セルは言い出したら聞かないのよ」

 呆れた風に呟くケシィ。しかしその表情は完全な呆れでは無い。


「では、早速向かいましょう。転移魔法を使用するので外へお集まりください」

 フレアの声を聴いて一同は外に出た。覗いていた村人たちは慌てて各場所に散らばっていった。






「っと……着きました。……ここが例の研究所です」

 着地すると同時に五人を包んでいた魔力が風にかき消された。

 ケシィは不思議そうに地面の砂を観察している。

「やっぱり……地面の方に何か特殊なものがある訳では無さそうね」

「え、見ただけで分かるの……?」

 しゃがみ込むケシィの隣で、セルは不思議そうに地面を眺めている。

 砂の上で腕を組み横目に二人を見る爺や。

「ここだけ切り取れば何とも微笑ましい光景なのですがな……」

 一同の前にそびえたつ白い建物。その至る所で赤いレーザーが光り、物々しい空気が周辺の砂漠を支配していた。

 一歩下がり改めて全体を見渡す爺や。地面を眺めるセルとケシィ。横で研究所を見上げるテラ。髪を抑えながらズボンの裾を直しているフレア。

「……ほぼハーレムですな…………」

 若干羨ましそうに爺やは呟いた。




 研究所の中へ入っていく三人と爺や。フレアは外で待機している。

 その様子を建物の陰から眺めている水色のゲル状の何か。


「久々に来てみれば……あの人間、まさか研究長を止めるつもりっすか……?」

 独り言を呟くゲル状の何か。その発言は間違いなく自身が人間以外の何かであることを示していた。

 ……はずだったが、瞬く間にゲル状の何かは人間の青年に姿を変えた。

「ていうかあの先頭の子供、よく見たら人間でも無さそうっすね……何すかあれ」

 首を傾げ、青年は建物の裏に回った。

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