07
停止する馬車。窓から月明かりが差し込んでいる。
肩を寄せ合い眠っているセルとケシィ。
「あ、あの……お眠りのところ申し訳ないのですが……」
御者の女が二人を揺さぶる。眠そうに目を開ける二人。
女は不安そうに外の方を向いた。
「ご一緒にいたお嬢様が、先ほど村へ入ったきり帰って来ておらず……」
「……テラが…………?」
目をこすりながらセルは体を起こし、ぼんやりと窓の外を眺めた。
「…………えっ!?」
そして突然声を上げ馬車を飛び出した。二度寝しかけていたケシィが目を覚ます。
「とっ、止めに行かないとっ!」
セルは家が立ち並ぶ方へと走り出した。
海岸沿いに点々と光る火の灯り。馬車は海辺の村に到着した。
村の真ん中で睨み合う子供と老人の男。老人の方は手に剣を持っている。
「て……テラ!」
セルは駆け寄り子供の方、テラの腕をそっと掴んだ。咄嗟にテラは腕を振りほどこうとする。
「放せっ…………あ、セル」
後ろのセルに気が付くと同時に力が抜けた。
「ごめん、起きてなくて」
謝りつつセルはテラに怪我が無いかを確認する。少なくとも見える範囲に怪我はない。安心したセルは掴んでいた手の力を緩めた。
「…………テラ、どうしたの……?」
固まったままセルを見上げるテラ。手は微かに震えていた。
「だ……大丈夫だよ? あのお爺さんも優しそうだし、謝ればきっと……」
老人は剣を下ろし心配そうに二人を見ている。二人の姿に気が付いたケシィがこちらへ向かって走ってきた。そしてその不穏な空気に足を止める。
「ケシィ、テラが……」
セルの言葉にケシィはテラを見た。テラは足をずらして後ろへ下がろうとしている。
「…………セル、手を離してあげて」
少しためらいながらケシィは言った。
「え……で、でも」
「大丈夫よ。もう衝動は収まっているみたいだし」
セルはテラの目を見た。手を離した瞬間テラは風のような速さで海岸近くまで飛び退いた。砂浜の砂が舞い上がる。
気まずそうに視線を逸らすテラ。潮風に吹かれてポニーテールが揺れ動く。
月明かりの中、老人は一連の流れを不安げな表情で眺めている。
「爺や? このような夜中に何を……」
老人の後ろの民家から女がランプを片手に出てきた。
突然現れた女に一同の視線が集まる。
「え、あ、あの……旅人の方達……ですか?」
注目された女は困ったようにランプを持った手を上げた。
ランプの灯りで照らされた女の頬は白く滑らかで、オレンジの光を灯した月のような瞳、上で丸く束ねられた桃色の髪……一言で言って絶世の美少女だった。
更に注目された絶世の美少女は助けを求めるように老人の方を向く。
「爺や、この方達は……」
老人は剣を直しつつ改めて旅人三人を見渡す。見定めるような鋭い目つき。
「……おお、挨拶が遅れておりましたな」
しかし、その目つきは柔和な老人のものへと変わった。張り詰めていた空気が緩む。
女は老人の言葉に慌てて三人へ向けて姿勢を正した。
「私としたことが……申し遅れました、フレアと言います。そしてこちらが……」
「自分はただの付き人にすぎませぬ。気軽に爺やと呼んでくだされ」
女と老人改め、フレアと爺やの丁寧な挨拶にセルとケシィも姿勢を正して名乗った。後ろの方で棒立ちしていたテラは避け損ねてケシィに頭を掴まれる。
「なっ……何しやがる!」
「せめて挨拶くらいしなさい」
抵抗もむなしく頭を下げさせられるテラ。
「あのお二人……まるで姉妹の様ですね」
フレアは微笑みながら二人を眺めている。月明りの下で美少女が微笑んでいるという絶景を前に、セルは一緒に二人を眺めている。
「そう言われてみると……」
嬉しそうに見つめるセル。先ほどまでの不安は消えているように見えた。
月は真上に登り、静寂の中波の音だけが響いている。
波打ち際に座り込むテラ。足元で海水が寄せては引くのを見つめている。
「……くそっ」
テラはナイフを砂に勢いよく突き刺した。湿った砂にナイフが立つ。
「夜風に当たってたら風邪をひくわよ」
後ろからした声にテラは振り向いた。小さな手が海水に浸る。
ケシィは風になびく長髪を手で抑えながら立っていた。
「……ケシィか。別に構わねえだろ、つか今更だ」
「それもそうね。でも構わなくは無いわよ、特に」
テラの隣に座り、ケシィは宿屋の方を向いた。
ナイフを引き抜きテラは月の映る海面を見つめている。
「……セルのことが怖いんでしょう」
が、ケシィの一言に顔を上げた。
「こっ、怖い訳」
「誰だってそう思うわよ。……あんな抵抗不可な力を見た後なら」
そう言うケシィからは恐怖心は感じられない。テラは思い出して身を震わせる。
「な、なら何でケシィは……」
ケシィは少し考え込んでから海の方を向いた。
「セルになら殺されても構わないと思えるからかしら」
真顔で呟くケシィにテラは高速で身を引く。
「は!? な、何言って」
「冗談よ。セルはそんなことしないわ」
突拍子もない冗談に、恐る恐るテラはケシィの隣へ戻った。
ふとケシィは手に持っていた杖を家が立ち並ぶ方へと向けた。
「もしここで火炎魔法を放てば、きっとこの村は燃え盛るでしょうね」
普段と変わらぬ冷静な表情でケシィは家々を眺めている。
「まっ、待て! 早まるな!」
即座に前に回り杖を抑えるテラ。しばらく杖を向け続けた後、ケシィはぱっと手を離した。反動で杖は地面に叩きつけられる。
「……分かったでしょう。私だって人くらい簡単に殺せるのよ」
杖を拾い上げ、砂を払いながらケシィは立ち上がった。
「貴女だって。その素早さとナイフの腕があれば人殺しくらい簡単なはず」
「そっ、そんなこと……」
テラは言いかけて、言葉を止めた。
「問題はやるかやらないかよ。勿論それを判断するのは貴女だけど」
再び宿屋の方を向くケシィ。潮風に吹かれて髪がさらさらと揺れる。
「しばらく見ていれば分かると思うわ。セルは人を傷つけたりはしないって」
そのままケシィは宿屋の方へ歩き出した。
夜の海岸に一人残されたテラは茫然とその後姿を眺めていた。
巨大なタンクの前で腕を組む白衣の男。タンクは濃度の高い魔力で満たされている。
「研究長、どうするんですか? きっと勇者はここまで来るかと……」
隣でボードを見ていた青年が不安げに白衣の男の方を向いた。
「何を言っている。勇者と言えば恰好の研究材料、捕える以外無いだろう」
「で、ですがそんなことが出来るとは……」
白衣の男はタンクの横に並ぶ戸棚から何かを取り出した。
「情報によると勇者は過度なお人好し……ならば少し弱って見せればいい。あとは」
その手に持たれていたのは細身の注射器。
同時にタンクから蒸気が噴き出し扉が開いた。黄緑のゲル状の何かが漏れ出す。
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