06

 玉座の間は静まり返った。



「……あ……い、生きて…………」

 国王は自分の首から上があることを確認した。

 セルは国王の頬に当たる寸前で手を止め、その状態から動かなくなった。


「……いっ……今のうちだ、こっ、この者を捕らえろ!」

「え…………は、はっ!」

 国王の命を受け兵士たちは槍を手にセルを取り囲む。そのうちの一人が手錠を取り出しセルの腕を掴んだ。その荒々しさにセルの手が横に落ちる。

「はっ……反逆及び侵入罪で貴様を逮捕する」

 片手に手錠をかけ反対の腕を掴んだところで兵士はふと動きを止める。

 セルのフードは僅かにずれていた。

「えっ、そ……その髪」

 思わず手を離した兵士。その隙にケシィがセルの手を引きフードを下げる。

「走って!」

 扉目掛け走り出すケシィ。セルは手を引っ張られて部屋を出た。テラも後を追う。

「な、なんだ、あの力は……」

 開かれた扉の前で、王子は走り去っていく三人の姿を茫然と眺めていた。








 城門から離れ、砂漠の真ん中。

 息を切らししゃがみ込むケシィ。セルとテラはまるで息が上がっていない。

 心配するテラをよそにセルは手錠を付けたまま砂の地面をじっと見ている。


「ご……ごめん、ぼ、僕があんなことをしたせいで……」

 セルは見ていられないほど狼狽えている。

「だ、大丈夫ですよ。先に進めさえすれば問題は無いはずですから……」

 言ってからテラは確かめるようにケシィの方を見た。荒い呼吸をしながらケシィは杖を突き立ち上がる。

「え……ええ。も、問題は……無いわ」

 下を向き息を吸いながら途絶え途絶えに話す。

「だ、だけどこれで指名手配とかになったら……」

「既に……大して、変わらないわよ」

 息を整えケシィが言った。え、と声を上げセルとテラが同時にケシィの方を向く。

「え、か、変わらないって……」

 暗さは消えたものの困惑し切った様子のセル。

「素性を明かせないという点では、ってことよ」

 その言葉にセルは安心して息をつく。一方テラは何かが引っ掛かったようで、不安げにセルを見た。


 しかしすぐにセルは思い出して後ろを振り返った。城壁に立てられ風になびく西の国の赤い旗。改めて見れば平常時ではあまりにも多すぎる数が立てられていた。

「戦争……どうにかして止めないと…………」

 旗を見つめているセルの肩にケシィがそっと手を置いた。

「一度……少し間を置いて頭を冷やすべきよ。今の貴方は冷静さを欠いている」

「でっ、でも」

 振り返りセルはケシィの目を見た。

「…………ごめん……確かにそうだった。あんなことをしたばかりなのに……」

 前を向き再び砂に目を落とすセル。

 ケシィは何かを言いたそうに、それでも杖を握りぐっとこらえてその背中を見つめている。

「……ケシィ、僕に氷魔法をかけてもらっても」

 だが、突然のセルの頼みに呆れたらしく手の力が抜けた。

「物理的な問題じゃないわよ……」

 頭を抱えるケシィ。

「え、じゃ……じゃあどうすれば」

 城門から何かが砂を舞い上げて勢いよくこちらへ突進してくる。

 咄嗟に避ける三人。砂煙の中止まったそれは、白馬を二頭連れた馬車だった。

 御者席に座り手綱を握る女はスカートにかかった砂を払っている。




「……や、先ほどは父上が失礼したな」


 馬車から降りてきたのは金髪に王族の服装をした……西の国の王子だった。

「城まで呼んだ旅人を何もせずに帰すのは、王族として不相応だと思ってな」

 白馬のたてがみに着いた砂を落としながら、王子は三人の方を向いた。

 三人は状況が理解できずに王子と馬車を眺めている。馬車は町で見る布張りのものでは無く、貴族が使う窓や装飾のついた小部屋のようなもの。

「この近くの海辺に村がある。そこまでこの馬車で向かうと良い」

 馬を撫でつつ、城門から東の方を向く王子。

「この馬は城一足が速いからな。今から出発すれば……夜までには」

「あっ、あの」

 セルは王子の言葉を遮り、そして頭を下げた。

「先ほどはすみません! お、王様に手を出してしまって……」

「いや、謝らないでくれ。例え国民でなくとも王に意見するのは誰しもが持つ権利だからな」

 王子はセルに笑顔を向けた。昼下がりの砂漠で、その笑顔は太陽の如く輝いている。しかし笑顔は不意に曇り、王子は城門の方を向いた。

「第一、あれは父上にも非があっただろう……謝るのはこちらの方だ」

 西の国城下町を見つめる王子。それはまさしく次期国王の背姿であった。


 しばらく城下町を眺めた後、ふと王子は何かを思い出してセルの手元を見た。

 セルの右手に付けられたままぶら下がっている手錠。

「手錠を付けたままだったな。今鍵を……ん」

 王子が手を入れた胸ポケットの底から指が出る。セルは自身の手を見た。

「あっ、そういえば……」

 躊躇なくセルは手錠の鎖を引きちぎった。手錠は割れて砂の上に落下した。

「…………ちょ、ちょっと何やってるのよ。人前で……」

 ケシィに言われてセルは気が付き王子の顔を見た。

 壊れた手錠を見つめている王子。手錠はパンか何かのようにちぎれている。

「鉄を手で切るとは…………父上も言っていたが、やはりこのまま送り出すには惜しい逸材だな」

 真剣な表情で呟く王子に一同の視線が集まる。

「えっ……あ、あの僕たちは」

「冗談だ。何か用事があるのだろう? 早く行かないと夜になってしまうぞ」

 王子は笑いながらセルの手首にちらりと目をやる。当然傷一つ無かった。

 その王子の様子を不審そうに見ているケシィ。

「なら、お言葉に甘えて…………でも本当に乗せてもらっても……」

 セルは馬車を見上げる。

「遠慮することはない。この先も必要なものがあればこの国まで来るといい」

 王子はその不安をかき消すように笑って見せる。セルは王子の言葉に両手を横に振りながらも頭を下げた。王子に対してはこれで三度目である。




 砂埃を立てながら走り去っていく馬車。

 王子は砂漠の真ん中で腕を組み、小さくなった馬車を見つめている。

「成程……確かにあれは勇者で間違いなさそうだ」

 砂に視線を落とす王子。壊された手錠はその重さから砂に埋もれかけている。

「…………あの村に送ったのは間違いだったかもしれないな……」

 僅かに顔をしかめ、王子は振り向き西の国城下町へと戻っていった。

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