05

 天井に吊るされたシャンデリアの輝き。昼にもかかわらず煌々と光るそれを鏡のように磨かれた床と壁が反射している。

 大きな窓から洩れ込む日の光。部屋の中はどこを向いても光り輝いている。


 椅子に座り部屋を眺める少年少女三人。

「な、なんか眩しい部屋……」

「セルさんそれは率直すぎです」

 瞬きを繰り返すセルをテラが諫める。

「二人ともアウトよ」

 紅茶に口を付けつつケシィが呟く。


 ドアの前に立つ王子は濡れた髪を拭きつつ部屋に負けぬイケメンスマイルで笑った。

「これは亡き曾祖父の趣味でな。この城はこんな部屋ばかりだ」

 風呂上がりの金髪が部屋中の光を受けて輝く。年頃の女子であれば一目惚れしてしまいそうな立ち姿である。

「ご曾祖父様の……セル? こういう場では剣は外すのよ」

 ケシィに言われ、慌ててセルは剣を鞘ごと取り隣の椅子に置いた。

「ふむ、剣は取るのにフードは取らない……実に変わった者達だな」

 王子はからかうように笑って見せる。

「え、あ……あのこれは」

「いや構わないさ。うちの兵士共なんて兜も取らないからな」

 出会って以来笑い続けている王子。

 テラは紅茶には手も付けず窓の外を眺めている。

「……あの、恐れ多いことを聞くのですが……」

「あの武器の山についてだろう?」

 言い終えぬうちに王子が答えた。窓へ近づき外を眺める王子。先ほどまでの笑みはその一瞬のうちに深刻な顔つきへと変わっていた。

「父上は……隣国である東の国へと攻め込むつもりなんだ」

 王子の言葉にやっぱり、とケシィが小声で言った。

「攻め込むということは、国交関係に何か問題でもあるのですか?」

 ケシィの問いに王子は少しためらうも、首を縦に振った。

「勿論それもある……が、これは新兵器を試すための戦争でもある」

「新兵器……というと」

 窓の外に目を移すケシィ。人の居ない城下町には大量の武器や大砲が並べられている。しかし王子の言う新兵器らしきものは見当たらない。


 王子はタオルを机に置き、ドアの外へ三人を手招きした。

「今は地下に置いてある。案内しよう」

 三人は顔を見合わせ、椅子を降りて王子の後に続き部屋を出た。





 牢の中、三角座りで俯くゴブリンの少年。

「……だ、誰…………?」

 手足は鎖に繋がれ、肩には鞭で打たれたような古い傷あとがある。

「だっ、駄目だよ。人間には敬語を使わないと、また……」

 隣に座るグリフォンが少年を制した。グリフォンの手にも鎖が付けられている。

 奥では数体の魔物達が体を寄せ合いこちらを見ている。


「これが我が国の新兵器、人造魔物だ」

 まるで何でもないかのように王子は言った。

 牢の中の魔物達は怯え切った目で旅人三人を見ている。

「じ、人造魔物……」

 テラは立ち尽くして魔物達を茫然と眺めている。

「人造魔物、つまり人の手で作られた魔物。能力は本物より劣るのもあれば、逆に高性能になることもある……」

 淡々と解説する王子。

「並みの性能以上なら、こうして兵器として使用できる……というものだ」

 話し終えると王子は振り向き、セルを見て意外そうな表情をした。

「屈強な冒険者と見受けていたが……やはり魔物は見慣れていないのか」

 セルは階段の前で固まっていた。

 その目は牢の中の魔物達に向けられている。

 ケシィは何かに気が付いた様子で魔物から目を離し振り向いた。

「せ……セル」

「な、何でこんなこと……」

 セルが口を開いた。テラと王子もその異様な様子に気が付く。

 手を強く握りしめ、セルは突如振り向き階段を駆け上がった。

「まっ、待ちなさい!」

 咄嗟にケシィが声を上げる。杖を構えるもセルの姿はもうない。

「あっ……後を追いましょう!」

 テラが階段を上がっていく。少し間をおいてケシィと王子も階段を上がっていった。






 カーペットが敷かれた縦長の部屋の一番奥に金の椅子が置かれている。


 その上で肘をつく白髪交じりの中年男性。頭には王冠がのっている。

 それは国王であることの象徴。

「…………なんだ? 侵入者……にしては若いな」

 男性と反対側の扉。重そうな見た目にも拘わらず扉は大きく開かれたまま。

「それにその力……是非我が国の兵士にしたいほどだ」

 中に入り扉をそっと閉めると、セルは国王の方へ歩き出した。

 国王はその様子を肘をついたまま眺めている。

「……王様、話があります」

 セルは国王の前で立ち止まった。

「話か。……聞こう」

 国王は肘を下ろして椅子からセルを見上げた。


「魔物達を兵器に使うのはやめてください」

 国王の目を見てセルははっきりと言った。それとほぼ同時に後ろの扉が爆音と共に勢いよく開く。

「……何を言い出すかと思えば。流石は子供の考えることだ」

 国王は鼻で笑い、再び肘をついた。

 後ろに立って見ているケシィとテラ、そして王子。

「あれは魔物では無く人造魔物だ。まあ、どちらにせよ有効活用できるならするべきだろう?」

 国王の言葉にセルは負けじと訴えかける。

「例え人造魔物でも生き物です。それを道具のように扱うなんて」

 国王は首を傾げた。

「何を言っている。人造魔物は生き物ではない。道具だ」

 その発言にセルは息を飲んだ。

「どっ……道具なんかじゃ」

「道具だろう。喋って動いて思考するだけで……いや、道具に意思は無いか」

 口角を上げる国王。




「…………どうして……そんな酷いことを平然と」

 突然トーンの下がった声に国王が眉を上げる。

「ふん……力はあれど、精神はやはり子供か」

 セルは俯いたまま肩を震わせている。ケシィとテラは止めに入ろうとしたが、足がすくみ前に進むことは出来なかった。

 国王は震えるセルをよそに陰に並んでいた兵士に声をかけた。

「この不届き物をひっ捕らえろ。ああ、攻撃は構わないが生け捕りにしろ」

「は……はっ」

 数十人の兵士は一斉に敬礼をして国王の前に立つセルを囲む。四方から槍を向けられている中、セルは前へと一歩踏み出す。

「動くなっ!」

 後ろを囲んでいた兵士が槍を突き出す。槍はセルの背中に当たって止まった。

 セルが踏み出したところを中心に床に亀裂が入る。

「ひっ……ば、化け物……」

 槍を突き出した兵士はへたり込むように後ろへ転んだ。

「お、臆するなっ、陛下を守れ!」

 兵士たちは後ずさり誰一人として動こうとはしない。

 声を上げた高齢の兵士は槍を突き出そうとするも、直前で手を止めた。

「……な、何をしている。早くこの者を」

「魔物にだって意思はあります。人間と同じ、それ以上に頑張って生きているんです」

 セルは国王の目の前で立ち止まる。両手は強く握られている。

 国王は横へ逃げようして椅子の肘掛けにぶつかった。立ち上がれずにいる国王を見下げるセル。

「ま、待て。一度落ちつ」

「それを道具だなんて、兵器だなんて」

 腰を抜かした国王にセルが手を上げた。

「魔物だからというだけで、あんな酷いことをっ!」

 国王を睨みつけ、その頬目掛けて振り下ろす。

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