04
立って魔女を睨みつける老男性。しわと傷だらけの頬を涙が伝っている。
「急に居なくなって……やっと得た情報がその人なら自殺してた、って…………」
「え、あ、あの……す、すみません」
魔女は困惑して謝った。
その言葉に反応して老男性は更に強く魔女を睨む。
「すみませんって何ですか、謝って済む話じゃないんですよ!」
その剣幕に思わず再び謝りそうになった魔女は口をつぐむ。
「……あ……あのそんなに声を出すと出血が……」
「何でそんなに人の気持ちが分からないんですか! これでも怒って……」
言いかけて老男性は崩れるように地面に座り込む。魔女の言う通り老男性は傷が開き、そこから既にかなりの量の出血をしていた。
「あ……か、回復魔ほ…………あれ」
魔女は回復魔法を唱えようとして手を止めた。老男性の服から一度濡らして乾かしたように曲がった紙が出てきた。
「これ…………」
紙を手に取ると裏に何かが書かれていた。
「遺言というか命令、魔女ちゃんが起きたらプロポーズ…………」
読み上げる魔女。
遺言、と言っても最後に書かれている名は少なくとも魔女のものでは無かった。
静止する魔女。
老男性は紙を落としていたことに気が付き、魔女の手にあるのを見ると慌てて立ち上がろうとした。
「……何で私、忘れてたんだろう……」
抑揚無く呟く魔女。
「魔女さん……やっと思い出して」
「本当に私、皆忘れちゃったんだ。冒険のことも、その後のことも……」
涙を流す魔女だったが、それは涙では無く正確には水魔法のようなものだった。老男性は立ち上がれないまま魔女を見上げている。
「それなのに、何で私がアンデットなんかになってるんだろう」
「ま、魔女さん落ち着いてくださ」
思いつめた表情の魔女に老男性は必死に立ち上がろうとするも、出血量の多さによろめき倒れ込む。血の中に手を突き男性は顔を上げる。
「結局こうやって傷つけることになった。私が皆忘れるから」
魔女は手に持っていた杖を構え、数歩下がる。
「ここでもう一回死ねばいいんだ。そしたらもう傷つけることなんて無い」
先端は自身の胸に向けられていた。
「どうせ私はもう死んでるんだから」
笑顔で言う魔女。その顔は酷く青白い。
魔女に向けて震える手を伸ばす老男性。
「や……やめてください、ま……また」
目に映っていたのは遠い過去の似た場面。老男性の手が届く距離ではない。
杖の先に魔力を溜める魔女。それは老男性の全魔力に匹敵するほどの量だった。
「な、何で……どうしていつも……こう」
老男性の言葉に反応せず、魔女は息を吸う。
「氷魔ほ」
「禁術、記憶消去!」
しかしその前に強い魔力がぶつけられ、魔女は地面に転倒した。
手を伸ばしたまま息をつく老男性。
「……結局…………わしも、あの子と同じことを…………」
そのまま腕は地面に落ち、老男性は気を失った。
一方倒れた魔女は目をこすりながら立ち上がる。
そして目の前で倒れている老男性を見て首を傾げた。
「お爺さんが魔力欠乏で倒れてる……いや、これは失血……?」
困惑しつつも杖を向ける。
「回復魔法っ」
魔女が唱えると老男性の開いた傷が閉じ、血が止まる。
振り向き歩き出そうとした魔女は地面に落ちていた紙を拾う。
「何だろうこれ……お爺さんのかな……」
そして確認はせずに老男性のポケットの多い服にしまう。採取服の様だったが、老男性の着方はその下に町民服を着た、明らかに動きづらそうなもの。
「変わった人だな……ていうか何でこんな傷だらけ……?」
再度首を傾げ歩き出す。
「転移魔法っ!」
唱えると魔女の姿は消え、城門から少し離れたそこには老男性だけが残った。
「ただいま……ってな、何どうしたの」
小屋に戻るなり魔女は狼男と鬼に腕を掴まれた。
「あ、あの爪が凄い食い込んでる感覚がするんだけど……」
突然のことに困惑する魔女。思わず苦笑いする魔女の頭を鬼が乱暴に掴む。
「テメェ、堂々と人間の味方をしておいてよくもいけしゃあしゃあと」
「いや、そもそも魔女は人間でしたから……いつかこうなることは想定が」
狼男は言葉を止め、魔女をじっと見つめた。
鬼に頭を掴まれ更に困惑した表情で魔女は二人の顔を交互に見ている。
「……記憶を消されましたか」
突如狼男が呟いた言葉に鬼ははぁ? と声を上げる。
張本人である魔女はもう全く訳が分からないという様子。
「ど、どういうことだ? こいつが記憶を消されたって」
「憶測ですがあの人間は魔女の死に……いや、この場であまり話すべきではなさそうですね」
鬼は頭を掴んでいた手を離し魔女を見る。頭を離されたことに安心しつつ、魔女は困ったように狼男の方を向いた。
「あの……一旦手を離してもらっても……」
完全無視で狼男は魔女の額に手を当てる。
「な、何して……ひゃっ!?」
狼男の手から強い魔力が流し込まれる。咄嗟に逃げ出そうとした魔女の首を鬼が掴んだ。魔女は恐怖に目を見開いたまま狼男の顔を見ている。
「まあ……どちらにしても一応洗脳はかけ直しておきますが」
強い魔力が流れ出続けているにも関わらず狼男は落ち着き払っている。流し込まれる魔力の量の多さに、魔女は口を開き言葉にならない声を漏らす。
鬼は伝わってくる魔力の勢いに呆れた風に狼男を見た。
「……大体このくらいですかね」
狼男が手を離した。意識の朦朧としている魔女は鬼に支えられ床に座り込む。
「いくら転移魔法が稀とはいっても……お前、こいつに執着しすぎじゃねえか……?」
鬼は魔女を床に寝かせる。今にも崩れそうな小屋の割に板張りの床は塵一つ無い。
「それは貴方も同じじゃないですか」
「違が……や、そうかもしれねえ」
珍しく素直な鬼。狼男は不思議そうに魔女を見つめていたが、魔女が目を開いたのに気が付き視線をずらした。
と、同時に鳴り響く腹の鳴る音。
三人が振り返るとそばかすの女が恥ずかしそうに頭を掻いていた。
「……昼飯にするか」
「そうですね。今日は朝も適当でしたし」
切り替えの早い二人。言いつつ台所付近の机に着く。
「きゅ、急に何を…………え、あ……もうお昼ご飯……?」
起き上がった魔女はおぼつかない足取りで台所へ向かう。更に切り替えの早い人、否、アンデットがここに。
「ていうか何で私が毎日料理を……たまには二人も作るとか」
「いいじゃねえか。お前のが一番マシなんだよ」
マシという表現が引っ掛かるものの鬼の言葉に魔女は仕方ないな、と照れ臭そうに食器を用意しだす。
「にしてもなんだろう、この書き分けの出来てないキャラを見ているような気分……」
不思議そうに呟き魔女は冷蔵庫代わりの氷魔法のかけられた箱を覗く。
そこには切り刻まれた死体が種族関係なく血に浸されていた。
「……いやいや、こんな猟奇的な知り合い、絶対他に居ないよね……」
魔女は首を振り鹿の耳の生えた生首を手に取る。冷たさとその見た目に魔女の手に震えが走る。しかしそれでも表情は笑っていた。
「じゃ、今日は久々に腕を振るってカレーにしようかな」
机についていた鬼が魔女の手の中にあった生首を覗き込む。
「獣人の肉使うのか? たまにはぱあっとエルフでも」
その発言に狼男がため息をついた。
「駄目ですよ。エルフは少ない分貴重ですから……相変わらず計画性が皆無ですね」
「何だ、やるのか? 言っとくが俺は空腹時の方が……ん?」
横に座っていたそばかすの女が無言で鬼にコップを差し出す。中には僅かに白く濁ったほぼ透明の液体。
「気が利くな。丁度こいつのせいで喉が渇いてたところだ」
一気飲みする鬼。飲んだ瞬間、術にでもかかったかのように顔が赤くなった。
「こ、懲りないなあ……ていうか食事前まで喧嘩……」
鍋を持ったまま魔女は嫌な予感に後ずさる。いざとなったら鍋で殴るという構え。
「ところで……そこまで防御が堅いと何か不自然ですよね。一体何が……」
平然とした様子で狼男が立ち上がり魔女の胸に手を伸ばす。そこに下心は無い。
……無いには無いのだが。
「ホントお前らいい加減にしろっ!」
頭部目掛けて鍋を振り下ろす魔女。
別に殴られないというわけではなかった。
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