第二章 人造魔物の数え方
01
部屋の中で夫妻が空の瓶を眺めている。
「……全く分からん。何だこれは」
夫が首を傾げる。
「それが私もさっぱり。でもこれ、前にお屋敷の薬品棚で見たことがあるような……」
妻は瓶を傾け、窓から差し込む光に照らした。
瓶は何かのラベルを剥がしたあとがあり、底には青い液体が乾燥してこびりついている。日に照らされて赤く光るそれは明らかにただの色水ではなかった。
「この色…………確かに見覚えがなくも」
突然夫が目を見開いた。
夫は妻の手から瓶を奪い取り、慌てて靴を履きドアを開ける。
「ちょ、ちょっと? それ持ってどこ行くの?」
「あの爺さんの家だ! 間違いない、これは…………」
夫の言葉に妻は固まった。そして慌てて夫の後を追う。
宿の部屋に戻るなりテラが質問をした。
「何でセルって部屋ん中でもフード被ってんだ?」
今更な質問に対し固まるセルとケシィ。
「こ、これはその……実は僕、ものすごい冷え性で」
「明らかに嘘だろ。うっとおしいから取っていいか?」
瞬時にテラはセルの背後に回る。セルは同じ速度で咄嗟に振り向き回避した。
「……取ってどうなっても知らないわよ」
ケシィの一言にテラはベッドまで飛びのいた。
あまりのスピードにシーツが天井を舞う。
「まっ、待って! 何もしないよ!?」
セルは慌てて声を上げた。
翌朝、砂漠を歩く三人。砂の向こうに白い城壁が見えている。
「あれが西の国ね」
ケシィは地図を広げて確認した。相変わらず地図は解読不可能。
「西の国と言うと……綺麗なお姫様がいるという噂でしたよね」
テラは横から地図を覗き込み、想像外の物にえっと声を漏らした。
「お姫様かあ……会えるかな」
セルは暇すぎて砂をけりながら歩いている。そのせいで靴が砂だらけ。
「そう簡単に会えるものじゃないわよ。なんせ相手は王族……」
言いかけてケシィはセルを見た。相手が王族ならこっちは伝説の勇者なのだが、ケシィは思っただけでそれを口にはしない。
「……え、セルさんって王族だったんですか?」
変な風に解釈するテラ。
「えっ、ち、違うよ!?」
「あれ、違いましたか……? 立派な剣をお持ちだったので本当にそうなのかと」
城門は三人のすぐ目の前まで迫っている。
「ほら二人とも、よそ見したら危な…………」
ケシィの忠告より先にセルは城門に正面衝突した。
門番バッチを付けた兵服の青年が恐る恐る敬礼をする。
「ようこそ西の国へ…………あ、あの何か城門へこんでませんか?」
城門の左側、セルが思い切りぶつかったところは若干へこんでいるような気がしなくもない。
「……前からじゃないかしら」
堂々と白けるケシィ。セルは気まずさに城門から目をそらす。
「そ、そうですよね。ど……どうぞお通りください」
半信半疑のまま青年は敬礼し直す。
全力で避ける青年を横に三人は通り過ぎて行く。
そして早足で門をくぐり、入国してすぐその異様な空気に足を止めた。
城門の真横には新品の大砲が並べられ、木箱には砲弾が積まれている。床には布が敷かれその上に剣や弓、鎧などが並べられている。
「……え、えっと……これは」
セルは初めて見たという様子で大砲をまじまじと見つめている。
「ち、近くで見たのは初めてですが……これってもしかして、た、大砲……」
テラは真横に並ぶ大砲に思わず門の中へと戻った。一方ケシィは落ち着き払った様子で上を見上げている。
城の周りに並ぶ西の国の赤い旗。城の周りだけでなく、それは民家や城壁、置かれた大砲にまで付けられていた。
「……戦争ね」
魔物に対する攻撃準備とは違い人に攻撃するという、張り詰めた重い空気が国中に漂っている。城下町内を歩く人の姿はほとんど見られない。
「と……とてもお姫様が綺麗とか言ってられる空気では無いですね……」
「買い物して一泊したらさっさと立ち去りましょう」
淡々とケシィは言い宿屋を探すため城下町の中へ進んだ。
後を追おうとしてテラは振り向いた。セルは門の前で立ち止まっている。
「せ、セルさん、どうしたんですか……?」
「王様に会いに行ってくる」
「……えっ」
セルの発言にテラは一瞬フリーズした。
「王様に会いに行って、戦争なんてやめてもらえるよう話してくる!」
そして走り出すセル。テラが気が付いたときにはもう城の前まで来ていた。
秒速で状況を理解したケシィは杖を構える。
「水魔法っ!」
セル目掛けて全力で水魔法を放つ。水圧でセルはそのまま地面に転ぶ。
「な……何故あえて物理的に止めたんですか……」
いつの間にか城の前にいるテラ。城の前にあいた大穴は、水にもかかわらずそれがとてつもない威力であったことを示していた。
「セルはこうでもしないと止まらな…………あら」
セルは全くの無傷。しかし茂みの中に明らかに無事ではない人が一人。
「……やっちゃったわね」
「やっちゃった、って……あれ」
毛のついた赤い布の服。肩には金色の装飾が付いている。
「……明らかに王族ね」
その高貴な服装から瞬時にそれは分かったが、ケシィはそれでもなお冷静に茂みを眺めている。王族らしき青年は茂みに頭から突っ込んだまま動かない。
「……い、い……生きてる…………よね」
起き上がったセルは水浸しのまま王族の青年へ近づこうとする。
突如、茂みの中から笑い声が響いた。
と同時に茂みから飛び出し華麗に着地する王族の青年。三人は思わず後ろに下がる。
「いや、まさか命中した本人に生存確認されるとは」
顔を上げる青年。乱れた金髪に整った顔立ち、そして立ち上がる動作も含め、まさに王子様というような青年だった。
「申し遅れたな。西の国第一王子のリュナだ」
王子だった。
【 第二章 人造魔物の数え方 】
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