08
「……え、ちょっと、いきなり何言ってるのよ」
セルは不思議そうにケシィの方を向いた。
「……あ、ご、ごめん。ケシィの気持ちも考えずに」
「嫌とは一言も言って無いわ。ただ、こんな小さい子を連れてくのは流石に……」
少女は両手を握られたまま呆然としている。
「でも僕だって十五だし、十二歳なら」
「十五と十二じゃ全然違うわよ。第一貴方を基準にできるわけないじゃない」
ケシィの言葉に村人たちも頷く。
「なら僕が守る。ケシィも含めて皆守って見せる」
真剣な表情でセルは言い、少女の目を見た。
「……どうする?」
少女は問いに対し涙を流した。
「い……いいのか」
「勿論……えっと、あとはケシィが良ければ」
そう言いセルはケシィの顔を見上げる。ケシィは気まずそうに眼をそらし、少し考え込んでからため息をついた。
「正直その素早さには興味があったのよ。……でも、貴方だけには背負わせないわ」
その発言内容にセルはほっと息をつきつつ若干不安な様子。少女は涙を拭いてゆっくりと立ち上がる。
「無理だ、今更そんなこと」
その表情は何かの覚悟を決めたようだった。
少女はぐっと手を握り門の外へと走り出した。
「あっ、ま、待ってっ!」
セルは慌てて追いかけようとするももう少女は門の前にいた。先ほどまで立っていた男たちはそこにはいない。
「……おっと。逃げるのはちゃんとケリつけてから、だぞ」
代わりにそこに立っていたのは、橋の上で出会った兜を被った青年。
二人と村人たちは突如現れた青年を見つめている。
「……ふ、不審者のお兄さんが何でここに」
沈黙の中、セルが口を開いた。
「不審者は余計だっ!……ただ通りすがったら人がいっぱい居たので興味が湧いて、要は立ち聞きしてたって訳だ」
兜の青年ことお兄さんは服を掴み上げていた少女を覗き込む。兜の頭だけを被った怪しげな人物に少女は明らかな嫌悪感を示す。
「……見た感じ七歳、ってとこかな」
「十二だ! テメェこっから蹴るぞ!」
「やれるものならやってみな。俺はこう見えて最強なんでな」
言いつつお兄さんは少女の服を離す。咄嗟に少女は逃げようとするも既に村人たちに囲まれていた。
「もう限界なんだろ? まだ子供なんだし、大人しく人に頼ったらどうだ?」
お兄さんはしゃがみ込み少女と目線を合わせる。
「で、でも」
「あのな、困った時には人に頼るのも大切なことなんだ」
少女は聞き覚えのある言葉に顔を上げる。
後ろの方ではセルとケシィが少し驚いた様子でそれを眺めていた。
「まるで同じセリフね。人外じみた素早さに加えてあの不審者……貴方の生き別れた兄弟か何かかしら」
「そ、そんな人いないよ」
言いつつセル本人も不思議そうに門の前を見ている。
俯きかけた少女の肩にお兄さんが手を置いた。
「俺が言いたかったことは全部、先に言われちゃったからな……」
そう言いセルの方を指さした。セルはえっと声を漏らす。
お兄さんは少女の方を向き直し両手で勢いよく肩を叩いた。
「やっても見ないで全面否定するのはかっこ悪いからな、頑張れよ?」
少し痛そうに肩を押さえ、少女は再び顔を上げた。
「……あ、当たり前だ」
言うと同時に思い切り肩を叩かれる。
「よっし大丈夫そうだな。てことで俺は去るぞ」
うずくまる少女をよそにお兄さんはじゃ、と手を上げて村の外へ走り去ろうとした。
しかしふと立ち止まるとセルとケシィの前まで戻った。
「前に平和交渉は無理だと言ったな」
二人は思い出し何かを言おうとする。だがそれより先にお兄さんが口を開いた。
「前言撤回はしない。けどお前は勇者として立派だと思う、だからもっと自信持て」
小声で言い走り出す。ケシィは慌てて呼び止めようとしたが、もうお兄さんの姿は無かった。
「あ、嵐のような人だったな……」
村人たちは呆気に取られて外を見ていた。しかし肩を押さえながらじっとしている少女の姿を見て、大丈夫そうだと口々に言うと各自の家へ戻っていった。
後に残ったのはセルとケシィ、そして少女のみ。
「……え、えっと……それで……」
何かを言い出そうとしてセルはあくびをした。
「事も済んだことだし寝ましょう。で、貴女はどう……って」
二人が少女の方を向くと、少女は気が抜けたのか地面に倒れて熟睡していた。
「あ、あの、本当に謝っても謝り切れないことで…この恩はいつか必ず……」
少女は歩きながら謝り続けている。
村を出て草原を歩く三人。少女はバンダナを付け直している。
「気持ちは分かるけどやり過ぎね。村長軽く引いてたわよ」
「そ、そうだったんですか……すみません」
口癖のように謝り続ける少女にケシィはすっかり呆れている。
「でも、旅の許可取れて良かった。ちょっと緊張したよ」
セルは思い返して息をついた。
「私もあそこまで寛容的だとは思ってませんでした」
「寛容的というか…………本当にいいお父さんよね」
明らかに何かを言いかけていたが、ケシィは相変わらずの無表情。
セルはそれを見て小さく頷いた。
「じゃあ……今日は僕がケシィのお父さんに」
「逆よ。昨日なんて二人揃って宿屋の前で寝るものだから、背負って上まで上がったのよ?」
セルはきょとんとした表情をしている。
「えっ、そ、そうだったの……?」
「寝ている間に勝手に部屋まで来れるわけないじゃない……」
二人のやり取りを見て、少女は少し笑みを取り戻す。
「ていうかセル、貴方軽過ぎよ」
「そ、そうかな」
「そうかなって何よ。せっかくだしこの子に……そういえば名前をまだ聞いてなかったわね」
ケシィは少女の方を向いた。
「あ、えっと……自己紹介が遅れました。テラと言います」
少女改めテラは姿勢を正した。セルはつられて姿勢を正す。
「自己紹介、僕たちもまだだったよね。セルと言います」
「何でセルまで敬語になってるの。……私はケシィよ」
二人が言うとテラはにこりと笑った。
「セルさんにケシィさんですね。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね。セルの栄養管理は任せたわよ」
「はい!」
笑顔で返事をするテラを見たセルは、小さな声でよかった、と呟いた。
ずっと無表情だったケシィも微かに口元を上げる。
すっかり笑みの戻ったテラはふと後ろを向き立ち止ると、僅かに名残惜しそうに森を見つめた。そして二人の後を追って走り出す。と言っても一秒も経たないうちにテラは二人に追いついていた。彼女も十分人外レベル。
「頼ってばかりじゃいられないよね。頑張らないと」
小声で決心し歩き出すテラ。ポニーテールが左右に揺れる。
「……ってあれ、栄養管理?」
そして遅れて気が付くセル。
「覚悟してくださいね、絶対おかわりさせて見せますから」
テラは既にやる気満々。
セルはテラに、ケシィと似た何かを感じたのか。
「……う、うん」
笑顔で困惑気味に頷いた。
【 第一章 聖女×人外=勇者 完 】
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