07

 一同がセルに注目している。門の前にはいなかった村人たちも建物の陰から姿を現していた。


「回復魔法。……にしても、相変わらず人間離れした丈夫さね……」

 ケシィが唱えるとセルの傷は無かったかのように完治した。

「にっ……人間離れしてるってレベルじゃねえだろ、人外かよっ!」

 声を上げる盗賊。

「残念だったわね」

「えっ」

 セルがケシィの顔を見返す。その表情に一切の迷いは見られない。


 盗賊は舌打ちをしてナイフを拾おうとする。しかしナイフは既にそこには落ちていなかった。盗賊が鋭い目つきで村内を見回すと顔を出していた村人たちは慌てて隠れていた場所に戻った。

「さ、観念するんだな」

 しゃがんだままの盗賊に農具が突き付けられた。盗賊は素早く後ろに退避し、そこから男二人を睨みつける。



 ……が、不意に笑い出した。

 緩んでいた空気が一瞬で凍り付く。

「あー……もうどうにでもしやがれ」

 だが盗賊の言葉にすぐに村人たちに安堵が戻った。盗賊は両手を上にあげそれ以上の武器を持っていないことを表明する。

「縛るなり殴るなり殺すなり……ちゃっちゃとやれよ」

「勿論そうさせてもらうぞ。おい、誰か縄持ってるか?」

 門の前に立っていた男が言うと、木の陰に隠れていた青年があると言って取りに走った。一斉に村中で安心の声が上がる中、セルはふと何かに気が付き盗賊の方へ歩み寄っていく。

 そして挙げられた盗賊の手を握った。

「……なっ、何してんだ」

 盗賊が少し遅れて顔を上げる。反射的に足を動かすも手を引き抜くことは出来なかった。盗賊の反応に気が付いたセルは手を離す。

「ご、ごめん。……その、なんだか怖がってるように見えて」

 盗賊の周りにいた人々、男二人とケシィが盗賊を見た。

「は? 怖がるわけねえだろ」

「でも手が震えて……それに」

 顔をそらしている盗賊。その目には涙がにじんでいた。

「本当は楽しくなんて……ないよね」

 セルの言葉に盗賊は一瞬顔を上げ、すぐに飛びのくように数歩下がった。

「たっ……お、お前みたいなのに何が分かって……」

「分からないかもしれないけど……でも悩んでるなら、話を聞くくらいはできるよ」

 そう言いセルは真っ直ぐ盗賊の顔を見た。盗賊は先ほどの堂々とした態度から一転、立ち尽くしたまま狼狽えている。

 再び盗賊が辺りを見回すと村人たちの視線は盗賊へと集中していた。先ほどまでの話声は消え、村の中は静まり返っている。



「……夜になると耐えられなくなるんだ」

 不意に盗賊が呟いた。村中にざわめきが広がる。

「出来るだけ抑え込もうとはしている、けど出来ねえんだよ。どうやっても」

 まるで糸が切れたように盗賊は話し出す。盗賊が地面に視線を落とすとその目から涙がこぼれ落ちた。

「色々試したんだ。けど全部駄目だった。必ず夜になると悪事を働かずにはいられなくなる」

 盗賊の肩は震えている。縄を持って戻ってきた青年はその状況を見て戸惑っている。

「腕を切ってやろうと思ったことだってあった、けどそんな勇気無かったんだよ。こんだけ人に迷惑かけといて、本当馬鹿みてえだよな」

 腕で涙を拭き、盗賊は顔を上げた。

「なに躊躇してんだ、やるならさっさとやれよ!」

 大声を出し青年を睨みつける。睨まれた青年は手に縄を持ったまま困惑した様子で動かない。

 盗賊は青年を睨み続けていたが、突然しゃがみ込むと両手で顔を覆って泣き出した。

「……言う通り怖いんだよ。色んな人に迷惑かけて、親も悲しませるってのに、自分の身を案じてるんだ。……さっさと縛って連行でも何でもしろよ」

 そこまで言って盗賊は黙った。村人たちは盗賊を見ているだけで何もしようとはしなかった。静寂の中に盗賊の小さな泣き声だけが聞こえている。


 突如セルが盗賊の方へ近づき、腕を掴み上げた。

 盗賊は小さく悲鳴を上げてセルの顔を見上げる。

「せ、セル、何してるの」

 ずっと見ていたケシィが想像外のことに声を出した。周囲の村人たちもセルの行動に不安と恐怖の入り混じった目を向けている。

 セルは盗賊の腕をそっと手を離し、地面に座り込んだ。

「……良かった、傷は無いみたいで」

「え」

 盗賊の肩から力が抜ける。震えている盗賊の頭にセルは手を置いた。

「ずっと……頑張ってたんだね」

 そして盗賊の頭を撫でだした。盗賊はその手を払いのけようとして止まった。

「が……頑張ってなんて、んなわけ……」

「ううん、頑張ってた。……だけどもう、一人で抱え込まなくてもいいんだよ」

 盗賊は固まったまま頭を撫でられている。涙がとめどなく頬を伝っている。

 そして次第に盗賊の顔に巻かれていた布が後ろにずれていく。

「……え」

 布は音もたてずに地面に落ちた。盗賊は地面に落ちた布を見つめている。

「ご、ごめん、すぐ…………え、あれ」

 セルも固まった。


 露わになるポニーテール。盗賊の正体はあの十二歳の少女だった。

「……やっぱりね」

 ケシィが呟いた。

「やっぱりって……え、ケシィ気が付いて」

「いやな、俺たちもあの家の娘さんかなーって薄々思ってたんだよ」

 冷静に話し出す村人たち。

「こんな大人びた子滅多にいないからな」

「えっ!?」

 気が付いていなかったのはセルだけだった。

「前々から鈍感だとは思ってたけど……まさかここまでとは」

 ケシィが頭を抱える。

「で、でも話し方も違ったし、それに声も……」

「それだけ豹変する何かがあったってことよ」

 少女の方に目をやる。少女は予想外だという表情で村人たちを見ている。

「でもどうするんだ? 初めの予定通り、話聞いたら帰す、という訳にも行かないよなぁ……」

 村人たちは互いに顔を見合わせて話し出す。誰もが少女の方をちらちらと見ながら言葉を濁している。

「……城下町まで連れてったとして、監禁されるか拘束を受けるか」

 出てきた言葉に少女は息を飲んだ。その目は絶望に染まっている。




「それなら、夜になるたびに僕が止める」

 突然セルが発した言葉に全員が注目した。

「僕なら止められる。だから……一緒に行こう」

 セルは微笑んで、少女の手をそっと握る。

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