06
「ようこそ旅のお方。ここはサイショの村です」
兵服を着た女が敬礼をした。胸には門番の証であるバッチが付けられている。
「さ、サイショの村……?」
セルは先ほど素通りした木製の門を再び確認した。その上部には大きく太文字で『サイショの村』と書かれている。字が上手いのが余計に違和感を増大させる。
「酷いネーミングセンスね」
地図を広げて確認するケシィ。やはりそこにも同じ村名が書かれていた。
二人が村の中を歩いていると、農家の老年男性が畑の上でしゃがみ込んでいるのが見えた。
「どうしたんですか……?」
セルが聞くと男性は顔を上げる。
「ん、若い旅人さんか。実は最近歳のせいか土を耕すのがきつくてなあ」
地面に鍬をつく男性の手はマメが出来ている。震えるしわだらけのその手は男性がどれほどの老齢かを表していた。
「あの、もしよろしければ僕に手伝わせてください」
その発言に男性は驚いた表情でセルを凝視した。そして穏やかに笑った。
「その提案は嬉しいが無理だな、兄ちゃんみたいな細いのには鍬は重いと……試しに持ってみるかい」
男性は鍬を差し出した。鉄製の鍬は地面に刺さったまま鈍く光っている。
セルは鍬を引き抜くとよろめいて後ろに数歩下がった。
「ほう、案外力持ちだなあ。けどやっぱり重たかったか」
「あ……いえ」
踏みとどまるとセルは首を傾げつつ鍬を持ちあげ、そのまま畑の前まで戻った。鍬を木の枝のように軽々と持ちスタスタと歩くその姿に男性は呆然と口を開いている。
「はえ……兄ちゃん、どこにそんな力を……最近の青年は才能に溢れてるなあ……」
「ありがとうございます。それで、耕すのは…………」
笑顔で礼を言いセルは男性の指導の下畑を耕し始めた。定期的に男性がセルの鍬の持ち方を気にしていたが、その割に何故か畑は耕せている。
「最近の青年はあそこまで滅茶苦茶じゃないわよ……」
ケシィは目の前の異様な状況に苦笑いした。鍬を持つ手はむしろ人並み以下に力の無いように見える。
「いいねえ。あんなカッコいい彼氏連れてるお嬢ちゃんが羨ましいわ」
不意に後ろから現れた三角巾の中年女性に声をかけられた。
「えっ……い、いや別に付き合ってるわけじゃ」
「あら違ったの? 私はお似合いだと思うけどねえ」
お似合いって、と繰り返しケシィはセルの方を見る。少なくとも年齢的には近い。
女性はニヤニヤと笑いながら、何かを思い出したように手を叩いた。
「そういえば村長さんが腕の立つ人を探してたわよ。行ってみたらどうかしら」
「村長が? 一体何の目的で……」
「何でもこのところ、毎晩盗賊が出て村の倉庫から色々盗んでいくんだとか」
盗賊という言葉に反応してケシィが振り向く。
「でも不思議なことに朝になると盗品が戻ってくるのよ。それでも夜中に牛や鳥が騒ぐわで、村長さん最近ちゃんと眠れてないみたい」
心配そうに女性は横に建つ家を見た。村の中でも比較的大きなその家のドアには、村長と書かれた表札が掲げられている。
「……毎晩、噂の盗賊ね」
呟き、ケシィはつい先ほど出てきたばかりの森に視線を移す。
「どうやら避けては通れない問題のようね……」
うなだれつつ畑のセルの方に視線を戻した。いつの間にかセルは数人の村人に囲まれ引っ張りだこになっていた。
その中には上質な服を着た老齢の男が混ざっている。
珍しく自信ありげな表情のセル。しかしケシィはあからさまな溜息をついた。
「あんなのに引っ掛かるならもうとっくに捕まってるわよ……」
柵の向こうにあるのは若干盛り上がった地面、夜中の暗闇の中でもはっきりとわかるほど不自然な盛り方をされた土。
「いくらなんでも、落とし穴って……」
ケシィは頭を抱える。
「そ、そう言われてみると……」
あっという間に消失する自信。慌ててケシィはフォローする。
「あ…いいえ、無理と限ったわけでは無いわ。一応やってみて、駄目なら強行策に出るまでよ」
そう言って手に持った杖を僅かに上げる。セルはその動作に顔を引きつらせた。
「い、痛くないようにね……?」
「ええ。出来る限り水魔法までにとどめておくわ」
木造の家々を見てケシィが呟く。何かを言おうとしてセルはあくびをした。
「ずっとここから見てるけど、あの子……なかなか来ないね」
「あの子って……眠いなら寝てていいのよ、盗賊が来たら起こすから」
そう言うケシィも何度も目を閉じて眠そうにしている。月は既に真上を過ぎている。
「で、でも僕だけ先に寝るわけには」
二人の横、柵の向こうから子供の声が聞こえた。
穴の中には顔に布を巻いた子供、昨夜の盗賊が落ちていた。
底には藁が敷き詰められ、深さもそこまで無いため盗賊に怪我は無い。しかしそれほどの深さでも上がってこられないほど盗賊の身長は低かった。
「まさか本当に引っ掛かるなんて……」
覗き込んだケシィの一言に盗賊は二人を睨みつけた。
「テメェらが掘ったのか。で、ここからどうするつもりだ?」
「あ、えっと……今引き上げるから掴まって」
穴の中に手を伸ばすセル。えっ、とケシィが声を上げた。
「な、何で引き上げるのよ。捕まえるなら今のうちじゃない」
「でも……穴の中だと」
「はっ、野郎のくせに甘ったれてんな」
盗賊は止める間もないほどの素早さでセルの腕を踏み台にして穴の外へ出ると、そのまま村の外へ走り出した。
しかし二人が顔を上げると、盗賊は村の門の前で立ち止まっていた。
「ここは絶対に通さない。今夜こそ逃がさないからな」
「毎晩毎晩きやがって、村と村長さんの健康は俺たちが守るんだ!」
木製の門の前には二人の若い男が立ちはだかっていた。その手には鍬と鎌、どちらも農具だが武器としても使えるものだった。
「……ちっ、癪なことを」
盗賊は少しづつ後ろへ下がっていく。
突如ナイフを取り出す盗賊。
「危ないっ!」
とっさにセルが走り出す。だがそれより早くナイフは男たち目掛けて投げられた。
目の前に迫るナイフに声を上げる男たち。農具を構えようとするももう遅い。
ナイフは音もたてずに地面に落ちた。刃先には血がついている。
と言っても、刺し傷からの出血とは思えないほどの僅かな量だった。
「……ま、間に合った……」
息を切らしつつ男たちの前に立ちふさがるセル。
その頬からは少量の血が流れていた。
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