04

 机の上にはシチューとパンが人数分並んでいる。

「慌てて作ったので切り方が甘いかもしれませんが……」

 ミトンをはめたまま机の前に立つ少女。それはとてもこの幼い少女が作ったとは思えない出来栄えだった。立ち上るシチューの香りに、ケシィは恐ろしいものを見るかのような目で少女を見ている。

「え、えっと……これ、一人で作ったの……?」

 セルの問いに少女ははい、と頷きにこりと笑った。

「今日くらいは俺が手伝うって言ったんだけどなあ、絶対一人でやるってこいつが」

 エプロン姿の男が奥の部屋から出てくると、少女の肩に手を置いた。

「だっ、だってお父さんの料理は……ちょっと」

「ん?……ほう、お前ももうそんな年頃か。娘の成長とは早いものだな」

「違うよ! お父さんの料理いっつも黒焦げだから……」

 肝心なところで言葉を濁す少女。男改め少女の父親は不思議そうに少女の肩を叩いて笑っている。少女は若干痛そうにしているが、その表情は笑っている。

 幸せそうな親子の姿をセルは楽しそうに眺めている。一方、隣に座るケシィは少し寂しそうにそれを見ている。その目は二人ではなく、そこにはいない人物を見ていた。


 少女は二人に気が付くとミトンを外して席に着いた。

「遠慮なく食べてください。手伝っていただいたお礼ですから」

 ニコニコと二人を待つ少女。セルはスプーンを手に取りシチューを飲んだ。

「……おいしい……!」

 セルが顔を上げると少女は照れながらスプーンを手に取った。

「お口に合って良かったです。おかわりもありますからどんどん食べてください」

「でも……本当にいいの? あの子を運んだだけなのに泊めてもらうなんて……」

 申し訳なさそうなセルの背中を父親が勢いよく叩いた。

「子供がそんなこと気にするな! それにこいつ一人だと真夜中になってたからな」

 笑う父親。少女は心配そうにセルの方を向いたが、セルはあの勢いで叩かれても全く動じていない。

「それにしても凄い腕前ね……まだ小さいのにここまで作れるなんて」

 ケシィは少女に感心しつつシチューを飲んでいる。

「そう言って貰えて光栄です。でも私、こう見えて十二ですよ」

「えっ」

 あからさまな反応のセル。ケシィも声こそ出さないがかなり驚いた様子。

 少女は想像していた通りの反応に苦笑いしながら、自分で作ったシチューを飲んでいた……



 が、ふとスプーンを置くと席を立った。

「す、すみません……部屋に戻ります」

 立ち上がった少女の顔は青ざめ机についた両手は震えている。ついさっきまで楽しそうに笑っていたとは思えない、今にも倒れそうな状態だった。

 少女はおぼつかない足取りで走り出すと、廊下の突き当りの部屋に入り扉を閉めた。

 机の上には食べかけのシチューとパン、そしてスプーンだけが残されている。



 突然の出来事に二人は動かない扉をじっと見つめていた。

 父親は奥の席に着くと先ほどまでの豪快な様子とは違い、肘をつき頭を抱えてため息をついた。その顔からは仕事疲れとは違う疲労が感じられる。

 しかしすぐに机から手を離すと、元の笑みに戻った。

「すまんな、あいつは毎晩あんな調子なんだ。気にせず食っててくれ」

 そうは言うものの父親は扉をしきりに気にしている。部屋の扉は微動だにしない。

 二人は父親の言葉にシチューを再び飲みだした。


 しばらくしてセルは手を止めると、パンをちぎっている父親の方を向いた。ちぎられたパンは一口で食べられるとは思えない大きさ。それが気になりつつも思い切ってセルは父親に声をかけた。

「あの……もしかしてあの女の子は、病気とか…………」

 父親は少し意外そうに顔を上げ少女が駆け込んだ扉の方を見た。そして間をおいてから二人の方に視線を戻した。

「いや、違うだろうな。……まあ、ある意味病気かもしれないが」

 そう言った父親の表情は暗い。

「それならどうして……」

「ああなったのは母親が死んでからなんだ」

 え、と声を漏らしセルは父親の顔を見た。

「去年、城下町に向かう途中魔物に襲われてな。……あいつをかばおうとして殺されたんだ。それをずっと気にしてるんだろう」

 セルは部屋の中を見回したがそこに人影は無い。部屋に漂う家庭的なシチューの香りは、その話を聞いた後ではこの場に居ない母親の名残のように感じられた。

「……や、つい客に暗い話をしてしまったな。すまんすまん」

 俯いていた父親が顔を上げた。その笑みすらも無理やりのように見える。

「い、いえ。僕が聞いたことなので」

「まあ、朝になったら元気になってるだろうから……」

 再び部屋の扉を見た父親は、急に思い出したように声を潜めた。

「今話したことはあいつには内緒だからな?」

「え、あ……はい」

 セルはどこか気まずそうに頷いた。ここから廊下の突き当りまでの距離とはいえ今の話は聞こえていたであろう、というくらい父親の声は大きかった。


 ケシィはそのやり取りを聞きながら黙々とシチューを飲んでいる。

「…………毎晩、ね……」

 手を止めポツリと呟くと、ケシィは無表情のまま扉の方へ視線を向けた。







 真っ暗な部屋の中でセルは天井を眺めていた。天井の木目は見方によっては幽霊の顔ともとれそうだったが、それとは別のことを考えていた。

「……あの子、大丈夫かな」

 それは少女のことだった。セルは布団にくるまり横を向いた。窓から差し込む月明かりを挟み反対側のベッドではケシィが静かに寝息を立てている。

 不安げに見つめるセルだったが、次第に瞼が落ちてきた。

「ん……そろそろ眠くなってきた……」

 あくびをして、壁の方を向き目を閉じた。

 部屋の中は森の木々が揺れる音と足音だけが聞こえてくるような静けさ。



 しかしすぐに目を開き枕もとを確認した。

「……な、無い」

 そこには何も無かった。ベッドの周りを確認するも落ちていたりはしない。

 物音に目を覚ましたケシィは、何かを探し回るセルに首を傾げた。

「……セル……? どうしたの、こんな夜中に……」

「どうしよう、盗まれたかもしれない」

 瞬きをしてケシィはセルのベッドを見た。枕もとのシーツには何かが置かれていたようなあとがある。

「一体何をそんなところに……」

 ケシィは立ち上がりシーツの後を再度見て、そして固まった。シーツに出来たへこみはまるで長い棒のような形をしている。

「……まさか…………伝説の剣を」

 下を向いたままセルは頷いた。ケシィは何かを言おうとしたが困惑しきったセルの顔を見ると、代わりに聞こえないような小ささでため息をついた。

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