03
青年はにっと笑うと二人のことをまじまじと眺めた……ように目の動きが見えただけで、実際の表情は兜のせいでまるで読み取れない。
「噂の盗賊じゃないにしても怪しさ満点よ」
ケシィは即座に杖を青年に向けた。青年は少し驚いたように両手を上げた。
「最近の子供は喧嘩っ早いな……ん? や、俺も最近の人間か」
動作とは裏腹に声と内容には緊張感が無い。
「あ、あの急にすみません。それで……噂の盗賊について何か知っているんですか……?」
セルが聞くと青年は頷いた。鉄の兜がガチャリと音を立てる。
「知ってる。と、言ってもメチャクチャ素早いってことくらいだけどな」
言うと同時に二人が構えた。
青年は少し間を開けた後、あ、と言い片手を振った。
「俺なんて目じゃないぞ、あんなのと比べたら」
「えっ……そ、そんなに……?」
二人は姿勢を戻した。セルはさっきよりも不安そうな表情を浮かべている。
「あんなの……ってことは、盗賊と会ったことがあるのかしら」
「あるある。一瞬砲弾撃ち込まれたかと思ったくらいの早さだったような」
青年の言葉にセルはさらに不安そうに息を飲んだ。ここまで顔色一つ変えなかったケシィですら表情から盗賊への強い警戒心が伝わってくる。
「……あ、あと盗賊は夜しか出ないって話だったな」
一気に二人の緊張が解けた。青年は顔こそ見えないが若干それを面白がっているように見える。
「んじゃ、俺は城下町の方に用があるからこれで」
そして満足げに二人が今来た方へと歩き出した。
「あっ、ありがとうございます」
セルは頭を下げた後、去っていく青年の後姿を眺めた。やはりどう見てもその姿は不審者としか思えない。
「私たちも行きましょう。早くしないと日が暮れるわよ」
ケシィがセルの肩を叩いた。セルは振り向き頷くと森が広がる方へ歩き出す。
「……あ、そうだ」
かなり離れた所から青年が声を上げた。驚き振り向いた二人に向かって、青年は周囲を警戒しつつ大声で言った。
「一応言っておくけど、平和交渉は無理だからな」
二人は突然のことにしばらく固まっていた。しかし気が付き青年がいた方を見ると、もうそこには誰もいなかった。
「な、何であの人が知って……」
セルは呆然と川の対岸を見つめている。その後ろで茂みが不自然に揺れた。
台所で幼い少女が箱の上に乗って包丁を握っている。と言ってもそれは犯罪的な意味では無く、ただ料理をしているだけである。
少女は小さくため息をついた。
「……ずっとこうしてるわけには、いかないよね」
背丈にそぐわぬ思いつめた表情で、包丁を置いた。
「おーいっ、また逃げてるぞー!」
突然窓の外から男の声と、後に続いて豪快な笑い声が聞こえてきた。
「えっ、また!?」
声を上げ、慌てて箱を降りて台所を飛び出して行った。
「もうこんな時間なのに……」
庭から空を見上げ、少女は不安そうに呟く。
ケシィは森の中を歩きながら、ずっと何かを考えこんでいる。
一方セルは手に持った地図と周囲を何度も見比べている。しかし大穴の開いた大木の前で止まると、諦めたように口を開いた。
「……あの、ケシィ……これ」
ケシィは顔を上げると目の前の大木をじっと見つめた。
「……この木がどうかしたの?」
「この木、もう三回くらい見たような……」
首をかしげてケシィは地図を横から覗き込む。地図は上に広がる木の陰になっている。上を見上げるといつの間にか日が大きく傾いていた。
「迷ったわね」
きっぱりとケシィは言い切った。
「や、やっぱり……どうしよう、こんな時間に森で迷うなんて……」
セルは気まずそうに空を見上げた。
突如、背後の茂みが揺れだした。
「なっ、何!?」
セルは茂みから飛びのく。夕方の薄暗い森の中、茂みが揺れるというのは完全にそういう流れだった。ケシィは落ち着いた様子で数歩下がると杖を構えた。
「……野生動物、もしくは盗賊かしら」
「え、え……でもまだ夜になるには早いよ……?」
茂みから視線を外さないままセルは少しづつ後退していく。そして反対側の茂みにぶつかり、悲鳴を上げて道の真ん中まで戻った。
空は赤くなりかけている。あと一時間もすれば空は真っ暗になるだろう。
「お、お化け……じゃない、よね……」
セルは恐る恐る口に出したが、ケシィは呆れたようにそれを見ている。
「幽霊なんているわけないわ。まあ、おじいちゃんは信じてたけど」
「最後の一言で余計に怖くなったよ……な、何で?」
「さあ。他のことに関しては徹底的に論理脳なのに、不思議よね」
そこまで言ってケシィは黙った。沈黙の中茂みの揺れる音だけが聞こえる。さっき以上に怯えた様子のセルは剣を引き抜いたものの、構えずに茂みを見ているのみ。
茂みに変化はなく、ただ不自然に揺れ続けている。明らかにその向こうには何かがいるが、セルはそれを覗こうとはしない。
「……出てこないわね。覗いてみようかしら」
杖を構えたままケシィが茂みに近づく。
「えっ……あ、危ないよ」
セルは止めようとするもそれ以上近づけない。
ケシィが茂みに数歩近づいたとき、急に茂みが大きく揺れだした。
そして茂みが横に割れ、そこにいた何かが姿を現した。
再び悲鳴を上げて飛びのくセル。しかしそこにいたのは……
「……う、牛?」
牛だった。
「牛ね。一体なんでこんなところに……」
ケシィが杖を下ろした。茂みの間にいる白と黒の牛は鼻先に葉っぱを乗せたまま鳴いた。その体は二人よりも小さい。
「まだ子供だよね……どうにかして家に帰してあげたいけど……」
セルは剣を鞘に納めると牛をなでようと手を伸ばした。牛がその手を口にくわえる。
「ひゃあっ!」
声を上げてセルは手を引き抜く。牛は一瞬後ろによろめいてどうにか姿勢を持ち直した。そして恐れるようにセルを見つめた。
「小さい割に踏ん張る力はあるのね」
牛を評価するケシィ。セルは慌てて牛に謝りだす。
「ご、ごめん……つい驚いて」
牛は余計に怯えて少し下がった。それを見たセルは俯いてよだれまみれの自分の手を寂しそうに見つめた。ハア、とため息をつきケシィはセルに声をかけようと一歩近づいた。
と、その時再び茂みが揺れ、少女が飛び出した。
「あっ! こんなところに…………」
少女は牛から二人に視線を移した。ポニーテールにバンダナを付けたその少女は、どう見ても八歳か九歳ほどの幼さだった。
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