02

 カウンター席に着いた二人は店主から飲み物を出された。

「それにしても久々に肝が冷えましたよ。いくら何でもあんな魔法を放つなんて……」

 店主は苦笑いしている。なおコップの中身は両方とも牛乳。

「あの程度、もし当たっても死にはしないわ」

「普通に即死です。セルさんのせいで感覚が麻痺してるだけですよ」

 少女と店主の会話をセルは聞いていることしかできない。


「それで……お二人は本当に魔王城に向かわれることにしたんですね」 

コップを拭きつつ店主が言った。

「はい。実は僕たち、魔王と平和交渉しようと思って……」

「あ、それは全てケシィさんから聞いています」

 えっと言ってセルは少女の方を向いた。

「しかし……いくらケシィさんがついているとはいえ、やっぱりやめた方が……」

 語尾を濁して店主はセルの方を見た。セルが何かを言う前に、ケシィと呼ばれた少女が発言した。

「何言ってるの。セルがいなかったら何も始まらないわよ」

 何も始めないほうが良いのでは、と店主は小声で言ったが、その言葉はケシィの耳にしか届かなかった。


 店主は諦めて話題を戻した。

「となると移動も大変ですよ、魔王城はなかなか遠い」

 反動で大きくなった声は後ろで三人を眺める男たちの耳にまで届いた。

「え、魔王城に行くのか!?」

 男二人が声を上げた。扉を閉めていなければ外まで聞こえてしまいそうな大声。そして口々に意見を言い始めた。

「絶対やめた方が良い。まだ賊もいるし野生動物だってうろちょろしてるんだ、セルさんのその性格で冒険は……」

「正直向いてないと思うな」

 断言する男たちにセルはわずかに下を向いた。

「私もそう思うわ。セルは世界一冒険者に向いてない」

 追い打ちをかけるようにケシィが同意した。

 コップを拭いていた店主がフォローに入る。

「まあ、セルさんお強いですし……冒険向きでは無いですが」

「ま、マスターさん……それ……」

 フォローでは無く同意であった。

 牛乳を飲み終えたケシィがセルの腕を引く。

「そろそろ行きましょう」

「あ、うん」

 席を立ちカウンターの上に置いていた剣を手に取る。ずれかけていたフードを下げて、セルはケシィの後を追って酒場を出た。

「気を付けてくださいね。近頃この辺で盗賊が出てるという噂ですから」

 立ち去るセルの後ろで店主が何気なしに言った。えっ、とセルは振り向き足を止める。しかしもう城門前で待つケシィを見て慌てて走り出した。

「な、なんかすごくその盗賊に会いそうな予感が……」

 旅立ちにもかかわらず不安げなセル。二人の後ろで店主と男二人が店先に出て手を振っていた。

 セルは足を止め、三人に手を振り返してから城門をくぐる。

 






 川岸を進む二人。

 行く手には既に橋が見えており、対岸には薄暗い森が広がっている。

 ケシィは肩にかけた鞄から地図を取り出すと、行く手に見える景色とそれを見比べた。そして何となくわかったような様子で地図から目を離した。

「道はこれで合っているようね」

 断言するケシィの表情はどこか不安げ。セルはその表情を見て横から地図を覗きこむと、何かを理解したように頷いた。

「……全然わからない」

 否、全く理解していなかった。

「正直私もよ。地名を読み取るのが限界ね……」

 ケシィは再び地図に目を落とした。青インクで描かれた新品の地図にもかかわらず、大陸と文字を読み取るのが限界という有様。しかし端の方に専門家用と書かれているのを見て二人はあっと声を上げた。

「これ、どこで買ってきたの……?」

「買ったんじゃなくておじいちゃんがくれたのよ。これ使えって…………あ」

 だからだ、と二人は同時に言い地図を見た。


 ケシィが頭を抱えた。

「失敗したわ。あの超理系から渡された地図を確認もせずに持ってくるなんて……」

 改めて見るとそれは科学者や教員なら理解できそうな地図だった。端の方には数字がびっしりと書かれ、何らかの基準で地区が細かく塗り分けられている。

「で、でも……地名と大陸が分かれば使えないことは……」

 セルは言いかけて口を閉じた。つまりそれでも分からないということ。

「これが魔王城だとしたら……現在地はここかしら」

 ケシィが指さしたのは地図の真ん中少し下にある町。ギリギリ見える大きさの文字で中央国城下町と書かれている。

「えっと……じゃあ次に行く農村はこっち……?」

 セルが指さした先にあったのは農村ではなく、南の国と書かれた町。

「反対よ。向かうのは北だから……でも農村がどこにあるのかまでは分からないわね」

 ため息をつきケシィは顔を上げた。橋はもうすぐ近くまで迫っている。



 先ほどの地点からは分からなかったが橋の上には人が立っていた。青年……に見えるが、その頭部は鉄鎧の兜で覆われて見えない。

「……怪しいわね」

 その場に立ち止まりケシィが呟いた。全身鎧を着ているわけでは無く頭だけ、というのが青年の不審者らしさを醸し出している。

「ま、まさか噂の盗賊じゃないよね……」

 セルすらも不審者と判断している。

「可能性はあるわね……でも、もしそうだとしたらここで倒すべきよ」

「えっ、そ……それは」

 言葉を詰まらせセルは橋の方を見た。しかしそこには誰もいなかった。

「残念。確かに俺は怪しいが……いや、そもそもこんな分かり易い盗賊はいない」

 突如背後から聞こえた声に二人は振り向いた。


 橋の上にいた不審な青年は、いつの間にか二人の背後に立っていた

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