伝説の勇者だから魔王と平和交渉することにした

伊藤 黒犬

第一章 聖女×人外=勇者

01

 夜空の下で草原を走る勇者。息は上がり、足は何度ももつれている。

「……こ、こんな」

 立ち止って息を整えつつ、勇者は後ろを振り向いた。

 そこにはただ草原が広がっているだけだった。

「こんな、世界、もう」

 しゃがみ込み、地面を思い切り叩こうとして拳を振り上げる。が、その手は寸前で止まった。勇者は光の無い目で地面に叫ぶ。

「もうこんな世界、滅んじゃえばいいんだっ!」

 地面を見つめたまま、力無い笑みを浮かべる。

「人なんて、皆……」

 笑みを消し、勇者は草原をふらふらと歩き出す。









「あーあ、俺も勇者様みたいに強かったらなあ」

 フードを被った少年が酒場の真ん中で二人の男に挟まれている。

「あ、あの勇者は」

 僕、と言いかけて少年は言葉を止めた。

「こんなところでガキを相手どってる暇なんかないだろうに」

 大剣を持った男の一人が少年のフードの襟を掴んだ。

 もう一人の兵服を着た男は少年の剣をジロジロと眺めている。

「こいつこんないい剣持ってるくせに構えることすらできないのかよ。最近のガキは甘ったれたボンボンばっかだな」

 少年が片手に握るその剣は、持ち主とは逆に堂々と天井のランタンの光を受けて光っている。それは少年が持つには大きすぎるものに見えた。


「あ、あの……」

 視線をそらし続けていた少年が顔を上げるも、何かを言う前に大剣の男が大声を出した。

「ああ? 今なんか言ったか?」

 少年は何かを言ったはずだったがそれは大声でかき消された。少年は俯いて扉の方へ視線を向ける。もう何度も見ているが一向に半開きの扉に変化はない。

 少年はそれを見ると再び男の方へ視線を戻し、思い切った様子で声を上げた。

「あ、あのここで剣を振り回したら危ないと」

 言い切る前に男が少年の襟を持ち上げた。少年は驚き思わず剣を手放しそうになったがどうにか持ち直した。

 男たちはしばらく顔を見合わせ……


 一斉に笑い出した。

「テメェみたいな貧弱な奴が剣を振り回したら危ない、だって? 笑わすな」

 兵服の男は笑いながら少年の腕を掴んだ。その腕は片手で掴み切れるほどの細さ。

「お前の剣なんか当たる前に止められるっつの。ほらさっさと剣構えろよ」

 大剣の男はフードを手放し背負っている剣を引き抜き少年に突き付けた。突き付けられた少年は小さく悲鳴を上げ後ずさろうとしたが、兵服の男に腕を引かれ足を止めた。

 流石に少年は諦めたらしく、しかしどうすればいいか分からない様子で剣を構えようとする。




 伝説の勇者だから魔王と平和交渉することにした




 と同時に、大剣の男は突如現れた少女に杖を向けられた。

「こんな堕落した人間相手に遠慮なんてする必要は無いわ」

 紫がかった髪を下ろした少女は男たちを冷めきった目で見ている。

 その言葉はフードの少年に向けたものだった。少年は慌てて剣を下ろした。

「ま、待って! こんなところで喧嘩は」

 少女は全く聞いていない。

 それどころが杖を更に前に突き出した。

「なんだお嬢ちゃん? 木の棒なんかいっちょ前に構えて」

「木の棒? 貴方たち、そんな年にもなって杖を知らないのかしら」

 少年が止める隙も無く、少女と男二人は向かい合い今にも喧嘩が起こりそうな雰囲気。少年は剣を持ったまま両者とカウンターを交互に見ていたが、五回目でカウンターの奥から酒場の店主が出てきた。店主は一同を見ると慌てて手を振り声を上げた。

「ちょ、ちょっとお客さん! 店内では剣も魔法も危ないですよ、ましてやその子達はっ……」

「マスター、心配しなくてもこんなガキにそんな力はねえって」

 大剣を持った男は笑いながら剣を少年に向け直した。その刃先は首に付く寸前で止まっている。少年は先ほどよりもはっきりと悲鳴を上げ剣を落とした。そしてすぐさま少女の方を向いた……


 が、止める余裕など無く少女は既に声を上げていた。


「火炎魔法っ!」

 店内に少女の声が響き杖の先から火球が吹き出た。とてつもない速さで。

「だ、駄目!」

 その火球に追いつく速さで少年は床に落ちたものを拾うと片手を振った。その手に握られているのは剣ではなく清掃用のモップ。剣は床に落ちたまま。

 火球はモップに直撃する前にその風圧で運よく窓の外へ飛んで行った。


 そして、窓の外で大爆発が起こった。





 少年は落ちかけたフードを被り直した。モップには気が付いていない。

 窓の外の草原には大穴が開きそこから煙が立ち上っている。少年が恐る恐る男たちの方を向くと、男たちは窓の外を唖然とした表情で眺めていた。

「す、すみません」

 少年は男たちに謝りつつモップを鞘に納めようとした。しかし入らない。


 男たちは窓から少年と少女へ目を移した。

「……何よ。人のことをジロジロと」

 少女は放った魔法の威力に反し落ち着いた様子で立っている。

「……何でさっき剣を握らなかったんだ……?」

 大剣の男が呟くと少年は小声でたどたどしく言った。

「そ、その……怪我したら良くないと思って…………あと店内で剣は危ないので……」



 突如男たちは少年と少女に頭を下げた。

「弟子にしてください!」

「えっ!?」

 少年が声を上げた。男たちはさっきとは打って変わって兵士らしい礼を二人に向けている。少年は男たちを見つめた後助けを求めるように少女の方を見た。

「私は却下。まずはセルに謝るのが先よ」

 少女は言い放つと少年の方を向いた。

「え、な、何で僕に」

「セルさんすいませんでした!」

 男たちはセルと呼ばれた少年に頭を下げ直した。

 セルは状況が理解できず呆然と男たちを見つめていた……が少し経ってから両手を振ろうと手を上げた。そしてモップに気が付いた。

「な、何で謝って……それに何でモップ……?」

 完全に困惑しきっている。


 しかし男たちはそれに更に反応する。

「謝られる理由が分からないとか……どこまで聖女様なんだよ」

「せ、聖女様!?」

 底知れぬ優しさを表すのに適切だっただけであり、セルが少女らしく見えるというわけではない。少なくともこの近距離では。

「その天然さもまたイイよな」

 兵服の男が言うと隣の大剣の男が頷いた。セルの混乱度は限界突破しそう。

「ま、まあまあ皆さん……セルさんが困ってますよ」

 ずっと見ていた酒場の店主が男たちをなだめた。

 男たちが頭を上げるとセルは手を下ろしほっと息をついた。


「でも、私も良いと思うわ」

「え」

 油断したのもつかの間、少女が腕を組んだまま呟いた。

「その天然さ」

 真顔で発言する少女に、セルの混乱度は限界突破した。

「……う、うん」

 そして頷いた。この行動が三人をエスカレートさせるとは知らずに。




【 第一章 聖女×人外=勇者 】



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