頭上で回るは観覧車

青条 柊

第1話

 夜も更けて二十三時、夜中に吹く寒風がガタリガタリとゴンドラを揺らす。

 一人でゆっくりと夜景を見るなんて何時ぶりの事だろうか。

 全国的に見れば大きくない、だがこの辺では驚くほど大きいと言える観覧車のゴンドラの中で一つ息をつく。

 正直、ここに一人でいる理由があったわけじゃない。今はあるけど。


 何だか不意にいい景色が見たい気分になった、ただそれだけ。

 それだけだったのに、この状況はどういうことなんだろうか。

 「頑張ってください、もう少しです!」

 「これ、差し入れです!」

 ほんと、どういう状況なんだろう………

 一番下でゴンドラを降りようとすれば必死で止められた。何かがあるようだが、何があったのか誰も教えてくれない。私を乗せたゴンドラは、扉を開かれないまま、また昇って行った……

 こんな感じの事が何度か起こっている。

 もう、いい景色なんて見飽きた。

 備え付けの小さな窓から渡してくるいくらかの食料と水分で気を紛らわしているが、マジで何なのかを説明してほしい。とはいっても減速するわけでもなく降ろしてくれないだけなので、説明を聞く時間なんてないんだけど。

 ガタガタと揺れる一つ上のゴンドラが不安な気分にさせてくる。

 



 観覧車って言うのは、割と慣れやすい乗り物なのかもしれない。

 少なくともこうしてる間に私はなれた。意外にこの硬い座席は心地いいのかも。

 もう二けたは上下を繰り返している。あと、この観覧車私しか残ってない。割と大きいからか、乗り始めた時はまだ日が上の方にあったのに、今は空が茜色になっている。

 なんか差し入れを渡してくるばっかりでごみを受け取ってくれないから、珈琲缶がいっぱい詰まれている。まぁ、トイレ行きたくなったら困るし、そこまで飲んでいないんから空いてんの二本だけど。

 こんな時はスマホでなんか誰かにメールとかするんだろうけど、あいにくメッセージ系のアプリに登録されているのは実の親だけだ。そもそもこんなの誰に言うかって話ではあるんだけど、それでもこの不可思議な状況は愚痴りたい気分にもなる。

 スマホを開けば、そこにあるのは時計のみ。

 なーんの通知も来ていない。画面に硬質な音がして爪が伸びていることを知る。あーあ。うろこ雲が、あれ?羊雲だったか。まぁ、もくもくした雲っぽい雲が色とりどりに黄昏を彩っている。

 

 

 

 時計の針はグルングルンと回る。その動いた角度はもう1000度を超えているだろう。すなわちあれから三時間は経った。なんだか今日はナイターは無いみたいで、遊園地はしんと静まっている。正直何が起こっているのか勘づいているけど(詳細除く)、何にも出来ないんだし、どうでもいい。

 ふと思った。

 満天の夜空を眺めてみたいなぁ。

 灰色のくすんだ壁に覆われた狭い空しか見たことがない。流石はコンクリートジャングルを擁する国、地方都市でさえ中々夜空に自然の光は灯らない。


 段々と視点が下がる。

 鳥の視点から段々とさがる。下を見るよりは上を見たい。ずっと上を見ていたかった。夜に燦然と輝くのはいくつかの星だけだ。

 今日は新月だったらしい。

 あれはシリウスだったか?いや、冬じゃないや。じゃあ、何だろうあの星は。

 星がどんどんと遠くなっていく。

 遠ざかっていく星、まるで小さい頃に追いかけていたものみたいだ。

 頭上にゴンドラがやってきた。上に見える空は少なくなる。


 ぱっ、と何も見えなくなる。

 ああ、眩しい。ライトがついた。


 近いところが眩しすぎて遠い星が見えなくなった。

 なんだかいつも通りな気がしてきた。下に目をやれば結構な数の人が居る。

 

 私の乗ったゴンドラが一番下につく。

 同時に笑顔になっている人が、ドアを開ける。何かが終わったらしい。

 ゴンドラからやっと出た。

 一日の三分の一は居たその堅い椅子は出た瞬間から何だか懐かしくなった。

 ゴンドラを出てすぐに、乗り場の近くの自販機に向かう。お気に入りのブラックコーヒーを買って、一息つく。割とぼろぼろになっている木のベンチに座れば、ふと見上げる形になる。

 頭上で回るは観覧車。私が乗っていた時よりずっと生き生きして回っているように見える。

 ―――その上に星は見えない。

 

 

 あとから聞いた話だが、私のゴンドラのドアにはテロリストが爆弾を仕掛けていたらしい。他人事をニュースで確認して、今日も輝かない夜の下、家に帰る。

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頭上で回るは観覧車 青条 柊 @aqi-ron

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