第16話……手


こんなに、


離せない手は、


初めてだ。




16……手




『ちょっと待って。』


「ん?」


『その角から正人くんの家、確認して。』


「なんで?(笑)」


2人して、繋いだ手をぶらぶらさせながら、


他愛もない話をして。


そこの角を曲がったら、もうすぐ俺の家。


『だって、こんなとこ、正人くんのことを好きな女の子達に見られたら、私、明日の命はないと思う。ん、絶対ない。』


うんうん、と1人。


確信したように呟くから。


「大げさなんだけど(笑)」


『夏休み終わって、私居なかったら、あぁついに…って思ってね?』


「分かった、分かった。あ、大丈夫。居ない、居ない(笑)」


テキトーに返事して、そのまま。


そこの角を曲がる。


『ちゃんと見てな……ホントだ、セーフだ。』


彼女は少しホッとしたように。


でも、まだ周りをキョロキョロして。


「だろ?大丈夫だって、皆、今日は花火大会に夢中だから。それに大量に手紙くれる割に、イベント絡まなきゃ、特に何も起こんないんだよ?何なんだろ、女の子って分かんねぇー。」


『女心は分からない?』


「分かるもんなら、困らない。」


『確かに(笑)』


「それに花火大会すら興味のない人達もいるけどね?」


『ん?』


「俺んち、家族全員、花火大会より格安旅行。」


『……(笑)正人くんは?行かなかったの?旅行。』


「俺はやることいっぱいあるから。曲作りに、あと、バイトして金貯めたいし。」


『バンド忙しそうだね。』


「…って言っても、忙しくしてんの、俺だけで。シゲは相変わらずマンガ三昧だけど(笑)」


『また、私が突撃しようか?練習しなさーい!って。』


「それ、すげー助かる。まりなちゃんマジック起きるから(笑)」


そんな話をしてるうちに、


俺の家の前。


途端に口数が減るのは、


色んなことがあった今日を、


思い出してしまうから。


『じゃあ…ね?……また。』


「ん、……また。」


バイバイをしてるのに、


繋いだ手の離し方が分からなくて。


この後、1人になったときを想像して、


何だかひどく怖くなる。


彼女の手の柔らかさを知ってしまって。


彼女の唇に触れた温度も覚えてしまって。


俺はきっと、また。


彼女のことを想って、時計の秒針の音を数える羽目になる。


すぐに逢いたくなって、


逢ったら逢ったで、


自分の想いが溢れて止まらなくなって。


また彼女を困らせるんじゃないか、って。


俺の彼女に対する気持ちの重さに、


彼女が耐えきれなくて、消えてしまったらどうしよう、って。


「またね」と次の機会を予約してるのに。


それが堪らなく怖いから。


1人になるのはイヤだ。


俺の心はいつだって臆病だ。



『……1人になるの怖いな…ぁ…。』


………っ!


彼女の小さく呟くような言葉に、


俺はびっくりした様に彼女を見つめた。


だって、また。


俺のこと、見透かして。


得意の想像力使っちゃったのかと思ったから。


俺が今、思ってることと、


同じ言葉が彼女から発せられて。


俺はただ、驚いたように


彼女を見つめた。


「………。」


『…ごめん、何でもない(笑)今日、色々ありすぎて。気持ちが追いついてないのかなぁ…1人になるの怖いから…だからなのかな?』


「…ん…?」


『…なんかね…手、なかなか離せなくて…』


「いや、離せないの、俺だから。」


『違うよ、私だよ。』


「……なら、お互いじゃん。」


『そっか、お互い…手、離せないんだ。』


妙に納得してる彼女に、


お互いに手が離せない、とか。


それに素直に納得してくれちゃうから。


「うち…来る?もう少しいる?一緒に。」


つい、思ったことを言葉にしてしまった。


『……はぁ、ごめん。正人くん、優しすぎて…私のこと甘やかしすぎだよ?一緒にいてくれたら、私、また弱くなって、正人くん困らせるかも。どーする?大量の手紙の皆並みに、気持ち重くなったら。正人くん、逃げ出しちゃうかも。』


それも、さっき。


俺が思っていたことで。


俺の気持ちの重さに、


耐えきれなくなるんじゃないか、って。


俺が心配していたことで。


「甘やかして何がダメなんだよ?手が離せないのは、俺なの。分かってる?1人になんの怖いなら、一緒にいろよ。……っというか、もう少し一緒に…いたい。」


『……っ!///バンドマンはそうやって女の子を口説くのか。正人くんが素直だ。』


「うるせーな!///言わせたの、どっちだよっ」


『やっぱり…帰る。』


「え?…ホントに?」


思わず、彼女の手をグッと引き寄せると。


帰らないように、片手で彼女の腰を支えた。


『………っ!///嘘……です。』


急に近づいた距離感に、


小さく俯いて、照れてる彼女に、


心臓射抜かれてしんどい。


彼女のその小悪魔感に、


破壊力デカすぎて、鼓動が耳元でうるさい。


それ、気づいてんの?


「嘘つくとバチが当たるよ。」


至近距離で説教して。


『はい、すみません///』


「でも、嘘ついちゃう時もあるよな。嘘つかない方がいいんだけど、ついちゃう時ってある。」


『そういうトコだよね……正人くん。』


「ん?なにが?」


『正人くんのそういう捉え方好き。またそうやって甘やかす。』


「……!///また、1つ増えたな。俺の好きなとこ。声、手、捉え方。」


至近距離で交わす言葉にも、


少し慣れたのは、


言いたいことの大半を分かってくれる彼女の、


その感覚に助けられてて。


俺はその、空気感が好き。


「おいで。行くよ。」


彼女から離れると、その手を引くと


俺の部屋に連れて行った。



***



部屋に入ると、エアコンをつけて。


彼女の座れそうな場所を確保するべく。


そこら辺の雑誌だとかを片付けて。


「待ってて。飲みもん持ってくる。お茶か…コーラ。」


『んー…お茶で。』


「分かった。」


キッチンへ行くと、小さく息を吐いた。


手を離すのに苦労して。


それが離れがたい気持ちの表れで。


でも、いざ、この状況。


俺はひどく緊張していた。


誰もいないキッチンで、お茶を1杯飲み干して。


お茶とコーラを用意して。


部屋に戻った。


「次は何のコード?」


床に置きっぱなしのエレキギターの弦を、


人差し指で弾いてる彼女に。


そう聞けば。


『Fしか知らないよー、ギターなんてよく分かんないもん』


「知らなくていいよ、そんなん。ガッツリ、ギター弾かれても困る(笑)」


『私、聞く専門。』


「あと、シゲのやる気引き出す係ね?」


『それは得意(笑)シゲくん、人見知りしないでくれたから、すぐ打ち解けられたし。』


2人して、ベッドを背もたれにして、


隣に並んで。


音楽の話だとか、2学期の話だとか。


彼女との会話は、不思議と途切れなくて。


俺の話を時折ふふっと笑って聞いてくれるから。


俺はただ、ひたすら他愛もない話を続けた。


『………。』


「………(笑)おい、眠い?」


『ん、朝早かったからねー……?』


ふいに会話が途切れた瞬間。


自分の腕を枕にして、頬を乗せて。


テーブルに伏せて、彼女が目を閉じた。


キレイにカールされた睫毛が、


ドキドキを加速させて。


「そんな格好で寝るなよ、風邪引く。」


『着替え持ってきてないもん。』


「化粧も落としてからにしろって。」


『化粧落とし、無いもん。』


その化粧も、


睫毛のカールも、


全部が全部、今日の彼氏さんの為で。


一瞬、だけ。


複雑な気持ちになるんだけど。


目を閉じたまま、うつらうつら返事をするから。


彼女の夢と現実の境目は。


こんなふわふわしてんのか、って。


そんな彼女を見れたことが、


すごく新鮮で。


「せめて、ベッドで寝ろ。俺のベッド貸してやるから。」


『正人くん、寝るとこなくなるでしょー?』


「いいって、俺は最悪、床に寝るし。」


『でも……』


「いいから、はい。」


ベッドの布団を捲ると、


彼女に寝るように促し。


『じゃあ…ちょっとだけ。』


そう言うと、彼女は俺のベッドに潜り込んだ。


突然、暇になったから。


近くのエレキを手に取って。


今はテレキャスの音の気分。


軽く指で弾いて、爪弾く。


曲完成まで、あと少しのあれを、


不意に思い出して。


また頭の中で鳴るメロディーとギターのコードを当てた。



『………。』


「……っ!///なんだよ…?」


『………。』


「眠いんじゃないのかよ?」


『………。ねぇねぇ。』 



眠いだろうから、暫く返事だけして。


彼女の仕草を無視してたんだけど。


ずっと、しきりに。


ベッドを背もたれにしてる俺の肩を、


彼女が指でつんつんしてくるから。


「ん?どした?」


しびれを切らして。


振り返って、彼女を見た。


『………。』


「なんだよ?何か言えよ…(笑)どした?」


『………手。』


彼女は俺に手を差し出して。


ふいにそんなこと言うから。


また、一気に心拍数が上がって。


「え……?///甘えんなっ(笑)」


照れてしまって、つい。


悪態ついて、手を軽くパチンと叩いて。


『んー…だよね、ごめんー…。』


眠そうに、でも、その声色が変わって。


彼女は俺に背を向けた。


「………っ」


『………。』


「……ちょっ、まりなちゃん…?違っ…ごめんて…」


俺は焦って、ギターを傍らに置くと、


膝立ちして、ベッドの脇に手を付いて。


彼女の顔を覗き込んだ。


『私もごめんね?……今日…なんかダメだ…。正人くんに甘えすぎだ…ホントにそうだな、って。別れたばっかで、こんなんして…反省してる。』


目を閉じたまま、そう言うのは、


目を開けたら、涙が零れるから?


「別れたばっかで、そんなんしないと不安なんだろ?心細いんじゃないの?必要とされてないんじゃないか、とか…あれこれ見えて…んじゃないの?」


『……違う、大丈夫。平気。』


「………。」


ふと目を開けると、ぼんやり壁を見つめて。


こっちを見ようとしなくて。


俺はどうしたらいいんだろう。


それがまた、分からなくなって。


ベッドについた手にきゅっと力を入れると、


シーツがクシュと擦れる音がした。


『目ぇ覚めちゃった。』


「……っ」


彼女が急に起き上がろうとするから、


俺は覗き込んだ体勢から、身体を避けた。


『帰る、そろそろ。』


「………。」


『お邪魔しました。また…学校でね?』


「………。」


引き止めたいのに、


言葉が出てこない。


あんなに止まらない会話をしていたのに。


こういう時の、言葉は


どうしても見つからなくて。


彼女が俺を必要としてくれて、


伸ばしてくれた手を掴めなかったのは、


掴んでしまったら、


望んでくれた通りに、手を繋いでしまったら。


俺はきっと、また。


止まらなくなるから。


彼女にとって、


安心するもんである手、でも。


俺にとっては、


引き金を引いてしまいかねない手、で。


全く別の意味になってしまうから。



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