第15話…忘れられない景色



その言い方、正人くんらしい。


って。


笑ってくれるから。



俺はもっと欲張りになる。




15……忘れられない景色




『正人くん…先行って…?花火…終わっちゃうから。』


「ん?大丈夫だって。今年最後の花火なんだから、盛大にやるに決まってる。そんなことより……」



2人して、神社に向かう。


彼女は俺の数歩後を歩いて。


時々、その距離が伸びる。


これ、俺が手首掴んでなきゃ、


はぐれるパターンで。


その原因に、俺はちゃんと気づいてたから。


俺は手首を掴んでた手を、一瞬離すと、


彼女を通せんぼして、しゃがみ込んだ。


「擦れて痛いの、何でちゃんと言わないんだよ?」


『ごめん…歩くのどんどん遅くなって。花火見れないかも…ごめんね?』


「いいから、ちょっと待ってな?」


ジーンズのケツのポケットから。


ティッシュを取り出すと、


鼻緒と足の指の間にかませた。


「慣れない下駄で走るからだよっ」


『ごめん…あ、ありがとう。』


「これで、多少クッションにはなるっしょ?…行くよ。」


また手首を掴んで、彼女に合わせて歩き始めた。


神社の石段も、ゆっくりゆっくり登って。


やっといつもの場所、まだ花火の音が聞こえる。


『うわぁ…キレイ…』


「でしょ?ここ、花火の穴場スポット。」


『………。』


彼女は近くのベンチに座ると、花火の上がる夜空を見上げた。


「………。」


俺も彼女の隣に座って。


ベンチの後ろの方に手を付いて。


彼女の横顔を見つめた。


花火、なんて気分じゃない彼女が、


少しでも気が紛れるなら、それでいい。


そんなことを思って。


彼女の横顔からの花火を、ぼんやり見上げた。


傍に置いてある彼女の華奢な手。


「………。」


そっと、ゆっくり。


彼女の手に自分の手を近づけて。


触れようとしたけど。


さっきの俺の抑えられない衝動のせいで、


彼女をきっと戸惑わせてしまったから。


彼女に触れたいのに、触れられない。


抑えられなかった衝動は、


彼女の涙の残る笑顔に消えてしまって。


今はただ、隣で一緒に花火を見上げたい。


戸惑わせてごめん、って。


冷静になって、そう思うのに。


結局、上手く出来なくて。


彼女の手までのたった数センチを埋められない。


臆病で器用じゃない、いつもの俺。


小さく息を吐いて、


そっと彼女の手に、自分の手を重ねた。


ほんの少し、自分の手が震えていた。


心拍数が上がるのが分かった。


ただ、もう戸惑わせたくないから。


困らせたくないから。


彼女の薬指と小指、その2本の指に、


自分の薬指と小指を重ねた。


それだけしか出来なかった。


『………。』


「………。」


彼女は何も言わなかった。


ただ、軽くお互いの指を重ねて。


2人して、黙って夜空を見上げた。


花火はフィナーレを飾るように。


次から次へと打ち上がる。


最後の花火。


彼女の横顔が心底キレイで。


花火の光にフワッと照らされた、


その表情にたまらなくなって。


好きだと言ってしまいそうになる。


『……終わっちゃった。』


「……だな、夏もこれで終わりだな。」


小さく呟く様に言葉にすると。


夏の終わりをリアルに感じてしまって。


また沈黙が2人を包む。


『……なんか、多分……今日の花火、一生忘れられないなぁ……。色々ありすぎたから…きっと今日のこと、一生残るんだろうな……。』


「…………。」


その、一生残る、忘れられない今日のことに。


俺はちゃんとその記憶にいますか?って。


聞きたくなって、その言葉を飲み込んだ。


ダメだ、どんどん欲張りになる。


『正人くん……ありがと。正人くんのおかげで…最後にはちゃんと花火見れたから…良かった。だから…ありがと。』


その彼女の言葉に、


彼女を見つめると、視線が絡んだ。


ふふっと小さく笑って、はにかんで。


それが本心だったらいいな、って。


ぼんやり思った。


「終わりよければ、結果オーライだろ?」


『ん、結果オーライ。』


そう彼女が言ったとき。


彼女の指先が、重なってる俺の指を


僅かに撫でた気がした。


俺を必要としてくれてんの?


なんて。


ほんの少しだけ、また。


自信家になりそうで。


だから。


「あのさ…俺。」


『ん?』




「……俺、まりなちゃんのこと、嫌いじゃないよ。嫌いじゃ…ない。初めて逢った瞬間から。」




自分の気持ちが言葉になって。


空気に散った。


好きだ、って。


大好きだ、って。


さっきまでのあの衝動があれば、


何の躊躇いもなく、言えんだろうけど。


鼓動が耳をつんざく様に煩くて。


だから、これが俺の精一杯で。


ちゃんと彼女に伝わっているかが気になって。


まっすぐ彼女を見つめた。


『………(笑)』


彼女は照れたように、はにかんで。


嬉しそうに笑った。


「彼氏さんにフラれたばっかでこんなこと言ったら…サイテーだとは思うんだけど。…ごめん。」


取り繕うように、言葉を重ねると。


『もっと違う言い方あるでしょー?(笑)』


「うるせーよ。これが俺の精一杯だよっ!///」


『どうせなら、好きって聞きたかったなー。ちゃんと言って?好き、って。』


「贅沢言うな…っ!///」


『………(笑)』


彼女の言葉に、照れてしまって。


悪態つく俺に、彼女はクスクスと笑った。


『でも…その言い方、正人くんだなぁ、って。正人くんらしい。』


「………。」


『嫌いじゃない、が、最大級の愛の表現だもんね?……それ、私、ちゃんと知ってるから。』


「まりなちゃん……。」


そうだ、いつだって。


俺の言葉の切れ端で、


言いたいことの大半を分かってくれて。


その彼女の想像力に助けられてる。


『……気づいちゃった……。』


「何に?」


『……正人くん、ずっと私の傍に居てくれてること。ずっとずっと傍で私のこと支えてくれてたこと。……今、気づいちゃった……。』


「遅いよ、それ。それはちょっと遅い(笑)……俺のこと、ちゃんと見て?あんなヤツ…より。」


ずっと彼氏さんのことで、


陰で泣いてきた彼女を、知ってるから。


今日だって、ホントは。


1人で誰にも見られずにここで泣くつもりだったはずで。


だから、この場所も。


俺との場所にして欲しくて。


涙じゃなくて、俺と一緒にいる、


もっとプラスの感情がある場所。


『………。』


「俺のことゆっくりでいいから見て?」


身体を彼女の方に向けて。


真剣に言葉にする。


『ん、…ありがと。』


「んで、俺のこと、好きになって。」


『あ、でも…私、正人くんの声と手、好きだよ?』


「声と手だけかよっ(笑)」


『正人くんの声、きゅってなるし、手は指長くてキレイで。…ん、好き。』


たとえ、それが、


声と手、だけだったとしても。


彼女の中に、俺に対する感情があるって。


分かっただけで、


なんかすげー泣きそうになって。


照れと嬉しさと愛しさとで。


気持ちがぐちゃぐちゃになった。


「行くか、帰り遅くなっちゃうし。」


『ん、今日はありがと、一緒に花火見てくれて。』


「ん。俺も一緒に花火見れて良かった。」


一生、忘れられないなぁ、って。


一生、残る、って。


今日の日のことを、彼女はそう言った。


その記憶がほんのり温かいもんなのか。


それとも切なくてどうしようもないものなのか。


それは彼女にしか分からないけど。


きっと、俺も。


たった数センチの距離にある彼女の手に、


触れる勇気がなくて。


また臆病で不器用な性格が出ちゃって。


お互いの指2本を絡めて、重ねて。


見上げた同じ空の花火は、


俺にとっても忘れられない景色なんだ。




***




俺たちはどちらからとも無く立ち上がると、


神社の石段を下りていく。


ぼんやり耳の奥で、花火の音が残る。


彼女が転ばないか、を。


気にしながら、1段1段階段を下りて。


「大丈夫かよ?足。」


『ん、平気。正人くんがティッシュかませてくれたから、だいぶ良い。』


「……ほら。」


『ん?』


「ラスト、1段。」


最後の1段を先に下りて、


彼女に手を差し出した。


『ジャンプ!(笑)』


彼女は俺の手を借りると、


小さくジャンプして、最後の1段を下りた。


「………(笑)」


彼女がチラッと俺を見て、


得意げな顔をするから。


上手く飛び下りたでしょ?って。


そんな、得意気な顔するから。


思わず、吹き出しそうになる。


『なにー?』


俺の顔を覗き込んで。


突然、疑問符投げかけてくるから。


「いや、別に。」


『ものすごく何か言いたげなんですけど。』


「……(笑)まりなちゃん、ホント良く見てるよなー、表情の変化とか。」


『でしょ?だったら、今思ったこと白状しなさいー。』


浴衣姿の色気で大人っぽく見せてるくせに。


やること、なすこと、いちいち可愛いし。


あの、必死に葉桜撮ってた、


あの日の彼女と重ねてしまって。


俺には沢山、頭に思い浮かべられる、


彼女の表情、だったり。


仕草、だったり。


言葉、だったり。


そんなんは幾つも存在していて。


胸の奥がきゅっとなるような。


そんな瞬間は、今までも…もちろん、今も。


幾つもあるんだ。


そんなことを思っていたら。


『正人くん……?』


「え?あぁ……子供かよって思っただけ(笑)」


繋いでた彼女の手に


軽く力が入った気がして。


彼女の声掛けで我に返って。


思考が現実へと引き戻された。


その手を離したくなくて。


そのまま、繋いだまま、の帰り道。


可愛い、なんて。


さっきの諸々で力を使い果たした俺には、


とても言える訳ないじゃんか。


『それ、前にも正人くんに言われた気がする。』


「エクレア食べるの下手くそだしな?(笑)」


『そうそう、エクレアの時。』


人が疎らになった道を、


2人して歩いて帰りながら。


そうやって話をする時間は、


俺にとって、すげー大事で。


彼女の手の柔らかさ、だとか。


手から伝わる温度、だとか。


そんなんに気持ち持ってかれて。


俺はただ、この瞬間が一生続けばいいのに、って。


柄にもないことを思っていた。


一生、だとか。


運命、だとか。


奇跡、だとか。


そんなぼんやりした言葉に、


都合良すぎな言葉に、


救われることがあって。


核心をつかないことで、


きっと安心してしまうこともある。


俺は彼女が好きで、


彼女は俺の声と手が好き。


それが分かっただけで、なんか。


満足していて。


俺って、欲張りなのか。


臆病なのか。


分かんねぇな、ホント。


でも、きっと。


恋愛ってそういうもんだよな。


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