第14話…抑えられない衝動 



じゃあ、言い方変える。



そんな可愛い格好して、俺の前にいるんじゃねぇよ。


俺の気持ち、分かっててやってんの?




14……抑えられない衝動




夏休み、終盤。


お盆も終わって、少しずつ。


窓の外の匂いも秋になってくる。



[なぁ、夏休みラストの花火大会。まりなちゃん誘わねぇの?]


バンドスコアにあれこれ書き入れながら、


曲を考えてると。


シゲが突然、そんなことを言うから。


「なんで?」


動揺を悟られない様に、フツーのトーンで返事をする。


[いやさー、あの大量の手紙の山にもなびかなかったお前が、まりなちゃんだけは心許してんの見るとさ。夏終わる前に、恋実らせて欲しい訳よ、俺としてはさ。]


「なんだよ、気持ち悪いなぁ。俺は別に恋してる訳じゃないって。まりなちゃん、彼氏いるって言っただろ?花火大会、なんて。俺らのもんじゃなくて、リア充カップルのもんだから。まりなちゃん、彼氏と花火行くに決まってんじゃん。」



[でも、上手くいってんの?まりなちゃんと彼氏さん。遠距離恋愛なんだろ?]


「上手くいってんじゃない?帰ってきてはデートとかしてるみたいだし。この前は彼氏さんに会いに行ったみたい、夏休み利用して。」


この前の、インスタ疑惑のこと、とか。


一瞬だけ頭を過ぎったけれど。


それは決して、「上手くいってる」とは言えないかもしれないけど。


疑わない、って俺のアドバイス。


彼女は忠実に守っている気もしていた。


夏休みに入って、1度だけ彼女に逢ったけど。


その時も、神社で。


他愛もない話をしながら。


「彼氏さんとどう?」って、俺の台詞に。


『この前、会いに行ってきたよ?東京。』って。


はにかんで話していたから。


彼女の花火大会の予定は分かり切っていた。


[じゃあ、今年も野郎5人で行くか。花火大会、夏最後だからな?]


「そうだなー、結局野郎で行くんだよな、花火(笑)」


[その方が気を使わなくていいじゃん(笑)]


「こういう時だけ、彼女欲しくなるのは、俺も面倒くさいヤツだよなー。野郎と花火より、女の子いた方がいいんだけど、結局、夏が終わったら面倒くさくなるんだよなー。俺って都合いいヤツだ、マジで。」


[でも、正人は面倒くさくなる自分が分かってるから、夏のせいにしては女の子にいかないだろ?そこが真面目だし、お前のいいとこ。チャラくないじゃん、頑固なだけで(笑)]


「お前、それ褒めてねぇから。」


くだらない雑談も、俺にとっては気休め。


ギターをあれこれ弾きながら、


コード変更しては、バンドスコアに書き入れていく。


曲の完成まで、もう少し。


夏の終りまでには、何とか仕上げたいところ。



***



花火が上がるのは、夜になってからなのに。


夕方くらいから、人が徐々に増えてきて。


ちょっと行った河川敷、なんて。


花火スポットと言わんばかりに。


夕方からすでに場所取り合戦。


でも、花火大会のソワソワ感は嫌いじゃない。


俺たちは野郎5人だったせいで。


最悪、座って見れなくても何とかなる、って。


呑気なもんで。


花火が上がる予定の1時間くらい前に、


会場に到着。


もう、すでに空いてる場所は、


グループとグループの間ぐらいなもんで。


[まぁ、この辺でいいか。帰る時、早い方がいいもんな?もっと向こうだと、帰り大変かも。]


「どっから見ても一緒だからいいよ。空見上げるだけなんだから。」


帰る時のことも考えて、その場の芝生に座った。


[あ、飲みもん買ってこりゃ良かった。]


シゲが飲み物のことを言い出して。


時計を気にしながら、ソワソワするから。


「まだ時間あるよな?俺、あそこの自販機で買ってくるわ。何がいい?」


[じゃあ…コーヒーで。]


「了解。」


皆の飲み物を聞いて、俺は立ち上がった。



………っ!///



目を逸したいのに、逸し方が分からなくて。


その横顔が何つーか、すげーキレイで。


見惚れる、という経験が無さ過ぎるせいで。


どうしたらいいか分からない。


まいったな、花火はまだ始まってもないのに。


隣のアイツ、だとか。


気にしなきゃいけないことは山程あるのに。


いつもとは違う、浴衣姿の彼女に、


上手く息が出来ない。


息の仕方が分からない。


何でまた、この距離感で。


数メートル先、っていうこの距離感で。


2人を見つけてしまったんだろう。


[正人?どした?]


「ん?あ、あぁ…何でもない。コーヒー、だったよな?」


シゲの声で、我に返った。


俺は慌てて、花火が始まる前に、


飲み物を買いに走った。


頭の中は全く別のことに使われていて。


自販機の選択を迫る赤ランプも、


ぼんやりとしか視界に入らない。


心臓がドクドクいって、耳障り。


ダメだ、こんなんじゃ花火なんてマトモに見れない。


「はい、コーヒー。」


飲み物を買って、戻ったとしても。


そう言って、飲み物を渡しながらも。


数メートル先の2人をチラッと見てしまう。



…………っ?!



え、ちょっと待て……どういう…状況?


これから花火を見上げる2人、


ではない横顔を、彼女はしていて。


彼氏は何とも言えない顔で、


彼女に何か話していて。




次の瞬間。




彼女は立ち上がると、足早に人並みをかき分けて。


河川敷から帰ってしまった。



「ちょっ…悪い、俺帰るわ!!」


[え?!…ちょっ、正人!!]



シゲの声も気にならない位、


俺は彼女のことで頭がいっぱいだった。


花火が上がる前、なのに。


人波に逆らう様に、足早に歩く彼女の後ろ姿は。


見つけた時には、小さく肩が震えてて。


「おい、まりなちゃん!」


下駄の彼女なら、すぐ追いつきそうなものだけど。


花火に向かう人波が、行く手を阻んで。


手に届きそうで、届かない距離がもどかしい。


彼女の腕を掴むことすら、至難の業。


俺が彼女の名前を呼ぶと。


『………っ!来ないで……っ!』


チラッとこっちを向いて、俺を確認すると。


逃げるように、その歩く速度を上げた。


「ちょっ…そんな訳にいかないって。……待てって!……っ」


必死に彼女を追いかける。


『ついて来ないでって言ってるじゃん…っ!』


気づいてしまった。


彼女が目にいっぱい涙を溜めてることに。


気づいてしまった。


俺に涙を見られたくないから。


必死に俺から逃げるように足早に歩いてることに。


だから。


「ちょっ……無理だって!神社までどんだけ掛かると思ってんの?!」


誰にも涙を見られたくない。


でも、涙を堪えるのも限界で。


もうすぐ、彼女は泣いてしまうから。


俺はとっさに、


彼女の腕を掴むと、近くの路地裏に引き込んで。


彼女をぎゅっと抱きしめた。



『……っんく……っん…く…っ』



ギリギリセーフ。


彼女の頭を胸に引き寄せて抱きしめると、


小さく涙を押し殺した様な彼女の声。


「そんな足じゃ、いつも泣いてる神社まで涙間に合わねぇって。」


『……んくっ……正人くん…っ』


「ん?」


『……距離に勝てなかった…っ…疑わずに頑張ったのに…なんで…っ?…何で私…フラれちゃったの…?何がダメだったの…?』


「………。」


何も言葉が出ない。


大丈夫、なんて無責任なこと言って。


彼女を傷つけてる俺は、


きっと何をしても、彼女を不本意に傷つけてしまうから。


彼女の頭を撫でながら、言葉を探した。



『何で…私じゃなくて…あの人なの…?…何でっ…私じゃダメなの…?…んくっ…っ』


あの人、って。


俺も知ってるあの、車の女の子のことで。



「……ん。」



彼女の震える泣き声は、


上手く言えないもどかしさから。


時々言葉に詰まって、苦しんで。


今、俺が抱きしめるその腕の中で、


どんな顔をしてんのかな。


俺はずっとアイツのことで、


彼女が陰で泣いてきた日々を知っていて。


でも、それを知っているだけで。


俺は何も出来ない。


彼女が笑顔になる方法が、


今、この瞬間も分からない。


『……正人くん…っ…私、可愛い…?あの人より…可愛い……っ?』


………っ!


ふと、彼女が俺を見上げてくるから。


目に溜まった彼女の涙が、


零れ落ちる瞬間を見てしまって。


俺を見上げて、そんなこと聞いちゃう彼女は、


どうしようもなく強がりたいのかもしれなくて。


「……まぁまぁじゃない?少なくともあの人よりは。」


親指で彼女の目尻に触れた。


生温い涙の温度に、たまらなくなった。


この期に及んでも、まだ。


彼女の涙はアイツの為に使われていて。


いつだって、彼女の喜怒哀楽は、


アイツのもの。


よく分からない浮気疑惑の時も、


何故か俺が説教食らって。


でも、それでも彼女はアイツしか見てなくて。


こんなに近くにいる俺、なんて。


全く見えてなくて。


俺が今まで、どんだけ気持ち隠してきたと思ってんの?って。


彼女の心の何処にも、俺は居なくて。


それが堪らなくイヤ、で。


『もっと違う言い方ないのー…?女の子は可愛いって言われたいんだよ…?』


って。


少し俯いて苦笑するそれすら、


俺の感情をかき乱す。


アイツじゃなくて、俺を見ろよ、って。


色んなことがグルグル頭を駆け巡って。


心臓がドクドク痛い。


だから。


「………っ…じゃあ…言い方、変えてやるよっ…!…そんな可愛い格好して…俺の前に居るんじゃねえよっ…!俺の気持ち…分かっててやってんの……?」


小さく押し殺す様に、吐き出した言葉。


『……っ……!///』


彼女の腕を掴むと、そのまま建物の塀に身体を押し付けて。


俯いて避けようとする彼女の顎を軽く支えると。


グイッとこっちを向かせた。


戸惑うような涙目の彼女と目が合った。


そんな不安げに見つめてくんな。


ユラユラと、


俺を見上げる彼女の瞳が揺れていて。


俺の気持ちはぐちゃぐちゃで。


だから。


……ちゅ……ん!///


『……っん!…ちょっ…ちゅ!///』


柔らかく彼女の唇にキスをして。


戸惑うように、彼女の手が俺を小さく押し返そうとするから。


……ちゅっん…ちゅっ!///


彼女の手を掴むと壁に軽く押さえて。


何度もその唇にキスを落とす。


『……っん…っ…!//』


少し苦しそうに小さく息をついて。


その息が耳に届いて、たまらなくなった。


……ん…ちゅー…っ!///


下から覗き込むようにして、


彼女の唇を咥えて、小さくリップ音を立てた。


……ちゅっ、ぷ…ちゅ…!///


何度も何度も…軽くキスを繰り返す。


『……っ!』


そのうちに、彼女の身体から力が抜けて。


体勢が崩れそうになるから、


身体を支えて、ジッと見つめた。


指先で唇に触れると、彼女の温度が伝わって。


その温度がもう、俺を惑わせるから。


また抱きしめたくなった。


今度は優しく、頭を撫でるように、


彼女の華奢な身体を、抱きすくめて。


言葉では上手く言えなくて。


俺はいつだって、やっぱり器用ではなくて。


『正人くん…強引なのか…優しいのか…分かんない…っ!//』


恥ずかしいのか、小さく唇を噛んで。


顔を埋めたまま、


呟くように、そんなこと言うから。


俺も急に照れてしまって。


「誰のせいだよ…///」


彼女の肩口に顔を埋めて、小さく呟いた。


胸がきゅっとなる。


こんな俺もそうやって受け止めてくれちゃうから。


俺はこんなぐちゃぐちゃな感情持て余して。


いつだって、困り果てるし、悩むんだ。


何とも言えない空気が。


どうしようもなく切なくて。


言葉を探していると。


遠くの方で、花火の音がした。


『あ…花火…、始まった。正人くん、戻って?シゲくん達と花火見る約束してたんでしょ?』


彼女は俺から離れると、


いつもの笑顔ではにかんで。


でも、頬には涙の跡。


彼女の涙の残る表情は、


やっぱり俺の気持ちをかき乱す。


好きだ…たまらなく。


ニコッて笑っていても。


それは俺を心配させないように、って。


配慮のかたまりで。


「まりなちゃんは…?どうすんの?」


『私は…帰る。そんな気分じゃないし。』


そう言いながら、路地裏から表の道に出て。


家の方向に向かおうとするから。


「そっちじゃない。…こっちだよ。」


彼女の手首を掴むと、俺はスタスタと。


河川敷とは真逆へと歩いていく。


『正人くん…?花火…逆方向…。』


「知らない?…花火の穴場。」


俺と彼女しか知らない、あの場所。



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