第13話…虹
雨上がりの虹に向かって
ひたすら爆走。
梅雨明け、真夏の到来。
13……虹
梅雨明けの後の、
夏!って感じの日差しが好き。
その季節にしか出来ないこと。
山ほどあるから、足早に過ぎていく季節に。
一夏の、とか言ったりすんだろうな。
「じゃあ…行ってきます!」
チャリンコのペダルに片足を引っ掛けて。
進むべき道をじっと見つめる。
雨上がりの匂いを吸い込んで。
出発前に再度、財布の中を確認。
大丈夫、チケットは忘れてない。
「よしっ!」
まだ、雨の湿り気の残った地面を蹴った。
チャリンコはぐんぐんスピードを上げていく。
隣の街までちょっとした遠出。
大好きなバンドがやってくる。
そのせいか、ペダルを漕ぐ足も今日は軽い。
イヤホンから流れてくる爆音に、
鼻唄を歌いながら、自転車を爆走。
ついでに口笛までついつい吹きたくなる。
夏休みの楽しみだった。
だから、期末テストも、バイトも、バンド練習も。
この為に頑張った、頑張れた。
「虹だ。」
遠くの空に虹を見つけた。
雨上がりにしか出てこない虹は、
消えそうで消えない、絶妙なバランスでそこにいた。
もう何処へでもいけそうな開放的な景色が広がって。
大好きなバンドはあの虹を超えた先の街にくる。
そう思っただけで、あの虹を超えられそう。
チャリンコのペダルをひたすら漕いで。
汗がじんわり滲む。
信号機で停まったら、コーラを飲んで。
乾いた喉を潤した。
虹が空で曲がる。
その速度を速めて、このまま飛べたら楽なのに、なんて。
そんなこと思っていた。
虹を超えた頃、やっとお目当ての場所に着いた。
「シゲ!ごめん、ギリギリ!」
[遅せぇよ、正人。もう並んでるから!]
ライブハウスの前には、すでにお客さんが列を作っていた。
チャリを近くに止めて、チケットの番号を確認して並ぶ。
2回目のライブ。
距離が多少遠くても構わなかった。
ド初っ端から、ギターリフがバンバンのナンバーで。
お客さんを惹きつけていく。
緩い風貌から飛び出す爆音の、
そのギャップがたまらない。
ギターのうねり、だとか。
ドラムの変則的な叩き方、だとか。
ベースの重圧感、だとか。
とにかく演奏技術が桁外れで、たまらない。
音に乗っかってるだけで楽しい。
思いっきり声を出して、手を振り上げて。
皆、同じ音楽を愛している者同士。
最高の空間がそこにあった。
俺の憧れのフロントマンは、
淡々としていそうで、でも、
しっかりとした芯のある音を紡ぐから。
俺はそんなバンドマンになりたい。
今、目の前にいる、俺の夢。
2回目のライブも、俺を惹きつけてやまなかった。
***
[あーーっ!終わっちまった…。すっげーカッコ良かったよな!]
「ヤバイ…見た?ギターリフ!あんなカッコ良い音出せたら最高だよなー!」
ライブが終わって、会場から出ると。
傍で人集りがあった。
「……!!」
黄色い声が上がる中を、憧れの人が通り、
車に乗り込もうとしていた。
俺は思わず駆け出した。
そして。
「あっ、あのっ!!」
車道側から車に乗ろうとする、その人に話しかけた。
不思議そうにこっちを見てくれたから。
「俺、絶対、貴方みたいなバンドマンになって、貴方のレコード会社に入りますっ!!正人です!!覚えといてくださいっ!!」
……なに、宣言してんだ、俺。
って、心のどっかで思いながら。
でも、宣言して声に出さなきゃ。
夢に近づけない気もして。
だから、勢いで言葉にした。
[……正人か。待ってるわ!]
社交辞令、だ。
分かってる、俺の勢いに圧倒されて。
だから、[待ってる]なんて言ってくれたんだ。
でも、それが強烈に感情をぐちゃぐちゃにして。
憧れの人の対応は、心底嬉しくて。
俺はまた夢に夢中になりそうだ。
高揚した感情で、ぼんやりしていると。
車は颯爽と去っていった。
***
シゲとライブの感想を話しながら、
帰ってきた。
シゲとバイバイした後。
あの高台の神社に寄った。
チャリンコを石段の脇に止めて。
一段飛ばしで石段を駆け上がった。
「はぁ…はぁ…。」
高揚感は時間の経過と共に、
少しずつ落ち着きを取り戻して。
ただ、憧れの人が[待ってる]って言ってくれたことを、
思い出せば、すぐ気持ちが上がって。
浮かれそうになる。
それと同時に。
ライブの記憶に重なるように、
行くまで出ていた虹が空に掛かるあの景色のせいで。
夢が消えちまうような不安も、
心のどっかにはあって。
不安になって、どうしようもなくなって。
最後には、彼女のことを考えていた。
『夢、叶うよ。』
目を閉じて、彼女のそう言ってくれた声を必死に思い出す。
『石橋は10回叩いてダーッと渡る。』
その得意げな彼女の声を、頭の中でリピートする。
大丈夫、大丈夫。
俺はあの人と同じレコード会社に行く。
んで、プロのバンドマンになるんだ。
夏が終わるまでに、
ギターをもっと上達させよう。
難解なギターリフも、余裕で出来ちゃうくらいに。
夏が終わるまでに、
デモテープ一曲くらい作ってみよう。
やれることは全部、やってみなきゃ分からないんだ。
朝に見た虹だって。
消えそうで消えない、絶妙なバランスでそこにいたんだ。
俺だって、ユラユラ不安定だけど。
自信と不安が交差するけど。
絶妙なバランス保ってやる。
そしたら、梅雨明けみたいに。
真夏到来!ってな具合に。
陽の光で、視界がパァーっと開けるはず。
虹を見て、そっからの爽快感や開放感を思い出して。
強く強く、大丈夫って念じたら。
彼女の声が頭の中でグラグラ揺れた。
俺は今、感情がぐちゃぐちゃだ。
そして。
とても彼女に会いたくなった。
彼女の声が聞きたい。
なんて、そんなことを思っていた。
「♫〜♫〜」
今日の演奏を思い出して。
それを真似るように、左手で弦を空で押さえた。
フロントマンと自分を重ねて。
耳に残る音と、空で左手の弦を合わせる。
あんな音が出せたら、夢に近づけるから。
1人ベンチに座ったまま。
小さく歌いながら、
エアーギターで指の確認をして。
今度、あの曲コピーしてみよう、と。
難易度の高い曲に戦いを挑む。
これも夏休みにしか出来ないこと。
今年の夏休みは、忙しくなりそうだ。
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