第12話…信じるより



信じること、より


大事なことって知ってる?


それは、疑わないこと。




12……信じるより




「なんだよ、まりなちゃんから呼び出しとか珍しくない?」



スタバの端っこの窓際の席。


ギターケース抱えて、登場した俺に。


チラッ見上げて、


『どうぞ、こちらへ』と言わんばかりに。


向かいのテーブルを手で叩く。


いやいや、雰囲気おかしくない?


「え?ちょっと…え?なに?」


『大事なギターはそちらへ。』


俺の隣の席にギターを置け、と促す。


「怖っ…え?俺、なんかした?」


彼女のいつもとは違う雰囲気に、


1人あれこれ数日を振り返る。


あの雨の日以来、俺たちに大きな出来事なんてない。


彼女の様子に、軽くギターケースの雨粒を払いながら。


言われた通り、彼女の向かいに腰掛けた。


梅雨の時期は、荷物が濡れたり、


重めの前髪が濡れたせいで、


余計髪が重くなるのが厄介だ。


前髪を軽くバサバサしていると。


『正人くん、インスタって知ってますか?』


「あー、あの写真載せるやつ?」


『知ってらっしゃるなら話は早い。』


「ねぇ、まりなちゃん、俺を初老みたいに思うのやめて(笑)同じティーンネイジャーなんだけど。」


『バンドと音楽しか頭にないから、念のための確認よ、確認。』


「バンドと音楽以外にも頭ん中…占領してることあるよ?」


目の前にいる、その人見つめて答える。


『そうなの?そんなことより…』


一瞬、ほんの一瞬。


そうなの?なに?って。


聞かれたら、俺はどうするつもりだったんだろう。


「お前のこと、好き。」って。


……言える訳ねぇよな。


俺の思考を邪魔する様に、


彼女はテーブルに自分のスマホを置いた。


画面には彩り鮮やかな写真が並んでいた。


『これ。』


その中の1枚をタップして映す。


「これ…がどうした?」


ただのテイクアウト用のプラスチックのカップに、


薄いイエローの飲み物が入っている写真。


掴んでる手の感じは男の人。


『ここ、……女の子いるよね?』


彼女に言われるまで、全くそんなとこに


目がいかなかった。


「………。」


『ここ。これ……女の子の手だよね?』


否定するには、材料が無さすぎて。


でも、否定しないと彼女は傷つく。


どっちが正解か分からないことほど、


困るもんはない。


言葉に詰まって、何も出てこない思考をグルグルかき混ぜた。


「……彼氏さん?」


『それ以外にないでしょ。』


やっと捻り出した言葉に、


珍しく素っ気ない返事。


小さく唇を噛んで、スマホを掴むと、


過去の写真を漁るように、


スクロールした。


泣く、というより、怒ってて。


ショック、というより、ムカついていて。


「今日は泣かないんだね。」


『ちょっとは免疫ついたのか、強くなったのか分かんないけど。』


でも、やっぱり。


彼女にとって、アイツは


そうやって色んな感情を出せる存在で。


喜怒哀楽、コンプリート出来ちゃう存在で。


俺とアイツとの差。


また、見せつけられた気分で。


怒ってる彼女とは対象的に、


俺の心は落ちていく。


『東京まで行くのはバカかな?』


「うー……ん。」


返事に困る質問を投げてこないでくれ。


グレーじゃなく、黒に近くて。


また彼女が余計なもんが見えちまったせいで。


俺が浮気の審判くらってるみたいな状況になってて。


ここに居るべきは、俺ではなくアイツ。


何で俺が説教くらうみたいな状況になってんの?


『もう何を信じていいか分かんない。』


スクロールして気になる写真をタップしては


あれこれ考える。


そんな時間の無意味さを、ちょっとは分かって欲しい。


「信じらんないなら信じなくていいんじゃない?だって…多分、あれこれ思ってるだろうし。でも…疑わずにいた方がいいよ。」


『……。』


「信じることは無理でも、疑わない。信じることと疑うことは別。疑っちゃうと彼氏さんがまりなちゃんに向けて本気でやってることもホントじゃなくなっちゃうよ?ホントまで嘘になるのはイヤだろ?」


『……正人くん。』


「じゃあ…今、俺と一緒にスタバ居ます〜!ってSNSに上げる?(笑)いいよ?一緒に写真撮る?」


『それは……』


「……嘘だよ(笑)知ってる、まりなちゃんはそんなことしないだろ?」


……だから、好きだ。


って。


俺が今、目の前にいる彼女に、


そう告げたとしたら困ることも。


俺はちゃんと分かっていて。


自分が傷ついても、相手を傷つけることは、


死ぬほど苦手。


そんな彼女を知ってるから。


俺は諭すようにそう言った。


恋愛なんてよく分かんないけど。


彼女がこれ以上、傷つくのはごめんだから。


目を閉じること以外に


俺が出来るアドバイスはこれくらい。


『じゃあ…疑うのやめる。友達かもしれないし…他にも人が一緒かもしれないし…。』


「そうそう、やめとけ。この前、彼氏さんが会いに来てくれた時、楽しかったんだろ?それ思い出しとけ。幸せになるでしょ?それ考えてたら。」


『そうだよね、分かった。』


この前のデートからのこの落差は、


正直、彼女にとって耐えられないかもしれないとも思う。


俺が自分の知らない彼女をアイツが知ってることに対して、


妬んでしまうように。


自分の知らない彼氏を、他の女の子が知ってるとして。


それはやっぱり妬いてしまうだろうから。


男ってホントどうしようもないな。


おっぱいと色気がありゃ、


後先考えない動物的感覚があって。


同じ男として分からんでもない。


例えば、今。


まりなちゃんが俺に迫ってきたとしたら。


『エッチして…?』って


その声で彼女が俺に迫ってきたとしたら。


俺はきっと彼氏がいるとか、そんなんは


一瞬で消え去ってしまって。


押し倒す自信がある、そりゃもう確実に。


でも、それは俺が彼女を好きだからで。


拘ってるからで、気になるからで。


俺にちゃんとした正式な彼女がいたとしたら。


間違いなくその彼女のことが浮かんで。


それが抑止力になることもあるから。


結局、好きな人を傷つけるのは良くない。


当たり前なんだけど。


『正人くんは好きな人いないの?』


「は?え?……好きな人?なんで?」


そんなことを考えていたから。


彼女の唐突な質問に、露骨に挙動不審。


落ち着け、俺。


『いないのかなぁ、って。好きな子とか気になる子?』


「知ってどうすんの?」


『え?いるの?』


「違う、そうじゃなくて。いるともいないとも言ってないって」


『なんだー、その反応、絶対いると思ったのに。』


ここでも周りをよく見てる鋭さ発揮してきて。


ホント、まいったな。


その絶対いると踏んでる俺の気になる子、


目の前のアイスティーをグルグルしてる貴方ですけど。


そこまではさすがに気づかない?


『じゃあ、正人くん、元カノとかいた?今まで何人と付き合った?』


「元カノくらいいるよ?今までに2人。」


『そっかぁ、2人か。』


でも、告白されて流れで…的なのが多いから。


本気で自分から好きになったのは彼女だけ。


目の前の彼女は、興味あるんだか、無いんだか。


よく分からない返答をして。


だから。


「そのアイスティー美味いの?」


話を反らして問いかけると。


『ちょっと砂糖入れすぎた(笑)』


って。


俺の空気にちゃんと合わせてくれる。


見てみないフリも、ちゃんと得意で。


そういう優しさで、いつも俺を救ってくれる。


伏し目がちにアイスティー飲む彼女を、


頬杖ついて見つめてみる。


まつ毛のカールが相変わらずキレイで。


『ん?……飲む?』


ふと彼女が俺の視線に気づくから。


「悪くないんじゃない?その写真の…謎の手の子より、まりなちゃんの方が全然。」


『正人くん、もっと他に言い方ないのー?(笑)』


上手く言えない俺を、


笑い飛ばしてくれる彼女の想像力に、


いつも助けてもらって。


俺と彼女の関係は成り立っていた。


梅雨の時期も、俺たちは相変わらずだ。

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