第11話…無知
無知が故に、突っ走れる。
それって若者の特権?
でも、自分勝手にもなりきれない。
その瞬間はいつでも1度きり。
11……無知
進路希望の紙を覗き込んだシゲの顔は、
やっぱりな、なのか。
本気かよ?!、なのか。
とにかく心が読み取れない、
よく分からない表情をしていた。
そして。
[俺は正人が本気なんだろうなって気がしてたんだよな、バンド。本気でメジャー狙ってて、プロになりたいんだろうな、って。]
「一緒に行く?」
シゲが言うだろう答えは分かっていて。
[俺は無理だ、プロって…そこは怖い。]
「そう言うと思ったよ(笑)」
俺のプロのバンドマンになる、っていう自信は、
暴走気味にポジティブな時と
3年の期限を意識して
恐ろしくネガティブな時と。
そのバランスは常にユラユラと揺れていて。
不安定で何だか落ち着かない。
だから。
「一緒に行く?」なんて。
答えが分かり切ってなきゃ、俺だって聞かない。
俺には俺の人生があるし。
それと同じように。
シゲにはシゲの人生がある。
人を振り回してまで、夢を叶えることの意義は。
今のところ見当たらない。
だから。
出来れば、バンドに対する同じ熱量があって。
お互いに気持ちいいな!って感じる音が似てること。
あと、なるべくリア充みたいなヤツはごめんだ。
俺は手紙の山に埋もれていても。
根本、女の子とは話も合わないし。
どちらかと言ったら、女の子は別世界の生き物くらいに思えてしまうし。
だから、「女慣れ」してるようなヤツは、
元からあまり信用してない。
モテるヤツは、女の子に言い寄って貰える言葉や態度を良く知ってる。
俺にはそれはとても出来ないから。
どうしても卑屈になってしまう。
妬みというのか、何というのか。
そういうのを糧にロックやってるようなもんだから。
「東京行って、バイトしながら、メンバー探す予定。お前は地元の広報担当頼むわ。俺のバンド、せめて地元では有名にして欲しいし(笑)」
[それは任せとけよ!ライブのビラとか配ってやるし!]
「おぉ、頼むな?」
頼もしい仲間に支えられて。
俺はもうその夢しか考えていなくて。
世の中の常識、だとか。
社会のルール、だとか。
そんなもんより、
明日の天気の方が気になるし。
彼女の髪型のが気になるし。
友達と話すくだらない話のが大事。
無知ってスゲー怖い。
でも、無知だから、飛び込める。
刺激的で、案外何とかなってしまう。
そんな瞬間、って。
きっと今しかないんだろうとも思う。
そんなことに、俺はもう気づいていたから。
取りこぼさないように、消えないように。
必死に今を過ごすだけだ。
***
傘を持つ彼女の手のマニキュアが、
その傘とよく似合っていて。
彼女のこと、無関心でいられたら。
どんなに楽なんだろう、って。
自分の彼女に対する想いの深さを自覚してしまう。
マニキュアのカラーが変わったこと。
それは彼女の心が浮かれているからで。
あー、今日は彼氏帰ってくんだ、って。
気づいてしまうのは、
俺が彼女にこだわるからだよな。
彼女への拘りはどうやって捨てればいい?
でも、気になる。
気になって仕方がない。
アイツと、どんな話をするのか。
アイツに、どんな表情をするのか。
「今日、デートですかー?」
帰りの下駄箱で、上靴を替えていると。
傘を開こうとしてる彼女を見つけて。
隣に立ちながら、軽く聞くと。
『えぇ?何で分かるの?』
ビックリした様に、俺をチラッと見上げた。
視線を絡ませるのには、
お互いの距離が近すぎて。
視線を足元のスニーカーに落として、
つま先をトントンとしながら、
靴音を鳴らした。
「マニキュア、色変わってる。」
傘を持つ彼女の指先を
アゴで指し示すと。
『正人くんには隠し事出来ないなぁ。よく見てるね、色々。』
「見えすぎてるまりなちゃんには負けますけど。」
『折角逢えても、残念ながら、雨だけどねー?』
「雨も悪くないよ。」
『そうかなぁ、雨より晴れのが好きだなぁ。』
「雨上がりの匂いも嫌いじゃないなー、俺は。」
『あぁ、』
俺の言葉に彼女は何かに気づいたみたいで。
『雨上がりは虹も出るしね?』
得意げに笑って。
だから、そんな顔されると、
余計、悩んでしまうから。
その笑顔、反則だって。
いい加減、気づいてもらってもいいかな。
俺はこの雨にも彼女を絡めて想ってしまいそうで。
それが、たまらなく怖い。
一瞬、一瞬が。
フィルムに映したみたいに、
記憶に残ってしまいそうで。
そうなると、心底悩んでしまいそうだから。
「急いで帰って、滑んないようにね?浮かれてるヤツほど危ないもんないから(笑)」
『分かってる、分かってる。正人くん、傘ある?』
「ん?これくらいの雨なら走って帰れる。」
そう言いながら、俺は駆け出した。
『え?ちょっ……気をつけてよー?』
彼女は後ろから俺に声をかけて。
俺はその声に手を上げて応えた。
そして、
カバンで雨を避けながら、校門を出た。
チラッと振り返って、彼女の姿を見れば。
傘を差そうか迷う彼女がいて。
「傘を……差す。ビンゴ。」
小さな小さな俺の賭け。
差す、と俺が呟いたと同時に、
遠くの彼女は傘を広げた。
石橋は10回叩く彼女だから。
小雨でも濡れないようにするだろう、って。
俺はこんな小さな賭けにも勝てるのに。
こんなに彼女のことを知ってしまっているのに。
無知は怖い。
でも、知りすぎていても、きっと怖い。
自分の想いを自覚してしまって。
かと言って、それを伝えることも出来ない。
俺は彼女の言葉や存在がなけりゃ、
ひどく臆病でしかない。
そんなことを思ってしまうと、
途端に、弱くなってしまいそうだから。
ふと、我に返ると、
俺は慌てて、家へと急いだ。
***
時計の秒針の音は、苦手。
特に夜の暗闇と、静けさが重なると、
あれこれ考えまくってしまうから。
「あぁー…寝れねぇ。」
彼氏とデートしてる彼女を
想像しては小さく暴れて。
さっきからベッドに寝たまま、
足をバタつかせては、頭の中の彼女を、
振り切ろうとしてみる。
彼女の指先を見なきゃ良かった。
下駄箱で彼女を見つけなきゃ良かった。
今日、アイツと逢ってるって知らなきゃ、
こんなモヤモヤしないのに。
今頃はぐっすり夢の中だったのに。
最悪なのは、最後の最後で。
神社の石段の下で見た、
あの涙目の彼女の表情を思い出して。
胸がぎゅってなった後、
ドクドク鼓動が波打つのを感じて。
俺は自爆寸前。
東京とこっちの距離を、簡単に埋められると。
それをいとも簡単にやってのけられると。
俺の出る幕なんてないじゃんか。
浮気してた事実を棚に上げて、
カッコつけやがって。
アイツと俺の違い、ってなに?
言葉が上手く出てくるところ。
彼女の想いを貰えているところ。
女の子を扱う力加減とか知ってるところ。
……勝てるとこが見当たらない。
彼女は俺をどう思ってるのか。
それを知りたがるのは、きっと自爆への道。
これ以上、惚れないで済む方法を教えて欲しかった。
俺はまだまだ大人じゃなくて、
無知で無謀なガキだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます