第10話…選択肢




石橋を叩いて渡る、のも。


思い立ったが吉日、ってのも。


どちらも一理あって。


だから、便利な言葉に。


すごくすごく救われることってあると思う。




10……選択肢




舞い散った桜が風に吹かれて舞い上がるのは、


まだ忘れて欲しくないからなのかな。


地面に残った桜は、気づいた時にはもういない。


新しいクラスのソワソワ感は苦手。


そもそも、


その空気に慣れようともしてないんだけど。


シゲとも結局、今年も同じクラスだし。


俺の周りにいる人達があまり変わらないんであれば。


それでいいや、って思う。


教室の窓側の席の前から3番目。


本を読み耽っていると、ポケットに振動を感じて。


一旦、本を閉じると、LINEを開いた。


(正人くん、葉桜がキレイだよ。


添付された写真には、


彼女の華奢な手で作られたピースサインと、


深い緑の桜の葉。


これ、どこの桜だろう、って。


背景からヒントを得ようとしても、


何も分からなくて。


暫し、頬杖をついてぼんやり考える。


神社ではなさそうだし。


季節の移り変わりに敏感な彼女は、


どこでこんな桜を見つけてくるんだろう、って。


そんなこと思いながら、窓の外をボーッと見つめた。


………っ!///


(チビなんだから、無理すんな。ピース入れようとするから撮れないんだよ。


校舎の間の中庭。


影を作るように立つ大きな桜の木の下で。


必死に背伸びしながら、ケータイで葉桜を撮ろうとしてる彼女を発見。


彼女の無意識の行動が、俺の感情をかき乱す。


罪なヤツとは彼女のことだと思う。


………(笑)


俺からの返信を見たのか、


彼女は辺りをキョロキョロして。


その姿は『どっかから私見られてる?!』って。


素直な反応がまた。


不覚にも、可愛いと思ってしまった。


(居るなら出て来いーー!


俺が見つけられず悔しいのか、


彼女からの『出て来い』LINE頂いて。


(今、忙しいもん、俺。無理。


そっけなく返信すると。


その姿は明らかにむぅと拗ねていて。


キョロキョロキョロキョロしてる。


エクレアは上手く食べれないし。


チビのくせに、葉桜とピースサインのコントラスト優先だし。


ホント子供かよ、って。


ニヤケそうになる口許を手で隠し。


彼女を観察する。



「……あ、バレた。」



思わず、小さく呟いた。


彼女は俺を見つけると、ケータイ握りしめた手で、


俺に向かって大きく手を振った。


…………///


そこで手を振るのは、


俺のロック魂に背くことになる、って。


急に我に返って。


照れてしまって、思わず、目を逸らした。


だから。


俺はノートを開くと、でっかく文字を書いた。


チビー!


ノートの横から顔を出して。


彼女の反応を見ると。


『いーだっ!』ってしかめっ面で、


俺にアピールして。 



その後。



ホントに嬉しそうにはにかんだ。



なんだろう、俺。


女の子をからかいたくなる気持ち。


ちょっと分かった気がして。


不覚にもふわふわしてる感情を、


自覚してしまって。


このままがいい、って。


本気で思ってた。


そして、また本の続きに没頭する。


浮ついた感情がバレてしまわないように。




***



バイトを終えて帰宅。


自分の部屋の机に座って。


今日、学校で貰ってきた紙を見つめて1人悩む。


5月初めからこんなの書かせて。


未来を急かしてるみたいで。


俺は正直好きじゃない。


既成ルートしか書くことは許されてなくて。


もう、ほぼそんな空気を醸し出してる。


人間、十人十色とか言いつつ。


右に倣えと、例外は認めない。


すごく矛盾してるし。


そんなつまらない大人になんて、


なるつもりもサラサラない!とか。


こんな紙に、俺の未来は載ってない!とか。


俺はロックに生きるんだ!とか。


柄にもないこと思って。


自分の名前すら、書くことを拒んでしまう。


だから。


声が聞きたくなった。


俺を自信家にさせる、彼女の声を。


無性に求めてしまった。


直接話すのと、電話。


やっぱりどちらも初めは緊張するもんで。


出てくれなかったらどうしよう、と。


また俺の弱虫が顔を出す。


そんな心配をよそに、


3コールで彼女は出た。


「……ごめん、急に電話して。」


『うぅん、大丈夫。どした?』


どした?と聞かれても。


確かに電話したくなった理由はあったはずで。


でも、彼女の声を聞いたら、


上手く言葉が出てこない。


これが彼氏だったら、アイツだったら。


電話をかける「理由」なんて要らなくて。


スムーズに会話に入っていけるのかもしれなくて。


俺はどうしたら、彼女の心に入り込めるんだろう。


「何となく…話したくなって。今から神社来て!って言うのも夜だから危ないし。だから…電話した。」


これが正解なのか分からないけど。


話したいのは本当だから。


昼間のからかいが嘘みたいに、


今の俺は臆病だ。


『そっか、じゃあ……何話す?』


電話の向こうで、彼女が座り込む音がした。


こういうとこ。


ちゃんと話を聞こうとしてくれるとこ。


この心地よさが俺には必要。


「まりなちゃんは、石橋を叩いて渡る派?それとも思い立ったが吉日派?」


いきなり何を聞いてるんだろう。


自分の部屋の中で、


さっきまでグルグルグルグル、


頭の中で考えてた思考は、


言葉にしない限り、伝わる訳なんてなくて。


俺の中では辻褄がしっかり合った質問でも。


彼女にとっては、唐突でしかなくて。


そんな質問投げ掛けてる俺は、


きっと考えすぎて余裕がないんだと思う。


『うー……ん、どっちかなぁ……。』


彼女が考えてくれてる沈黙すら、


俺は幸せで、いくらでも待てるんだと思う。


『石橋は10回くらい叩いてからダーーっと渡る派かな?(笑)』


「なんだ、それ(笑)」


その彼女の捉え方は、


すごく的を得ていて。


呆れるほど単純なことで。


俺の欲しかった言葉だった。


『思い立ったが吉日ほど、準備しないで飛び込むには怖い。でも、石橋を叩きすぎて、壊れちゃって、向こう岸に渡れないのも後悔しそうだから。』


「………。」


『だから、しっかり準備して、一気に石橋をダーっと渡り切る(笑)』


「石橋は10回叩いてダーっと渡る。」


『そう。石橋は10回叩いてダーっと渡る。』


「なんか、イイトコ取りだな、それ。」


『便利な言葉は、どっちも使わないと損するよー。』


「なんか今の説明で、納得してる自分が怖いわ(笑)」


『だから、正人くんもバンドマンになる為の準備はしっかりして、一気に進むだけだよ?そうすれば夢は叶う。』


バンドマンになるための必要な準備。


やれることは必死にやる。


「ちなみに、まりなちゃん、それ誰の教え?(笑)」


『まりな先生の教え。ちゃんと聞いといた方がいいよー?』


「しっかり心に刻んどきます。」


『よろしい、正人くん。』



彼女の捉え方はいつだって不思議。


でも、色んなことがよく見える彼女だからこそ。


そんな考え方が出来るのかもしれない。


電話を切った後。


俺はその紙に丁寧に名前を書いて。


その下に丁寧に丁寧に書き記した。



進路希望

第1希望:東京へ行ってバンドでメジャーデビュー。

第2希望:なし

第3希望:なし



***



夢を叶える許可、なんて。


一体何で必要なんだろう。


進路希望の用紙を、両親に見せると。


分かりやすく苦い顔をされた。


成功するのは一握り、だとか。


若いから夢みてるだけで、将来はどうするつもりなんだ、とか。


想定していた言葉ばかりが、


頭の上に降ってくる。


未来には方向を示してくれるもんなんて


何一つなくて。


結局、行動してみなきゃ分からないことだらけ。


なのに。


大人は何でいつも頭でっかちになるんだろう。


俺はそんな大人にはなりたくない。


爆音鳴らして、思ってること言いたい!


女の子にモテたい!


バンドを始める理由なんて、


大人から見たら不純だったりするかもしれないけれど。


動機が不純で何が悪いんだ!って。


俺は大人になっても夢を追いかけたいし。


失敗も後悔も、喜怒哀楽すべて。


色んなことを経験して、足掻いていたい。


そういう酸いも甘いもちゃんと知ってる大人になりたい。


「それしか考えてない。大学とか行って、中途半端になるなら、ちゃんと1個に絞って、後悔しない様に準備もしっかりして、バンドで食っていけるようになる。生半可な覚悟……じゃない。だから…」


この進路希望、許して欲しい。


そう続く言葉の途中。


[じゃあ……3年。高校卒業して3年で芽が出なかったら、帰って就職。それが条件。のむか?どうする?]


生半可な覚悟じゃない。


覚悟、という言葉の重さが身に沁みた。


時間は期限が設けられた瞬間に、


その価値が上がる。


お前はそれでもバンドをやりたいのか?って。


真価が問われてしまうような。


無限にあると思うと、時間も緩くなってしまうかもしれない。


「分かった…3年でメジャーデビューする。そしたら、俺が音楽やること認めろよ?」


メジャーデビューする、って。


きっぱり言い切ったのは、


彼女がそう言ってくれたから。


何かを始めるのには、何かを捨てなきゃいけない。


世の中、


選択肢を絞ることの連続で。


それが大人になっていくことで。


つまらない大人にはなりたくないのに。


未来の取捨選択は、難解で、問題で。


経験しなきゃ、やっぱりそれは上手くできないだろうから。


何事も経験!経験!


行動しなけりゃ、経験しなけりゃ、


分からないから。

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