第9話…未来の話



心のどっかにある不安を、


振り払ってくれる。


その言い切る言葉が。


俺の支え。


今でも、ずっと。




9……未来の話




4月。


外では、桜が皆を夢中にさせている。


見頃は来週辺りまでみたいで。


特にこの土日はお花見予定の人ばかり。


来週にはいよいよ、高校2年生になる。


「お疲れー。」


[お前、遅せぇ……ふぇ?!]


『……お、おはようございます。』


土曜日、約束の日。


その場所に相応しくない人が、


突然、来ると。


人間は「正座」とかしちゃうらしい。


[お、おはようございます!]


「……(笑)!シゲ、正座って!マジメか!」


[だって、正人がこんな可愛い子連れてくるとか。……なぁ?]


シゲの背中を軽く叩くと、


シゲは他のヤツにも同意を求めて。


女の子が1人いるだけで、空気が全然違う。


彼女が可愛いって分かってくれたみたいで、


それが嬉しいような、恥ずかしいような。


だから、何て返事しようかと思っていたら。


[あーーっ!!!あの時の手紙の子!!!俺、俺!覚えてる??]


俺の身体を押し退けるように、


シゲが彼女に話しかけて。


『あの日はすみませんでした、助かりました。』


彼女がペコッて頭を下げると。


[いえいえ、全然全然!あっ、今日、あの日とちょっと髪型変えてますね!どっちも可愛いです!]


『……あ、うん……ありがとうございます///』


「…………。」


シゲってすげぇな。


女の子にフツーに「可愛い」って言えるし。


女の子への距離の詰め方が、


自然なのに、上手い。


その証拠に、


彼女は照れたように、その髪を小さく触った。


「今日さ、まりなちゃんが俺らの曲聞きたいって来てくれたから。」


……というより、


グダグダ練習しないコイツらに、


ちょっと喝入れてやろうと思って。


彼女を連れてきたんだけど。


「まりなちゃん、こっち座って。」


バンド全体が見えるように、


器材の端に彼女を誘導して。


『あ、うん。ありがとう。』


彼女が座ったのを確認すると。


「じゃあ、いくよ?シゲ、カウント。」



♫♫ジャカジャーン!!!!



シゲのバチのカウントの後。


思いっきり、ギターの弦を押さえて、


テレキャスをはじいた。


♫♫〜〜


自分の後ろで鳴ってるドラムと、


左後ろのベースが。


気持ちいいくらいに耳に響く。


足で小さくリズム取りながら、


時々、手元の弦を確認しながら、


そのリズムに乗り遅れないように。


俺も歌う声で必死についていく。


爆音に囲まれてる瞬間は、


彼女のことは少し忘れていて。


これだから、バンドはやめられない。


♫♫〜………。


最後、ドラムのシゲと目線を合わせて、


1番気持ちいい終わり方を探る。


シゲのドラムが締めを告げるから、


テレキャスを細かく弾く。


カッティングしてるみたいな、


音が出た。


「シゲ、出来るなら最初っからやれよー。」


[練習すりゃ、こんなもんだよ。俺、やれば出来るから(笑)]


2人で笑いあった後、


演奏を終えて、初めて彼女を見た。


『………っ!』


彼女は少し震えていて。


[え?ちょっと待って!泣く?泣いちゃう?]


シゲが焦った様に彼女に近づいて。


『違う……すごい……って思って…。』


その声が「感動」しているんだと気づいた瞬間。


シゲと2人で顔を見合わせて。


してやったりな顔。


[じゃあさ、じゃあさ。どれが1番良かった?カッコ良かった?ドラム?ベース?ギター?……まぁ、歌はあんまり上手くねぇけどな(笑)]


偉そうにシゲが笑うから。


「おいっ!それ自分が1番よく分かってるからっ!(笑)」


『初めて…正人くんのバンド見たから。』


……ってことは、俺?


『正人くん、ただの音楽バカで、ただのバンドバカだと思ってたから。』


「おいっ!それ褒めてない!」


苦笑して、近くのコーラを掴むと、


ゴクゴクと飲んだ。


彼女は近くにあったバンドスコアを手に取って。


『これ、今演奏した曲?』


「あーこれは、俺の好きなバンドの曲。始めたばっかの時は、このバンドのコピーばっかりしてたから。」


彼女の隣に座って、説明する。


『色々演奏出来るの羨ましいな。皆、楽しそうだし。』


「ロックとか興味なさそうだもんね(笑)」


『あ、でも。覚えたよ?』


「ん?」


『Fコード。覚えた。こうでしょ?』


あの日みたいに、手で弦を押えるマネをして。


「やってみる?」


近くにあった、さっきのとは違う、


ストラトキャスターを渡して。


『こうだよね?』


華奢な手がギターの弦を押えるのは、


少し大変で、手首が必死そうで。


その、女の子感、たまらない。


「惜しいな、この指はこっちの弦。」


彼女の指先に軽く触れて、


正しいFに指を導く。


優しく彼女が弦をもう片方の手で弾いた。


『鳴った、初だ。私もバンドマンになろっかなー。』


「いや、それはやめとけ。F出来たくらいで、ちょっと調子乗られても(笑)」


『どうする?私がめっちゃギター弾けたら。』


「あー、ないな、無い無い。」


そこまで言った瞬間、前の方からの視線を感じて。


[………(笑)!]


「……なんだよ、シゲ。」


[いや?別にー?お前さ、そんな分かりやすいヤツだったっけ?(笑)]


明らかに俺をからかってきてる、


シゲのニヤニヤした顔。


「……違うって。やめろよなー?まりなちゃん、彼氏居るんだから。」


慌てて、ストラトキャスターを回収しつつ、


彼女から離れて。


焦りをごまかす様に、また。


コーラを一口、口に含んだ。



***



「まだ時間ある?ちょっと寄っていい?」


『ん、大丈夫。どこ行くの?』


「楽器屋さん。」


すっかり夕陽の時間になって。 


こんなに長い時間を、彼女と過ごしたことが無いから。


俺はもう少し、もう少しと。


昨日の予行練習していた、


スケジュールを進めていく。


2人して、いつもは見るだけの楽器屋さんに向かう。


「今日、ごめんね?シゲ達、いつもダラダラばっかで、練習しないから。女の子居たら、やる気出すかな、って。」


『うぅん。正人くん、バンド頑張ってるって知ってたから、見れて良かった。』


「アイツら、今までで1番カッコイイ演奏してた。練習どこでやってたんだろ。」


『皆、バンドが好きなんだね。夢中になれるものがあるって、羨ましいな。』


「俺、将来、バンドで食っていければいいな、って。」


ぼんやり心で、決めていたことを、


こうやって言葉にして。


そういう未来の話を、


別の誰かに聞いてもらったこともないから。


言葉にすると、なんかそこに、


覚悟も伴う気がして。


確かに、決して生半可な気持ちではなくて。


俺もあの憧れのバンドみたいに。


爆音鳴らして、それでお金とか貰えたら。


いうこと無いな、って。


本気でそう思ってるから。


でも、笑われないかな、って。


ちょっと思ってしまって。


「あ、でも…やってみないと分からないから。必死にやるしかないんだけど。」


取り繕うように声を出すと。


黙って聞いていた彼女が口を開いた。


『夢、叶うよ。』


「え?」


『正人くんのバンドの夢、叶うと思う。』


「………っ!///あ、ありがと。必死にやります。」


何の保証もないことに対して。


きっぱり言い切ってくれて。


夢は叶う、って。


そう、言い切ってくれたから。


なんか、それだけで。


俺は無敵で、無双状態みたいな。


自信家にでもなったみたい。



『メジャーデビューとかしたら、大変だ。』


「何で?」


『今の片思いしてる女の子達以外にも、女の子がキャーキャーってくる訳でしょ?』

 

「あー、バンドマンってモテそうだもんな。」


『そのバンドマンに、正人くんはなるんだよ?大丈夫ー?曲がすごく良くても、女の子面倒くさい感じ出ちゃうと、ね?(笑)』


「男を取り込むから大丈夫。俺みたいなロック大好き野郎達に、ジャカジャーーーーン!って。」


カッコよく、ギターかき鳴らすポーズを決めると。


彼女ははにかんで、指で四角を作り、


その中から俺を見た。


『お、悪くない、悪くない。』


「だろ?そしたら、見に来てよ、また。」


『いいの?』


『ん、最前列ド真ん中用意しますよ、バンドのファン第1号のまりなさんに。』


「いや、ド真ん中はいいや(笑)最前列の端っこでいい。だって…正人くん、今日バンドの横の席に座れって言ったでしょ?あれって、バンド全体を見て欲しいんだと思ったから。…だから、最前列の端っこか、1番後ろがいい。1番後ろならバンド全体見渡せる。」


彼女は言葉の切れ端で、


言いたいことを分かってくれたり。


その行動ヒトツで、


分かって欲しい想いを汲み取ることが、


得意で、慣れていて。


だから、俺はその彼女の雰囲気や、優しさや、


不思議な捉え方や、自信持たせてくれる言葉に。


救われて、幸せになる。


別に俺の想いに応えて欲しい訳じゃなくて。


彼女には、そういう自分のこと。


自信を持っていて欲しいし、


涙が出てしまう状況は、やっぱり少ない方がいいな、と思う。


それから、俺の愛してやまないバンドの曲だとか。


Fenderギブソンのギターのあの音が好きだとか。


彼女は音楽バカで、バンドバカの俺の話を、


『やっぱり音楽の話になると止まらない(笑)』


なんて言って、はにかんでくれた。


今日は未来の話をいっぱいした気がする。


そして。


未来がほんの少しだけリアルになった瞬間だった。


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