第8話…役割



「なぁ、何で髪型変えたの?」



その答えの真意に、



俺はちゃんと気づけていたかな。




8……役割




今年はちゃんと、桜の蕾から開花までを、


しっかり意識出来ていた。



[桜の見頃はー……]



食パンを口に運びながら、テレビに視線を向けると。


毎年恒例の桜の開花予想の案内で。


いっつも思うんだけど、桜が咲くのにも、


早いやつもいれば、遅い桜もいて。


それでいいと思うのに。


5分咲き、8分咲き、とか?


桜からしたら、「お前ら、俺の何知ってんだよ!蕾だった頃すら知らねぇくせに。」って。


きっと言うに決まってる。


その話を彼女にしたら、


『そういうとこが正人くんだよねー(笑)』って。


楽しそうに笑ってた。


俺の捉え方をやんややんや言うくせに。


彼女も大概、モノの捉え方がちょっと視野が広すぎて不思議。


でも、そのせいで、俺の頭の中を、


余裕で占領してくれちゃってんだけど。


あ、ちょっとウソつきました。


音楽と彼女が時と場合で、


グルグルグルグル、って。


[正人!シゲくん来たよ!急ぎなさいよ?]


「あ、やべぇ、遅刻!」


俺は急いでカバンを掴むと、シゲと2人。


3学期の最終日、学校へ向かった。


[あ、そうだ。正人にこれ!って…さっき。]


2人して歩きながら、バンドのこととか。


買いたい楽器の話とかしていたら。


シゲが何かを思い出したかの様に、


俺に丁寧に折り畳まれた手紙を差し出した。


[ついに机の中じゃなく、直接作戦が増えてんの?(笑)]


「………っ!」


それは確かに見覚えがあって。


俺の名前の位置も、その人の名前が書いてある位置も。


同じすぎてデジャブとしか思えないくらいで。


朝から心拍上げんの、やめてくんないかな。


ホント、こういうのって。


お前が思ってる以上に心臓によくないんだけど、って。


シゲが差し出す手紙を指で挟むようにして


受け取りながら。


「これは…違う。」


[ん?なにー?他とは違う!みたいな言い方(笑)]


「これは、俺に気がある手紙じゃないな。」


取り繕うように伝えると。


[分かんの?それ。]


「だって、パステルカラーの封筒に入ってない。折ってあるだけだろ?」


[あー、なるほどなー。あ、ケンタ!おはよー!]


シゲは友達のケンタを見つけたのか、


走ってケンタの所まで行ってしまった。


1人疎らに歩く人達に紛れて、足を学校へと進めながら。



一瞬、どっちを上に置こうか迷った。




1番最初にくれた手紙か。


今、指に挟まってるこいつか。


制服のズボンのポケットから、財布を出して。


その手紙をしまおうとした時。


何故かそこが気になって。


財布を開けて、一瞬、フリーズして。


結局、最初の手紙の後ろに、


その手紙を片付けた。


初心忘れべからず、って。


そんなことを思っていた。



***



ホームルームの時間、その手紙を開いてみた。


前のに比べて少しだけ、長文になっていて。


それは俺への気持ちがちょっとだけ増えた、って。


自惚れてもいいですか?って。


彼女に聞いてみたくなった。


書いてある内容より、彼女の文字が見られることの方が。


今の俺には重要で、大切で。


だから。


俺を必要としてくれんなら、


どんな立ち回りだとしても、構わない。



***



[4月から2年生だからな!内申に響く重要な年になる!だから、春休み気を抜かずに過ごすように!では、日直!号令!]


春休みに入る空気感は、


他の季節とは少しだけ違う気がする。


別れと出逢いが入り交じるからなのかな。


だから、桜は一瞬しか咲かないのかもしれない。


だってさ。


その記憶と、桜が結びついてしまったら。


その桜がずっとずっと舞い散らずに咲いていたら。


別れと出逢いが入り交じるこの季節には、


それはやっぱり少し重荷な気がする。


酷というか、やるせないというか。


シゲに一緒に帰れないことを伝えて。


俺は所定の場所に向かう。



***



この見晴らしの良さは、


想定してなかったんだけどな。


それは彼女が俺を何とも想ってない証拠で。


俺は彼女の一挙一動に、


舞い上がったり、思考の中をさまよったり。


案外、心に負担がかかる毎日を送っているんだけど。


時計を確認すると、少し早くついてしまって。


自販機でコーラを買ってこようと思ったら。


見覚えのある身長差のカップルがやってきて。


思わず、電信柱の影に隠れた。


[毎日、電話するし、休みの日は必ず帰ってくるし。だから、心配すんなよ?]


『うん、大丈夫。平気。気をつけてね?大学、頑張って。また連絡する。』


数メートル離れてるこの距離で。


モレ伝わるのは、何も変わらないありふれたカップルの会話で。


でも、俺の知らない彼女の声のトーンを、


そいつが知っていることに、


少し胸がザワザワしてしまって。


それと同時に、


彼女を安心させる言葉をスラスラ出てくるそいつの、


軽さというか、甘さというか。


何だか、ものすごく。


無責任でいいな、って思ってしまった。


そんなこと言ったって、


お前は彼女の前から居なくなること、


選んだんだろ?って。


だったら、無責任なこと言うべきじゃなくて。


毎日、電話?休みの日は必ず帰る?


お前、ホントにそれやれんのか?!って。


そいつの口の軽さに、少しイラついて。


浮気を許してまで想ってる彼女に。


俺はここにいるのに、って。


ここに来たのは、自分の意思なのに。


自分勝手なことを思ってしまいそうで。


俺も結局、自分が1番大事なのかもしれない。


あの日の「だーいじょうぶだよ」だって。


そう言葉を吐いて、彼女の頭を撫でた俺も、


そいつと変わらない無責任さで。


俺も結局、自分本位。


あの瞬間、彼女の髪に触れたかっただけ。


今この瞬間は、俺を選んで欲しいだけ。


そいつと何も変わらない。


人のことを言えない、


無責任なヤツだと悟ってしまって。


遠くても聞こえる2人の会話。


聞きたくねぇ…なんかイヤだ。


そう思ったから。


俺は慌てて、イヤホンを両耳に嵌めた。


ロックって、激しいだけじゃない。


俺のこと言ってんの?ってくらい。


ズドーンって、感情に突き刺さるから。


それが好き。


音楽に意識を飛ばそうとしても。


目の前に映る景色も気になって。


「あ……。」


彼女の背中に回るそいつの手が、


必要としてるみたいに、彼女のキレイな服を締めてつけて。


そいつの指に絡まる彼女の髪が、


ここからでも分かるくらい柔らかくて。


俺は思わず、自分の足元に視線を落とした。


それと同時に。


長かった彼女の髪が、


その雰囲気を変えていて。


髪型が変わっていることに気がついて。


そのことがたまらなく気がかりだった。


彼氏を見送る彼女の足は、


その想いの大きさを表すように、


車を必死に追いかけて。


追いつけないと悟ったら、


分かりやすく、立ちすくんだ。


坂の下、見晴らしが良すぎて。


それがとても困ってしまう。


だから、また。


彼女が泣いてしまっていないか。


心配になった。


近くの塀にもたれていた自分の身体を起こすと、


数歩だけ足を進めて。


坂の下を見ると、一瞬だけ、彼女の身体に小さく力を入れたのが分かった。


気持ちの切り替え、って。


そんな簡単ではないと思うんだけど。


その術に頼るしか、きっと彼女は方法を知らないんだと思う。



『正人くん、ありがと。…ごめんね?変なこと頼んでしまって。』


俺の元へ駆け寄ってきた彼女は、


泣いてはいなくて。


はにかむように笑っていた。


「LINEしろよー。何で手紙なんだよ?」


『それはー、不意打ち?たまには手紙もいいでしょ?』


「あの山積みの手紙と一緒だと思ったらどうするつもりだったんだよ?」


『それはない。』


「分かんないだろ?そんなこと。」


『だって、私の手紙の書き方、正人くん知ってるから。』


そう言いながら、彼女は俺を追い越して。


スタスタ歩いて行ってしまって。


その背中を小走りで追うと。


『コーラかコーヒーどっちがいい?今日のお礼。』


振り返って、迫られた2択。


「いいって、お礼なんて。勝手に来ただけだから。」


『でも……来てくれると思ってた。正人くんなら。』


「………。」


彼女が伏し目がちになる時。


良からぬ想像力を発揮してる時で。


俺はそれに気づけてしまうほど、


彼女をしっかり見つめてきて。


『ありがとう、ホント。……今日が来るのが怖くて。笑って見送る…自信??…無かったから。正人くんが、背中で見守ってくれたら、力出せるかなーって思ったから。ありがとう。』


丁寧に頭を下げているのに。


なかなか顔を上げないのは。


その顔を上げたら、泣き顔かもしれないからで。


「じゃあさ。お礼に今度、俺にまりなちゃんの時間ちょうだいよ。」


『ん?時間?』


「来週の土曜日。丸1日、まりなちゃんの時間、俺にちょうだい。それがお礼。」


『なに、それ。』


「折角、来てやったのになー?」


ふざけてみせるのは得意。


『分かりました!あげます!時間全部あげます!』


彼女の声のトーンが上がったことに。


こんなに安心したことはなくて。


「なぁ、何で髪型変えたの?失恋?(笑)」


『気分転換だよ!ヒドイー!』


そんなふざけた会話でも、


俺を必要としてくれんなら。


いくらでも隣にいるつもり。



ーーーー今日の16時、坂の上で私の保護者お願いします。ーーーー

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