第7話…キョリ




物理的な距離が、



結局は心の距離感に影響する?



そうかな、そうでもないと思うけど。




7……キョリ




[えぇ?!マジかよ…正人がこの点数とか、ビビるんだけど。お前、最近変だぞ、絶対。]



んなこと、自分が1番よく分かっていて。


高校の授業なんて、ちゃんと授業中の話よく聞いて、


その場で覚えるようにしてれば。


大抵80点くらいは取れるんだけど。


確かに俺は最近おかしい。


シゲが嬉しそうに76点とかいう中途半端な答案見せて偉そうだから。


「お前、それよりドラムの腕上げてくんない?いっつもリズム崩れるのは、練習グダグダして、少年ジャンプ読んでるからだろ?」


って、ツッコんでやれば。


[俺、今はお前に何言われても、何も響かない。全っっ然平気だから(笑)]


ニカッと偉そうに笑うシゲに、


脇腹にパンチくらわせてやった。


60点はさすがにマズイなぁ、って。


これはホントに自分の字なのか、今一度よくよく答案を確認する。


もちろん、重たい前髪を手であげて。


「……変わる訳ねぇか、だよな。」


ボソッと呟くと、何か視線を感じて。


そっちの方向を見ると、


数人の女子達が、キャッキャッしてた。


[正人くん、やっぱカッコイイ〜〜!前髪上げるとヤバイ。]


その声漏れてるから、聞こえてるから。


どうして女の子はあんなに黄色い声って形容に相応しい、


高めのキャッキャッな声が出せるのか。


慌てて前髪を戻して、クシュクシュと


自分の手で髪を整えた。


フツーに授業を聞いて。


何だったら片耳で爆音聞いてても。


こんな点数取ったことないのに。


俺がどうかしちゃってるのは、


間違いなく、あの人が原因。



***



(ねぇ、ムーミン。


忘れもしない数日前の数学の授業中。


ブレザーのポケットの振動のせいで、


一気に授業でもバンド曲でもないところに


意識がいっちゃって。


ケータイみると、一気に焦る。


意味もなく、周りをキョロキョロして。


LINEを開くとこれで。


ムーミン?え?どういうこと?(笑)


って、笑ってしまいそうになったから。


(こっちむいて。


そうやって打ち込んで、送信。


(恥ずかしがらないで


秒速できた返信に、1人ニヤケそうになる。


同じ学校内の別々の場所。


授業の時間ということも同じなのに。


異空間みたいなこの状況で。


(サボリ魔、ちゃんと授業を受けなさい。


LINEやメールのいいところは、


表情が見えないから。


どんな表情をしてんのか、気にしなくていいところ。


(正人くん、つまらない男になったな。


(ほっとけ。授業に集中しなさいよ。


(ファンの子達に言ってやろー。正人くん、つまらないよーって。


(どうぞどうぞ。


そこまでサクサク進んでた会話が、


急に止まる。


途端に焦る俺。


何か言ってしまったのか、と。


さっきまでの会話をリピートしてみる。


(まりなちゃん?ごめんって!


返信を打つ自分の親指が焦ってるのが分かる。


(うっそー(笑)😜やっぱり悪いヤツにはなりきれないのが正人くん。


(焦るからやめろ、それ。


LINEだと少し小悪魔みたいになる彼女に、


翻弄されるのも悪くない、とか。


色気云々で男はイチコロだってあれを、


彼女は簡単に見せつけてくるから。


彼氏以外の男のことも気にしなきゃいけない可能性を考えた。


(先生!質問があります。


(はい、まりなさん。





(物理的な距離を約2週間の間に埋めるには何をすればいいですか。




それ、俺に聞くこと?って。


彼女はいつだって無理難題を問いかけてきては。


俺をひどく悩ませて。


多分、これが今までのLINEの流れの本質。


(物理的な距離ってどんくらい?


この質問返しは、彼女を困らせるかもしれなくて。


(ここから東京。


(それを2週間の間に?


(そう。


(簡単じゃない?それ。


そこまで送ってしまってから。


これは彼女が求めている答えではないな、って。


気がついてしまって。


(じゃあ、質問変えます、先生。


(今度はなんですか?まりなさん。




(物理的な距離が遠く離れてしまったら、心も離れてしまうと思うのですが、先生はどう思いますか。





文字の温度が、少しだけ変わった気がした。


それと同時に、さっきまで。


LINEは表情が分からなくていい、って。


そう思ってしまったことを訂正したくなって。


今、彼女がどんな表情をしてるのかが、


たまらなく気になる。


俺からどんな言葉が欲しくて、


どんな答えを聞きたいんだろう、って。


その難問を聞く人に俺を選んでくれたなら。


せめて、彼女を傷つけるようなことはしたくないから。


ーーーー答えにつまった。



(そうかな、そうでもないと思うけど。




どっちつかずの答えだけど。


ハッキリさせない方がいいことも、


世の中沢山あって。


(だってさ、今は電話で声だって聞けるし、離れてる間の時間で、いっぱい相手を想って考えること増える利点だってある訳じゃん?


(だから、そうでもないと思う。


最後にもっかい言葉を2つ重ねたのは、


よく色んなことが見えてしまう彼女に、


そのままの言葉として捉えて欲しかったから。


(なるほど、さすが正人くん。


(正解、だった?ちゃんと。


イコール、ちゃんと欲しかった言葉だった?


(完璧な答えでした。


そこまできて、チャイムが鳴った。




***



「おい〜、ジャンプばっか読んでんなって!ドラム、録音させろよ。」


[えー?正人やっとけよー。]


ボフッ!と近くにあった雑誌でシゲの頭を叩いてやっても。


シゲは涼しい顔してマンガを読んで。


どうしてこうも、やる気のないメンバーばっかりを集めてしまったのか。


あの日、皆で見に行ったバンドの影響で、


その場のノリで組んだだけーな雰囲気バンバンで。


あのフロントマンみたいに、音楽で食っていきたい、って。


真剣に将来を考え始めてたのは俺一人だけらしい。


「俺、ギターボーカルなんだけど。」


ブツブツ言いながら、ドラムの前に座って。


近くの録音ボタンを押す。



♫♫♫ズンズンダン!ズンズンダン!



そりゃね?イチから自分で作ってるから。


エイトビートくらい叩ける訳で。


[やっぱ正人、器用だなー。]


なんて、シゲに褒められても全然嬉しくなくて。


唯一の支えは、


正人くんのバンドの曲、聞かせてください。


そう手紙をくれたから。


それだけが俺の夢への起爆剤。




***



バンドの練習してんのか、


ただ皆でダラダラしてんのか。


よく分からないバンド練習を終えて。


今日はボーカルの歌入れまでしたもんだから。


喉がカラカラで。


近くのスタバに入った。


「お、勉強ですか?真面目だねー。」


口の中をさっぱりさせたかったから。


アイスコーヒーにミルク少しだけ入れて。


空いてる席を探していたら、


窓際の端っこの席で、黙々とノートに向かう彼女を見つけて。


アイスコーヒー乗っけたトレーをテーブルに置きながら、


向かいの席に座った。



『あぁ、正人くんか。』


「お疲れ。」


『いいんですか?そんなトコ座って。』


「ん?なんで?」


『ほら、あれ。』


「え?………っ!」


指差された方向を見ると、数人の女子達と目が合った。


なに?俺は常に見られて過ごさなきゃいけないの?


『私、刺されたくないんだけど?あの人たちに。』


「ザッ!って?(笑)」


拳作って前に突き出してやれば。


彼女ははにかんで笑った。


『誰のマネですか?それ(笑)』


「まりなさんのマネです、これ。最初に逢ったときの。」


『ですよねー、見覚えあるんで。』


「なぁ、なんで今日、敬語なの?」


アイスコーヒーを一口飲みながら、チラッと彼女を見つめて。


『なんとなく。で?正人くんは、バンドの練習?』


視線をノートに落としながらも、


俺に絡んでくれるから。


「そう、朝からね!シゲ達…あ、友達なんだけど、アイツら、やる気ないから、ドラムまで俺が叩いてんの。」


饒舌になってしまうのは。


神社ではない場所のせいかな、って。


少しだけ思っていた。


『正人くんってさ……』


そこまで言って、彼女がふと顔を上げるから。


急に視線が絡むなんて想定してない俺は、


下手くそな視線の逃し方をして。


『音楽の話する時が1番喋るよね。』


「うるせーなー!//無口そうで無口じゃないって、この前言ってたの、まりなちゃんだろ?」


『いや、今、あれ以上に喋ってるから。』


「邪魔?……俺。」


『そうじゃなくて。音楽が大好きなんだなぁって。好きなことやってるからなんだろうなぁって。』


邪魔?って聞いた俺の声。


震えてたら、何かがバレてしまいそうで。


だから。


彼女がそういう応え方をしてくれたことに。


やっぱり心の奥が鳴ってしまって。


ホントに参る。


彼女のこと、もっともっと知りたくなるし。


俺のことも、もっともっと知ってほしい。



『ねぇ、正人くん。この前の話、覚えてる?』



その表情が少しだけ、変わったから。


この前、を指していることが安易に分かって。


「距離云々の話?」


聞き返すと、彼女は小さく頷いて。


『先輩、東京行くんだって。3月末、引っ越し。』


言葉を発することに、


ものすごく力を使ったのが分かった。


息を吐き出しただけなのに、ため息に近くて。


そっちに意識がいってしまったせいで。


文字を書く手が止まっていて。


あの授業中のLINEのとき。


こんな表情してたんだ、って。


目の当たりにした彼女の表情が、


あまりにリアルで困った。



「だーいじょうぶだよ、大丈夫。」



思わず。


身を乗り出して、彼女の頭を軽く撫でたのは。


彼女の涙目を不意に思い出してしまって。


そんな顔させたくなかったから。


『……ん、遠距離恋愛しような、って言ってくれたから。』


「だろ?なら大丈夫だよ。」


『ん、そうだよね。』


そう言いながら、真逆の表情をするから。


「今また、見えそうなもん、探そうとしてんだろ?ダメダメ。目ぇ閉じとけ。」


彼女の頭の中の邪念を、振り払うように。


その言葉に、かぶせ気味にそう言った。


『そうだった、見えそうな時は目を閉じる。』


「………。」


彼女は静かに目を閉じて。


気持ちを落ち着かせようとして。


そう、アドバイスをしたのは、


紛れもないこの俺なのに。


アイツじゃなくて、目の前の俺を見て欲しい、って。


また、思考がぐちゃぐちゃに絡まっていく。


アイスコーヒーのストローをくわえながら。


目を閉じる彼女をジッと見つめた。


あまりちゃんと見つめたりは、


やっぱりどっかで照れてしまって。


っというより、


こんなに惚れてしまってることに。


視線がちゃんとしっかり絡んでしまったら。


何でも見えてしまう彼女に、きっと。


悟られてしまいそうで。


今はまだ、それがほんの少しだけ怖かったから。


敢えてしないようにしていたけど。


今だけは許して欲しかった。


言葉を飲み込むことには慣れているから。


「………8、9、10。」


声にならない声でカウントすると。


『……ふぅ、落ち着いた。』


ゆっくり彼女が目を開けて。


その瞬間、まつ毛のカールがキレイだと思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る